君 の 膵臓 を 食べ たい 読書 感想 文。 君の膵臓をたべたい(キミスイ):あらすじと感想(ネタバレあり)

読書感想文「君の膵臓をたべたい(住野よる)」

君 の 膵臓 を 食べ たい 読書 感想 文

お待たせいたしました。 「君の膵臓をたべたい」の読書感想文です。 この例文では、どちらかというと女の子の視点で書いてみました。 1924字。 以前のものを2019年夏向けに少し書き直しました。 何か要望などあれば、コメント欄に入れてください。 (コメントは公開しません) 余命あと少し、と宣告された高校生の女の子が、クラスメートの男の子と数ヶ月間だが心を通わせる過程を描く。 女の子は明朗活発、クラスの人気者。 反対に男の子は目立たず内向的。 女の子との出会いを通じて、男の子は人生について学び、人間として成長する。 ヒトというのは他の人がいて、はじめてヒトであり、思っていることを相手に伝えなければしっかりと伝わらない、のだと。 本を読みながら、私は何度も泣いてしまった。 主人公の女の子、桜良(さくら)が死を宣告されているという設定から、私は泣いてしまうだろうということははじめから思っていた。 泣くのは桜良が死んで悲しいというのではない。 桜良と男の子の心が通じ合ったことによる、感動ののほうが大きい。 そうなんだ。 この本のテーマは人と人とのコミュニケーションということに気づく。 じれったく、ひねくれている男子の主人公。 男ならしっかりしろ、と何度も思わず声をかけたくなるほど斜に構えて世の中を見ている。 でも、こういう男子はクラスにいる。 いわゆる「陰キャ」なのに、でも顔はちょっと良かったりするから、桜良が気になってしまうのもわからないでもない。 思わず共感するとともに、作者はこのあたりの登場人物の設定をよく考えているなぁ。 男の子は桜良がつけていた日記をふと目にしたことで桜良の秘密、つまり、あともう少しで死んでしまうということを知る。 それによって彼女との関わりが始まる。 おお、と思ったのは、主人公の男の子の名前が「」内の表現で言い表されているということ。 時間の経過とともに、関係性が変化するしたがって、それは変わる。 文字ならではの表現だ。 本書は映画化されたと言うが、映像ではそういうところはどうなっているのか興味を持った。 ちなみに予告編を見る限り、映画は本とは少し構成が違うようだ。 さらに主演は浜辺美波ちゃんだが、私がイメージした桜良とはちょっと違うかなぁ。 そんなことを思いながら読み進めていく。 物語は中盤の大所。 桜良が死ぬ前にやりたいこと、「彼氏以外の男の子と旅行にいく」ことを実行する。 行き先は明示されていないが、九州福岡だ。 親にはもちろん内緒だ。 ちょっと悪いことをしているような感覚がとてもいい。 新幹線の切符、飲食代、ホテル代は桜良が全部負担するなど、そんなお金持っているの?と思うのだが、そんなことは気にならないほど、私はすでに夢中になっている。 本を読むって面白いなぁ。 ホテルに宿泊する夜、二人は「真実か挑戦」というゲームをやる。 なんのことはない、ただトランプのカードの大きい方が質問できる、というゲームだ。 未成年ながら軽くアルコールも入って、年頃の男女がゲームをするのだ。 私も一緒にドキドキする。 簡単に深い関係に進んでしまいそうだが、それではこの本の主題である人と人の言葉によるコミュニケーションというテーマからはちょっと逸れてしまうのだろう。 残念ながら深い関係には進まない。 言葉は声に出して言わないと相手にはちゃんと伝わらない。 こちらが〇〇だろうと思う、と感じていても、相手に確認しなければそうであるとはいえない。 そんなことを男の子は桜良との日常の他愛もないやり取りを通じて気づき、学んでいく。 異性に対する好意、それが何かわからず、戸惑う男の子。 簡単に愛だとか好きだとか、主人公に言わせない著者の文章力はすばらしい。 思わず「早くコクれよ、早く好きっ、て言えよ」と心のなかで叫ぶ私。 すっかり本にのめり込んでしまっている。 本書のタイトルはちょっとびっくりする。 ホラー小説のようだ。 この理由も文中で書かれている。 人はその昔、どこか病気になると他の動物のその部分を食べて、病気の回復を願ったそうだ。 桜良はホルモン、すなわち内蔵が大好き、という設定。 前半と旅行先の福岡で二人がホルモンを食べるシーンがある。 内蔵を食べると治る、と信じているようでとてもつらい。 旅行先を福岡に選んだのは、モツ鍋が有名だからなのではないかと思う。 思っていることをもっとうまく伝えられたらいいな、あのときああいえばよかったな、などと私も夜に一人で思うことがある。 大人になってもヒトはヒトとのコミュニケーションに悩むらしい。 ヤフーの記事なのでは人間関係のストレスで悩む、というようなものがたくさんある。 この本で作者は、若さ弾ける高校生、しかも元気ハツラツな可愛い女の子を死なせることにより、コミュニケーションは難しいと伝えようとしている。 読後の余韻を味わいながら、私は、もっと思っていることはしっかり伝えようと思った。 また、人間はいつ死ぬかわからないので、身近にいる人、両親や兄弟、友達ともっと自分の思っていることをしっかり伝えて、大事にしようと思った。 君の膵臓をたべたいは で読むことができます。 本を買うより安いですよ。

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君の膵臓を食べたい/住野よる

君 の 膵臓 を 食べ たい 読書 感想 文

お待たせいたしました。 「君の膵臓をたべたい」の読書感想文です。 この例文では、どちらかというと女の子の視点で書いてみました。 1924字。 以前のものを2019年夏向けに少し書き直しました。 何か要望などあれば、コメント欄に入れてください。 (コメントは公開しません) 余命あと少し、と宣告された高校生の女の子が、クラスメートの男の子と数ヶ月間だが心を通わせる過程を描く。 女の子は明朗活発、クラスの人気者。 反対に男の子は目立たず内向的。 女の子との出会いを通じて、男の子は人生について学び、人間として成長する。 ヒトというのは他の人がいて、はじめてヒトであり、思っていることを相手に伝えなければしっかりと伝わらない、のだと。 本を読みながら、私は何度も泣いてしまった。 主人公の女の子、桜良(さくら)が死を宣告されているという設定から、私は泣いてしまうだろうということははじめから思っていた。 泣くのは桜良が死んで悲しいというのではない。 桜良と男の子の心が通じ合ったことによる、感動ののほうが大きい。 そうなんだ。 この本のテーマは人と人とのコミュニケーションということに気づく。 じれったく、ひねくれている男子の主人公。 男ならしっかりしろ、と何度も思わず声をかけたくなるほど斜に構えて世の中を見ている。 でも、こういう男子はクラスにいる。 いわゆる「陰キャ」なのに、でも顔はちょっと良かったりするから、桜良が気になってしまうのもわからないでもない。 思わず共感するとともに、作者はこのあたりの登場人物の設定をよく考えているなぁ。 男の子は桜良がつけていた日記をふと目にしたことで桜良の秘密、つまり、あともう少しで死んでしまうということを知る。 それによって彼女との関わりが始まる。 おお、と思ったのは、主人公の男の子の名前が「」内の表現で言い表されているということ。 時間の経過とともに、関係性が変化するしたがって、それは変わる。 文字ならではの表現だ。 本書は映画化されたと言うが、映像ではそういうところはどうなっているのか興味を持った。 ちなみに予告編を見る限り、映画は本とは少し構成が違うようだ。 さらに主演は浜辺美波ちゃんだが、私がイメージした桜良とはちょっと違うかなぁ。 そんなことを思いながら読み進めていく。 物語は中盤の大所。 桜良が死ぬ前にやりたいこと、「彼氏以外の男の子と旅行にいく」ことを実行する。 行き先は明示されていないが、九州福岡だ。 親にはもちろん内緒だ。 ちょっと悪いことをしているような感覚がとてもいい。 新幹線の切符、飲食代、ホテル代は桜良が全部負担するなど、そんなお金持っているの?と思うのだが、そんなことは気にならないほど、私はすでに夢中になっている。 本を読むって面白いなぁ。 ホテルに宿泊する夜、二人は「真実か挑戦」というゲームをやる。 なんのことはない、ただトランプのカードの大きい方が質問できる、というゲームだ。 未成年ながら軽くアルコールも入って、年頃の男女がゲームをするのだ。 私も一緒にドキドキする。 簡単に深い関係に進んでしまいそうだが、それではこの本の主題である人と人の言葉によるコミュニケーションというテーマからはちょっと逸れてしまうのだろう。 残念ながら深い関係には進まない。 言葉は声に出して言わないと相手にはちゃんと伝わらない。 こちらが〇〇だろうと思う、と感じていても、相手に確認しなければそうであるとはいえない。 そんなことを男の子は桜良との日常の他愛もないやり取りを通じて気づき、学んでいく。 異性に対する好意、それが何かわからず、戸惑う男の子。 簡単に愛だとか好きだとか、主人公に言わせない著者の文章力はすばらしい。 思わず「早くコクれよ、早く好きっ、て言えよ」と心のなかで叫ぶ私。 すっかり本にのめり込んでしまっている。 本書のタイトルはちょっとびっくりする。 ホラー小説のようだ。 この理由も文中で書かれている。 人はその昔、どこか病気になると他の動物のその部分を食べて、病気の回復を願ったそうだ。 桜良はホルモン、すなわち内蔵が大好き、という設定。 前半と旅行先の福岡で二人がホルモンを食べるシーンがある。 内蔵を食べると治る、と信じているようでとてもつらい。 旅行先を福岡に選んだのは、モツ鍋が有名だからなのではないかと思う。 思っていることをもっとうまく伝えられたらいいな、あのときああいえばよかったな、などと私も夜に一人で思うことがある。 大人になってもヒトはヒトとのコミュニケーションに悩むらしい。 ヤフーの記事なのでは人間関係のストレスで悩む、というようなものがたくさんある。 この本で作者は、若さ弾ける高校生、しかも元気ハツラツな可愛い女の子を死なせることにより、コミュニケーションは難しいと伝えようとしている。 読後の余韻を味わいながら、私は、もっと思っていることはしっかり伝えようと思った。 また、人間はいつ死ぬかわからないので、身近にいる人、両親や兄弟、友達ともっと自分の思っていることをしっかり伝えて、大事にしようと思った。 君の膵臓をたべたいは で読むことができます。 本を買うより安いですよ。

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『君の膵臓をたべたい』の読書感想文を書く際のポイントとは?

君 の 膵臓 を 食べ たい 読書 感想 文

Link(関連記事) 彼女が彼に名前がぴったりと言われて嬉しかった理由 私が、この小説で一番グッときたのは、主人公「僕」がヒロイン「桜良」の名前を君にぴったりの名前だと話すシーンです。 主人公はヒロインのことを一貫して君としか呼びません。 照れ隠しなのか、たまたまのなのか。 自分の名前を呼ばれないヒロインは、「僕」が自分のことを嫌っているのではないかと推測します。 同時に「僕」が人が抱いている感情を予測するクセがある事から、ヒロインに「僕」を定義されたくない、ヒロインを「誰か」に定義したくないのではないかとも、推測します。 正解は後者である事が、「僕」が墓前に梅酒をお供えした事からもわかります。 「僕」が彼女を名前で呼ばない理由に私は深く共感しました。 なぜなら、私も「名前」=「その人の役割」と認識しているところがあるからです。 友人のA、知り合いのBなど、人の名前と、その人と自分の関係は深くリンクしていると私は思っているのです。 私にとって、人の名前を呼ぶという行為はその人の役割、自分が相手に抱く感情を表すことだと考えています。 同じAという名前を呼ぶにしても、「Aさん」と呼ぶのか、「A君」と呼ぶのか、「A」と呼び捨てにするのか。 自分が相手に抱く感情を表す、逆に言えば定義していない人、定義したくない時は名前を出しません。 具体的には悪口、陰口をいう時、全くの初対面の人と話すときに、抵抗を感じるのです。 話を小説に戻します。 人を名前で定義している人間が彼女の名前をピッタリだと、好意的に話します。 そのシーンを、彼女の死後、共病文庫を読むときにがっちり伏線回収してくれるのです。 「僕」は彼が彼女に名前がピッタリと言ったときに喜んだ時に、不思議そうでしたが、もう、私の頭の中ではスパーク散っていましたよ。 「あぁ、そうか、だからか。 だから、彼女は名前を…」 と一人悶絶しました。 そして、彼が名前を呼ばない理由までも察していた彼女が、すでに故人となってしまった事が残念でした。 「死」を頻繁に話題に出す彼女 死さえも冗談の一部に利用する彼女の感性は、自分の寿命を残酷にも認識しているからでしょう。 寿命というよりは死でしょうか。 死ぬことが生活の一部になっているから冗談を口に出す。 私たちの会話も、普段の生活に根ざしたものです。 家族の中でしか伝わらない話題だったり、友達同士でしか伝わらない言葉だったり。 私たちは、生活に根ざした、身近なことを話題にします。 彼女にとって死は身近で、生活に根ざしている。 だから、頻繁に口に出すのでしょう。 または、彼女が「日常」と「現実」を与えてくれると評する「僕」だからこそ、死への不安を冗談にしているのでしょうか。 「人はいつか死ぬ」 私たちも一緒なんだけど、私たちはそれを認識しません。 認識しないというより、認識できないのでしょう。 毎日、死を考えていたら物事が前に進まないから。 まだ、死が遠くにあって自分に関係のないものだと信じているから、私たちは死について話題に出すことは少ないのです。 本音を見せない会話が好き この作品の魅力は何と言っても二人の掛け合いですね 読んでいて面白いです。 こういう掛け合いが好きだな。 あんまり乗ってくれる人は少ないけど、お互いの言葉を借りて会話する感じがいいのよね。 自分の本音を相手の言葉で返す会話、最高じゃん。 読むきっかけとなったのは、主人公に似ていると言われたから ここからはただの日記。 主人公に似ていると言われたからこの本を読んでみました。 聞いたことのある本の主人公に似ているのだから、そのときは素直に喜んだのですが、小説を読んでみたら、うーん、どうだろう。 喜んでいいのだろうか。 自分を強く持っているとは思うが、そうか、俺の話し方とか雰囲気ってこんな感じなんかな。 心当たりがあるだけに強く否定もできないけど、ここまで人間関係に疎くないよ。 人の評価は人の中にあるから分からんし、変えづらいからね。 まとめ:ありきたりな病気ものの小説で片付けるのは勿体無い 彼女と「僕」の日常パートが幸せすぎて、彼女の死後、共病文庫を読むシーンは泣けますね。 正直なところ、本を読むまでは「ありきたりなお涙頂戴小説」と思っていました。 しかし、実際に読んでみるとそれ以上の魅力がありました。 私と同じように「お涙頂戴小説」で片付けている方の方が意外にハマると思います。 ぜひ、原作を読んでみてはいかがでしょうか。 アニメも観ました。 原作好きなら、観に行って損はないかと。

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