世にも 奇妙 な 物語 恋 の 記憶。 【恋の記憶止まらないで(斉藤由貴)】結末ネタバレ!生まれ変わり?予想と結果(世にも奇妙な物語2019秋)

「恋の記憶、止まらないで」(世にも奇妙な物語 第533話 2019秋の特別編)あらすじ・ネタバレ・結末

世にも 奇妙 な 物語 恋 の 記憶

1990年4月からレギュラー放送が始まった「世にも奇妙な物語」は、1989年10月スタートしたその原型「奇妙な出来事」を含めると、今年でちょうど「30歳」になる長寿番組だ。 ここ数年は残念なことに「以前のような面白さが感じられない」「パワーダウンしている」などと言う声が、ネットなどを中心によく見聞きするようになった。 初期の頃から「世にも奇妙な物語」を観ているこのシリーズのファンを自認する人たちの間にも、そんな感想が散見される。 ところが、先日11月9日「世にも奇妙な物語」放送された中に、近年の同シリーズ中でも「これは傑作かも」と素直に思える、とんでもなく面白い(コワい)作品があった。 それが二話目にあった「恋の記憶、止まらないで」だった。 あらすじをごく簡単に紹介するとこうなる。 昔のように曲を作ることが出来ず焦りを感じているシンガーソングライター・村瀬志保(斉藤由貴)。 新曲が思い浮かばない志保は曲作りをしながらうたた寝をした時に流れたメロディーが気になり、その記憶をたどりながら新曲を作るとそれが久々にブレイクする。 ある夜、自宅で志保は夢の中で聞いたメロディーがかつて幼少期に自分が出演していたテレビ番組のCMソングだったことを知り、知らぬ間に盗作をしてしまったことに気づく。 そして、その元歌を歌っていた人は既に亡くなっていることを知り…。 後日再放送やDVDやFODなどで観る方もいるだろうしネタばれになるのも悪いのでこれ以上書けないが、これだけ読んでも「どこが面白いのかコワいのか」伝わらないだろう。 けれど、この「恋の記憶、止まらないで」は本当に怖かった。 この作品を観た直後、「昔観たなんかの感じに似ているな。 なんだっけ?」と私は思っていたが、すぐに思い出した。 結構昔の作品になるが、やはりフジで1995年に放送された「リング」の視聴後感と似ていたのだ。 脚本を飯田譲治氏らが担当し、原田芳雄と高橋克典などが出演していた、あの「リング」だ。 その後「リング」は映画になったりハリウッドでリメイクされたりといろいろ映像化され、その度私もほとんど観てきたが、私にはこの「リング」が中でもダントツにコワかった。 この「リング」の演出家、脚本家、出演者は「人間は普遍的に何を怖いと感じるのか」の一点だけを凝視してこの作品を作っていたように、私には思えた。 フジテレビ「世にも奇妙な物語」公式サイトを見ると、主人公を演じた斉藤由貴も「注目のシーンは?」という質問でこんなふうに答えている。 例えばTwitterで「世にも奇妙な物語」を取り上げたツイートのうち、私の感覚では7割以上が「『恋の記憶、止まらないで』はヤバかった」という主旨のものだった。 このアカウントはフジとは無関係のもののようだったが、なぜかすぐに「凍結」されてしまったようだ。 今回の「世にも奇妙な物語」で非常に印象深かった点がもう一つある。 杉咲花の演技力もありこれも結構おもしろい作品ではあったが、どちらかと言うと今までの「世にも奇妙な物語」らしい作品ではあった。 それは、自分らが持つ高いエンタテインメント制作能力を前面に打ち出すことによって、「餅屋は餅屋。 自分らはやはりこれからもこれで勝負していくぞ」というメッセージのようにも写った。 メディア環境の激変やSNSが持つ影響力の巨大化の渦の中で、この「世にも奇妙な物語」シリーズもいろんな仮説と実験を行い、そして今まで迷ったりもしていたのではないのかと思う。 例えば、2015年と2017年、二度にわたって「ががばば」という企画作品が放送された。 しかし、こうした形でネットコンテンツと連動しても、それはやはり一過性のものに過ぎないものだった。 今から思えば、それは確かにフジの考えた新たな仮説であり実験ではあったが、同時にそれは迷いでもあったのではないのかと思う。 そして、それは日テレが日曜夜10時半のドラマ枠で「3年A組」「あなたの番です」「ニッポンノワール」へと続く作品の中、それぞれがSNSでの反応を常に強く自覚し、さらにドラマ世界を補助するオリジナルストーリーを自社の有料配信サイト「Hulu」(フールー)で配信し、そこへ誘導することでマネタイズすることに舵を切ったのと、実に対比的な光景だと感じる。 今回の「世にも奇妙な物語」を観て、そんな気がした。 尾崎尚之( YuuyakeBangohan)/編集者 週刊新潮WEB取材班編集• あわせて読みたい関連本•

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【世にも奇妙な物語】『恋の記憶、止まらないで』がトラウマレベル!〜あらすじ、あの女優さんは?〜

世にも 奇妙 な 物語 恋 の 記憶

「恋の記憶、止まらないで」あらすじ 世にも奇妙な物語ご視聴ありがとうございました!子供の頃から大好きな番組に出させて頂き、どっちもおばけだから共演はないと思ってた同じ事務所の笹野鈴々音ちゃんともまさかのダブルおばけちゃんで同じ話に出られて、知らんうちに私の役の宮島素子のツイッター見かけたりとにかくえびばで多謝!です — イチキ游子 ichikiyuko シンガーソングライターの村瀬志保(斉藤由貴)は、スランプで昔のように曲を作る事が出来ず苦しんでいました。 そんなある日、志保は夢の中で流れていたメロディーをヒントに新曲「恋の記憶」を制作。 この曲は起死回生のヒットになり、志保もシンガーソングライターとしての自信を取り戻します。 しかし、ふと目に留まった古いビデオテープを見た志保は驚愕の事実に気づくことになりますが…。 劇中登場の歌手・宮島素子が話題 斉藤由貴さん主演の「恋の記憶、止まらないで」のテーマは"盗作"。 主人公の志保は小学3年生時に出演した「のど自慢大会」のビデオテープに映っていたCMで流れた歌が「恋の記憶」とそっくりで知らず知らずのうちに自分が盗作をしていたことに気づきます。 このCMソングは1度だけ放送されただけで映像も音源も残っておらず、歌っていた宮島素子という歌手は不可解な死に方をしていることを知り志保は不安を感じます。 この謎の死を遂げた歌手・宮島素子を演じるのはイチキ游子さん。 志保が見たビデオテープのCMでは清らかな歌声を響す一方で、別の場面では全く違う表情を見せるイチキさんの演技は必見です。 笹野さんというと「トリハダ5」内のオムニバスドラマ「気づくことが恐怖のはじまり」で、血まみれでベランダに佇む女性というショッキングな役柄を演じ話題を集めました。 そうした「トリハダ」との演技とも重なる今回の「世にも奇妙な物語」出演について笹野さんはSNS「芸歴19年目にしてやっとこ得た初ゴールデンが、この作品でこの役であること、総てのご縁と巡り合わせに感謝の想いでいっぱいです」と喜びを綴っています。 放送を見た人からは、「世にも奇妙な物語の恋の記憶止まらないでって話ほん怖より怖かったてか普通にトラウマなりそう」「世にも奇妙な物語に笹野鈴々音さん出てて、怖いシーンなのにテンションブチ上がってしまった」「世にも奇妙な物語『恋の記憶、止まらないで』、イチキさん最高…!と思って見てたら最後に笹野鈴々音…!(ぞわぞわぞわ)」などのコメントが上がっています。 「恋の記憶、止まらないで」での狙いすましたかのような笹野さんの登場の仕方と演技は圧巻でした。 特に笹野が斉藤さんの耳元で囁くゾワゾワとした感じは絶品でしたね。 (文:かんだがわのぞみ).

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あらすじ「恋の記憶、止まらないで」斉藤由貴主演2019秋特別編【世にも奇妙な物語】

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1990年4月からレギュラー放送が始まった「世にも奇妙な物語」は、1989年10月スタートしたその原型「奇妙な出来事」を含めると、今年でちょうど「30歳」になる長寿番組だ。 ここ数年は残念なことに「以前のような面白さが感じられない」「パワーダウンしている」などと言う声が、ネットなどを中心によく見聞きするようになった。 初期の頃から「世にも奇妙な物語」を観ているこのシリーズのファンを自認する人たちの間にも、そんな感想が散見される。 ところが、先日11月9日「世にも奇妙な物語」放送された中に、近年の同シリーズ中でも「これは傑作かも」と素直に思える、とんでもなく面白い(コワい)作品があった。 それが二話目にあった「恋の記憶、止まらないで」だった。 あらすじをごく簡単に紹介するとこうなる。 昔のように曲を作ることが出来ず焦りを感じているシンガーソングライター・村瀬志保(斉藤由貴)。 新曲が思い浮かばない志保は曲作りをしながらうたた寝をした時に流れたメロディーが気になり、その記憶をたどりながら新曲を作るとそれが久々にブレイクする。 ある夜、自宅で志保は夢の中で聞いたメロディーがかつて幼少期に自分が出演していたテレビ番組のCMソングだったことを知り、知らぬ間に盗作をしてしまったことに気づく。 そして、その元歌を歌っていた人は既に亡くなっていることを知り…。 後日再放送やDVDやFODなどで観る方もいるだろうしネタばれになるのも悪いのでこれ以上書けないが、これだけ読んでも「どこが面白いのかコワいのか」伝わらないだろう。 けれど、この「恋の記憶、止まらないで」は本当に怖かった。 この作品を観た直後、「昔観たなんかの感じに似ているな。 なんだっけ?」と私は思っていたが、すぐに思い出した。 結構昔の作品になるが、やはりフジで1995年に放送された「リング」の視聴後感と似ていたのだ。 脚本を飯田譲治氏らが担当し、原田芳雄と高橋克典などが出演していた、あの「リング」だ。 その後「リング」は映画になったりハリウッドでリメイクされたりといろいろ映像化され、その度私もほとんど観てきたが、私にはこの「リング」が中でもダントツにコワかった。 この「リング」の演出家、脚本家、出演者は「人間は普遍的に何を怖いと感じるのか」の一点だけを凝視してこの作品を作っていたように、私には思えた。 フジテレビ「世にも奇妙な物語」公式サイトを見ると、主人公を演じた斉藤由貴も「注目のシーンは?」という質問でこんなふうに答えている。 例えばTwitterで「世にも奇妙な物語」を取り上げたツイートのうち、私の感覚では7割以上が「『恋の記憶、止まらないで』はヤバかった」という主旨のものだった。 このアカウントはフジとは無関係のもののようだったが、なぜかすぐに「凍結」されてしまったようだ。 今回の「世にも奇妙な物語」で非常に印象深かった点がもう一つある。 杉咲花の演技力もありこれも結構おもしろい作品ではあったが、どちらかと言うと今までの「世にも奇妙な物語」らしい作品ではあった。 それは、自分らが持つ高いエンタテインメント制作能力を前面に打ち出すことによって、「餅屋は餅屋。 自分らはやはりこれからもこれで勝負していくぞ」というメッセージのようにも写った。 メディア環境の激変やSNSが持つ影響力の巨大化の渦の中で、この「世にも奇妙な物語」シリーズもいろんな仮説と実験を行い、そして今まで迷ったりもしていたのではないのかと思う。 例えば、2015年と2017年、二度にわたって「ががばば」という企画作品が放送された。 しかし、こうした形でネットコンテンツと連動しても、それはやはり一過性のものに過ぎないものだった。 今から思えば、それは確かにフジの考えた新たな仮説であり実験ではあったが、同時にそれは迷いでもあったのではないのかと思う。 そして、それは日テレが日曜夜10時半のドラマ枠で「3年A組」「あなたの番です」「ニッポンノワール」へと続く作品の中、それぞれがSNSでの反応を常に強く自覚し、さらにドラマ世界を補助するオリジナルストーリーを自社の有料配信サイト「Hulu」(フールー)で配信し、そこへ誘導することでマネタイズすることに舵を切ったのと、実に対比的な光景だと感じる。 今回の「世にも奇妙な物語」を観て、そんな気がした。 尾崎尚之( YuuyakeBangohan)/編集者 週刊新潮WEB取材班編集• あわせて読みたい関連本•

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