銀河 鉄道 の 夜 イラスト。 「銀河鉄道999」メーテルのイラストを松本零士に無断でネット販売!アニメ版の作画監督: J

宮澤賢治オリジナル挿絵シリーズ 銀河鉄道の夜

銀河 鉄道 の 夜 イラスト

初めまして毛蟹です。 今日は「」の凄さを皆様に知って欲しいと思い、この記事を書いています。 この作品は童話で片付けてはいけないと思います。 『』はモチーフの散りばめ方、物語構造が素晴らしい作品です。 この作品の舞台は秋ですが、暑い夏にに乗り込み、涼やかな秋の風を感じるのもまた一興ではないでしょうか。 素人の文学好きの一意見なので学術的な根拠は何もなく、ふわっとした語りになるかと思います。 これを読んで、少しでも『』を楽しんでいただければ幸いです。 おそらく今日でも教科書に載っている作家、。 、かぷかぷ笑うの人ですね。 『』 タイトルだけは聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。 の元ネタとなった作品ですね。 なるべく物語の流れに沿ってこの作品を語っていきたいと思います。 しかも、天にあるものと地にある物の取り合わせ。 この2つのワードを合わせたセンスには脱帽ものです。 このでの短い夜はその後のジョバンニの人生を運命づけることになるのです。 まず、冒頭の銀河の科学的な講義。 これはそのまま銀河を渡るにつながっています。 ジョバンニの仕事先、活版所。 ここで彼が拾っている活字は、おそらく「号沈没」の記事ではないかと思われます。 実際にのアニメ 監督 で印刷されているのはまさにこの事件の記事でした。 次に、牛乳。 このモチーフは帰宅した時やジョバンニが牛乳屋さんに行くシーン終盤にまでかかわってきますね。 先生の講義の中でも出てきましたね。 彼が辿る一夜の物語の道筋がすでにここに示されているのです。 その次に、海に漁に出たまま帰ってこない、監獄へ入っているかもしれないお父さん。 これはジョバンニの貧しさを生み出すとともに、父親という役割、道を示す存在不在であるということも暗示しているのではないかな、と思います。 ジョバンニは働きづめなだけではなく、指標を見失っているがゆえに思考の鈍り 冒頭で天の川を知っていたのに答えられなかった を感じているのではないかなと思います。 それに対比されるように、終盤で冷静なカンパネルラの父親の存在が出てきているのではないかな、と思います。 ジョバンニの父の帰りを示すのもカムパネルラのお父さんですね。 母親との会話の中で、「川」が登場します。 これは「天の川」と同時にこの作品を読んだ方ならお気づきであろうある結末を想起させます。 ジョバンニは自分を機関車だと考えながら坂を下ります。 これは「鉄道」を予期させます。 時計店の星座盤、それをどこまでも歩いてみたいと思うジョバンニ、これは言うまでもなくの示唆ですね。 この作品の中では何度も同じモチーフが繰り返されているのです。 ジョバンニがいじめられていることもこの物語の鍵だと思います。 ジョバンニは迫害されるものです。 弱い立場の人間です。 ジョバンニが弱い人間であるということは、多分一様に迎え入れられる素質があるという意味になると思うんですね。 イキリストが弱者の側に立ち続けたように、が悪人 いわゆる普通の人 こそ救われると説いたように。 ジョバンニはカンパネルラがいるから、と奮い立っていますが銀河のお祭りの日、ザネリからいじめられます。 そしてその中に親友の姿もありました。 カンパネルラからの「裏切り」を受け、彼は悲しみに暮れ、天気輪の丘へと向かいます。 そして、あの一夜が始まるのです。 ですがこの作品はよく読めばきちんと線路の上を走っていることに気付くと思います。 線路の周りの星々も、本当に星というわけではなく、三角標でできています。 三角標というのは当時の日本が自身の土地を測量するために三角点の上につくられた作られたやぐらのようなものです。 当時の日本は、富国強兵のための最優先事項として日本の測量を行いました。 そんな時代背景もこの作品には織り込まれているのです。 星に等級があるように三角点にも等級があります。 その三角標のてっぺんには大小さまざまな色の明かりがついています。 から何百も見えるその明かりが星座を形作っているのです。 まさに星ですね。 三角標の具体的な形は検索をかけていただければわかりやすいかと思います。 木でできた低い簡素な東京タワーをイメージしていただければ近いです。 この作品はただファンタなだけではなく、科学に裏打ちされているのです。 さて前提が長くなってしまいました。 いよいよここからが星めぐりの旅となります。 ですが、作品に触れてほしいのでここでは物語の内容にはなるべく触れず、の道筋やこの作品で扱われているテーマについて語るにとどめようと思います。 ・巡礼の旅路 一度読んだ方はおわかりと思いますが、この物語には「死」が深くかかわってきます。 この一夜は死者へを見送る弔いの物語だと思います。 そして作品の中で何度も登場する「川」と言えば彼岸と此岸。 あちらとこちらを隔てるものですね。 まさに「死」の象徴と言えるでしょう。 ・からまでの旅路 からは始まりますが、本当の始まりはデネブの付近にある、X-1ではないかな、というお話を聞きました。 物語の終盤も石炭袋、に向かっていますね。 この物語は、無から無への旅路ともいえると思います。 そう考えると、我々の命とも同じですね。 の作品に「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」というものがあったことを思いだします。 宗教観はどうあれ、感覚的に考えれば我々は無から生まれて無に還ります。 この物語は「生」の物語をも内包しているのではないでしょうか。 ・りんどうの 「悲しんでいるあなたを愛する」「正義」「誠実」 ・プリオシン海岸 これは花巻にあるイギリス海岸のことで、ここの地層がおよそ120万年前の新第3紀(がプリオシン)から名付けられたのではないかとされています。 現在では地層の年代が変わってしまうようです。 風の北三郎の冒頭でもアオイが出てきますが、ここに出てくるの化石も重要な意味を持ってそうですよね……! ・七夕伝説 こと座のベガとわし座のアルタイルの七夕伝説は皆さんもご存知でしょう。 このモチーフは作品内の「鷺」にもかかわってきます。 鷺は七夕の夜に彦星と織姫が逢瀬を重ねる際の橋の役割を果たします。 ただ降ってくるわけではありません。 「鷺」にもきちんと理由があるのです。 ・とエウリュディケ こと座と言えばこの物語でしょう。 冥界下りの物語ですね。 ・切符 このジョバンニが持っていた切符が本当に天上世界へも行ける、どこでも勝手に歩ける通行券である、というのは彼が生きているからではないかと思いました。 生きているから、どこへでも行くことができる可能性があるのではないでしょうか。 ・ とはの中の有名なです。 当時は二連星だと思われていたようであの描写につながっています。 とても美しいので見てみてください。 ・ これは物語に直接は登場しませんが、この物語の執筆時期や乗り込んでくる子供たちの様子、青年の話を聞いていると、おそらく号沈没を取り上げたのではないかと思われます。 ・苹果 林檎と言えば罪の果実、アダムとイブの物語ですね。 ・献身 燃えているさそり座、女の子が話していたさそり座の逸話は「ほんとうのさいわい」のための献身ですね。 このお話はこの物語に大きくかかわってきます。 おそらく、このテーマは作品内だけでなく論文でも数多く言及されていると思うので、ここでは触れるにとどめておきます。 ・十字架 のから南十字までこの物語は進んでいきます。 ところで、は日本から見ることはできません。 見えないもの、然し確かにあるもの。 それは「死」です。 そしてまた「ほんとうのさいわい」があります。 南十字と結びついていくような気がしませんか? ・ほんとうのさいわい この作品内に登場する「ほんとうのさいわい」とは何でしょう?それぞれのキャターが言う「さいわい」は少しづつ違っています。 それについて考察したり、論文を読んでみるのも面白いと思います。 ・ザネリを愛せるか(隣人愛) ザネリは嫌な奴として物語に登場します。 その嫌な奴を愛せるか。 カムパネルラはザネリを愛しました。 ジョバンニは彼を愛せるか問われることとなります。 あなたはザネリを、愛せますか。 ・啓示と呪い さた、この旅でジョバンニはカムパネルラと「どこまでもどこまでもいっしょに行こう。 」「みんなのほんとうのさいわいをさがしに行く」と約束をします。 あらゆる人のいちばんのこうふくを探し、みんなといっしょにそこに行くこと、そうすればカムパネルラといっしょに行けるようになります。 この約束によって、ジョバンニは必死に勉強し、死ぬまで善行を続け他者へ献身をしなければならなくなりました。 これは啓示であり「呪い」ともいえるのです。 死んだ者にはもう先がありませんから「これから先」を背負うことがありません。 しかしジョバンニは違います。 彼が生きている限りこれが付きまとうことになります。 それでも、たとえザネリであろうとも彼は愛す決心をしました。 この物語はジョバンニが強い強い決心をしたことを示す物語でもあるのです。 さて、星めぐりの旅はいかがだったでしょうか。 未熟な案内人故に作品の持つ魅力のほとんどをうまく伝えられなかったかと思います。 ぱっと思いつくだけでこれだけあったので、専門家の方なら私の比較にならないほどあげられるのではないかと思います。 私のこの記事は本当に触れている程度なので、ぜひ作品ないしは論文や各サイト様 とても詳しくこの作品を分析しているサイトがあります をご覧ください。 この作品内では様々なモチーフが取り上げられ、そのどれもが深い意味を持っています。 これを読んで『』を少しでも楽しんでいただける人が増えたらなあ、と思います。 長々と読んでいただきありがとうございました。 と戦争のかかわりについてなので気分を害される方もいらっしゃるかと思うので読まないほうがいいかと思われます。 ) 賢治が作品内でたびたび取り上げている「みんなの幸福」というのはとても素晴らしい考え方ではありますが、的で、理想論であり非常に脆いです。 「みんながおなじくらい幸せ」というのは「みんながおなじくらい不幸」であるのとほぼ同義です。 一言で言えば「幸せが管理された社会」でしょうか。 よくで取り上げられる題材でもありますね。 もちろん彼の思う「みんなの幸せ」はこれではありませんが、残念ながら、コインの様に簡単に裏返すことができてしまうのです。 彼の死後、彼の作品は戦争思想に使われていくことになります。 彼の理想は実現しないばかりか、「みんな我慢しているんだから」と「みんなが同じくらい我慢する」、という思想に利用されることになります。 賢治の作品を冷静に見つめることができる現代。 「個人の幸せ」だけでなく、「みんなの幸せ」が一体何なのか、どうしたらなるべくたくさんの人が幸せになれるのか、私たちも作品を通して考えていく必要があるのではないかと思います。 nankamoumendoi.

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銀河 鉄道 の 夜 イラスト

「ではみなさんは、そういうふうに川だと 言 ( い )われたり、 乳 ( ちち )の 流 ( なが )れたあとだと 言 ( い )われたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご 承知 ( しょうち )ですか」先生は、 黒板 ( こくばん )につるした大きな黒い 星座 ( せいざ )の図の、上から下へ白くけぶった 銀河帯 ( ぎんがたい )のようなところを 指 ( さ )しながら、みんなに 問 ( と )いをかけました。 カムパネルラが手をあげました。 それから四、五人手をあげました。 ジョバンニも手をあげようとして、 急 ( いそ )いでそのままやめました。 たしかにあれがみんな星だと、いつか 雑誌 ( ざっし )で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという 気持 ( きも )ちがするのでした。 ところが先生は早くもそれを見つけたのでした。 「ジョバンニさん。 あなたはわかっているのでしょう」 ジョバンニは 勢 ( いきお )いよく立ちあがりましたが、立ってみるともうはっきりとそれを答えることができないのでした。 ザネリが前の 席 ( せき )からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。 ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。 先生がまた 言 ( い )いました。 「大きな 望遠鏡 ( ぼうえんきょう )で 銀河 ( ぎんが )をよっく 調 ( しら )べると 銀河 ( ぎんが )はだいたい何でしょう」 やっぱり星だとジョバンニは思いましたが、こんどもすぐに答えることができませんでした。 先生はしばらく 困 ( こま )ったようすでしたが、 眼 ( め )をカムパネルラの方へ 向 ( む )けて、 「ではカムパネルラさん」と 名指 ( なざ )しました。 するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上がったままやはり答えができませんでした。 先生は 意外 ( いがい )なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、 急 ( いそ )いで、 「では、よし」と 言 ( い )いながら、自分で星図を 指 ( さ )しました。 「このぼんやりと白い 銀河 ( ぎんが )を大きないい 望遠鏡 ( ぼうえんきょう )で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。 ジョバンニさんそうでしょう」 ジョバンニはまっ 赤 ( か )になってうなずきました。 けれどもいつかジョバンニの 眼 ( め )のなかには 涙 ( なみだ )がいっぱいになりました。 そうだ 僕 ( ぼく )は知っていたのだ、もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの 博士 ( はかせ )のうちでカムパネルラといっしょに読んだ 雑誌 ( ざっし )のなかにあったのだ。 それどこでなくカムパネルラは、その 雑誌 ( ざっし )を読むと、すぐお父さんの 書斎 ( しょさい )から 巨 ( おお )きな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な 頁 ( ページ )いっぱいに白に 点々 ( てんてん )のある 美 ( うつく )しい 写真 ( しゃしん )を二人でいつまでも見たのでした。 それをカムパネルラが 忘 ( わす )れるはずもなかったのに、すぐに 返事 ( へんじ )をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午後にも 仕事 ( しごと )がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき 遊 ( あそ )ばず、カムパネルラともあんまり物を 言 ( い )わないようになったので、カムパネルラがそれを知ってきのどくがってわざと 返事 ( へんじ )をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。 先生はまた 言 ( い )いました。 「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの 砂 ( すな )や 砂利 ( じゃり )の 粒 ( つぶ )にもあたるわけです。 またこれを 巨 ( おお )きな 乳 ( ちち )の 流 ( なが )れと考えるなら、もっと天の川とよく 似 ( に )ています。 つまりその星はみな、 乳 ( ちち )のなかにまるで 細 ( こま )かにうかんでいる 脂油 ( あぶら )の 球 ( たま )にもあたるのです。 そんなら何がその川の水にあたるかと 言 ( い )いますと、それは 真空 ( しんくう )という光をある 速 ( はや )さで 伝 ( つた )えるもので、 太陽 ( たいよう )や 地球 ( ちきゅう )もやっぱりそのなかに 浮 ( う )かんでいるのです。 つまりは 私 ( わたし )どもも天の川の水のなかに 棲 ( す )んでいるわけです。 そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の 底 ( そこ )の 深 ( ふか )く遠いところほど星がたくさん集まって見え、したがって白くぼんやり見えるのです。 この 模型 ( もけい )をごらんなさい」 先生は中にたくさん光る 砂 ( すな )のつぶのはいった大きな 両面 ( りょうめん )の 凸 ( とつ )レンズを 指 ( さ )しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。 このいちいちの光るつぶがみんな 私 ( わたし )どもの 太陽 ( たいよう )と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。 私どもの 太陽 ( たいよう )がこのほぼ中ごろにあって 地球 ( ちきゅう )がそのすぐ近くにあるとします。 みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。 こっちの方はレンズが 薄 ( うす )いのでわずかの光る 粒 ( つぶ )すなわち星しか見えないでしょう。 こっちやこっちの方はガラスが 厚 ( あつ )いので、光る 粒 ( つぶ )すなわち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるという、これがつまり今日の 銀河 ( ぎんが )の 説 ( せつ )なのです。 そんならこのレンズの大きさがどれくらいあるか、またその中のさまざまの星についてはもう時間ですから、この 次 ( つぎ )の理科の時間にお話します。 では今日はその 銀河 ( ぎんが )のお 祭 ( まつ )りなのですから、みなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。 ではここまでです。 本やノートをおしまいなさい」 そして教室じゅうはしばらく 机 ( つくえ )の 蓋 ( ふた )をあけたりしめたり本を 重 ( かさ )ねたりする音がいっぱいでしたが、まもなくみんなはきちんと立って 礼 ( れい )をすると教室を出ました。 ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七、八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして 校庭 ( こうてい )の 隅 ( すみ )の 桜 ( さくら )の木のところに 集 ( あつ )まっていました。 それはこんやの 星祭 ( ほしまつ )りに青いあかりをこしらえて川へ 流 ( なが )す 烏瓜 ( からすうり )を 取 ( と )りに行く 相談 ( そうだん )らしかったのです。 けれどもジョバンニは手を大きく 振 ( ふ )ってどしどし学校の 門 ( もん )を出て来ました。 すると町の家々ではこんやの 銀河 ( ぎんが )の 祭 ( まつ )りにいちいの 葉 ( は )の 玉 ( たま )をつるしたり、ひのきの 枝 ( えだ )にあかりをつけたり、いろいろしたくをしているのでした。 家へは帰らずジョバンニが町を三つ 曲 ( ま )がってある大きな 活版所 ( かっぱんじょ )にはいって 靴 ( くつ )をぬいで上がりますと、 突 ( つ )き当たりの大きな 扉 ( とびら )をあけました。 中にはまだ 昼 ( ひる )なのに 電燈 ( でんとう )がついて、たくさんの 輪転機 ( りんてんき )がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん 働 ( はたら )いておりました。 ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い 卓子 ( テーブル )にすわった人の 所 ( ところ )へ行っておじぎをしました。 その人はしばらく 棚 ( たな )をさがしてから、 「これだけ 拾 ( ひろ )って行けるかね」と 言 ( い )いながら、一枚の紙切れを 渡 ( わた )しました。 ジョバンニはその人の 卓子 ( テーブル )の足もとから一つの小さな 平 ( ひら )たい 函 ( はこ )をとりだして 向 ( む )こうの 電燈 ( でんとう )のたくさんついた、たてかけてある 壁 ( かべ )の 隅 ( すみ )の 所 ( ところ )へしゃがみ 込 ( こ )むと、小さなピンセットでまるで 粟粒 ( あわつぶ )ぐらいの 活字 ( かつじ )を 次 ( つぎ )から 次 ( つぎ )へと 拾 ( ひろ )いはじめました。 青い 胸 ( むね )あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、 「よう、虫めがね 君 ( くん )、お早う」と 言 ( い )いますと、近くの四、五人の人たちが声もたてずこっちも 向 ( む )かずに 冷 ( つめ )たくわらいました。 ジョバンニは何べんも 眼 ( め )をぬぐいながら 活字 ( かつじ )をだんだんひろいました。 六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニは 拾 ( ひろ )った 活字 ( かつじ )をいっぱいに入れた 平 ( ひら )たい 箱 ( はこ )をもういちど手にもった紙きれと引き合わせてから、さっきの 卓子 ( テーブル )の人へ 持 ( も )って来ました。 その人は 黙 ( だま )ってそれを 受 ( う )け 取 ( と )ってかすかにうなずきました。 ジョバンニはおじぎをすると 扉 ( とびら )をあけて計算台のところに来ました。 すると 白服 ( しろふく )を 着 ( き )た人がやっぱりだまって小さな 銀貨 ( ぎんか )を一つジョバンニに 渡 ( わた )しました。 ジョバンニはにわかに顔いろがよくなって 威勢 ( いせい )よくおじぎをすると、台の下に 置 ( お )いた 鞄 ( かばん )をもっておもてへ 飛 ( と )びだしました。 それから元気よく 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )きながらパン 屋 ( や )へ 寄 ( よ )ってパンの 塊 ( かたまり )を一つと 角砂糖 ( かくざとう )を一 袋 ( ふくろ )買いますといちもくさんに走りだしました。 ジョバンニが 勢 ( いきお )いよく帰って来たのは、ある 裏町 ( うらまち )の小さな家でした。 その三つならんだ入口のいちばん 左側 ( ひだりがわ )には 空箱 ( あきばこ )に 紫 ( むらさき )いろのケールやアスパラガスが 植 ( う )えてあって小さな二つの 窓 ( まど )には 日覆 ( ひおお )いがおりたままになっていました。 「お母さん、いま帰ったよ。 ぐあい 悪 ( わる )くなかったの」ジョバンニは 靴 ( くつ )をぬぎながら言いました。 「ああ、ジョバンニ、お 仕事 ( しごと )がひどかったろう。 今日 ( きょう )は 涼 ( すず )しくてね。 わたしはずうっとぐあいがいいよ」 ジョバンニは 玄関 ( げんかん )を上がって行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の 室 ( へや )に白い 巾 ( きれ )をかぶって 寝 ( やす )んでいたのでした。 ジョバンニは 窓 ( まど )をあけました。 「お母さん、今日は 角砂糖 ( かくざとう )を買ってきたよ。 牛乳 ( ぎゅうにゅう )に入れてあげようと思って」 「ああ、お前さきにおあがり。 あたしはまだほしくないんだから」 「お母さん。 姉 ( ねえ )さんはいつ帰ったの」 「ああ、三時ころ帰ったよ。 みんなそこらをしてくれてね」 「お母さんの 牛乳 ( ぎゅうにゅう )は来ていないんだろうか」 「来なかったろうかねえ」 「ぼく行ってとって来よう」 「ああ、あたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、 姉 ( ねえ )さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ 置 ( お )いて行ったよ」 「ではぼくたべよう」 ジョバンニは [#「 ジョバンニは」は底本では「「ジョバンニは」] 窓 ( まど )のところからトマトの 皿 ( さら )をとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。 ぼくお父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ」 「ああ、あたしもそう思う。 けれどもおまえはどうしてそう思うの」 「だって 今朝 ( けさ )の新聞に今年は北の方の 漁 ( りょう )はたいへんよかったと書いてあったよ」 「ああだけどねえ、お父さんは 漁 ( りょう )へ出ていないかもしれない」 「きっと出ているよ。 お父さんが 監獄 ( かんごく )へはいるようなそんな 悪 ( わる )いことをしたはずがないんだ。 この前お父さんが持ってきて学校へ 寄贈 ( きぞう )した 巨 ( おお )きな 蟹 ( かに )の 甲 ( こう )らだのとなかいの 角 ( つの )だの今だってみんな 標本室 ( ひょうほんしつ )にあるんだ。 六年生なんか 授業 ( じゅぎょう )のとき先生がかわるがわる教室へ 持 ( も )って行くよ」 「お父さんはこの 次 ( つぎ )はおまえにラッコの 上着 ( うわぎ )をもってくるといったねえ」 「みんながぼくにあうとそれを 言 ( い )うよ。 ひやかすように 言 ( い )うんだ」 「おまえに 悪口 ( わるくち )を 言 ( い )うの」 「うん、けれどもカムパネルラなんか 決 ( けっ )して 言 ( い )わない。 カムパネルラはみんながそんなことを 言 ( い )うときはきのどくそうにしているよ」 「カムパネルラのお父さんとうちのお父さんとは、ちょうどおまえたちのように小さいときからのお 友達 ( ともだち )だったそうだよ」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。 あのころはよかったなあ。 ぼくは学校から帰る 途中 ( とちゅう )たびたびカムパネルラのうちに 寄 ( よ )った。 カムパネルラのうちにはアルコールランプで走る汽車があったんだ。 レールを七つ組み合わせるとまるくなってそれに 電柱 ( でんちゅう )や 信号標 ( しんごうひょう )もついていて 信号標 ( しんごうひょう )のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。 いつかアルコールがなくなったとき 石油 ( せきゆ )をつかったら、 缶 ( かん )がすっかりすすけたよ」 「そうかねえ」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。 けれどもいつでも家じゅうまだしいんとしているからな」 「早いからねえ」 「ザウエルという犬がいるよ。 しっぽがまるで 箒 ( ほうき )のようだ。 ぼくが行くと 鼻 ( はな )を鳴らしてついてくるよ。 ずうっと町の 角 ( かど )までついてくる。 もっとついてくることもあるよ。 今夜はみんなで 烏瓜 ( からすうり )のあかりを川へながしに行くんだって。 きっと犬もついて行くよ」 「そうだ。 今晩 ( こんばん )は 銀河 ( ぎんが )のお 祭 ( まつ )りだねえ」 「うん。 ぼく 牛乳 ( ぎゅうにゅう )をとりながら見てくるよ」 「ああ行っておいで。 川へははいらないでね」 「ああぼく 岸 ( きし )から見るだけなんだ。 一時間で行ってくるよ」 「もっと 遊 ( あそ )んでおいで。 カムパネルラさんといっしょなら 心配 ( しんぱい )はないから」 「ああきっといっしょだよ。 お母さん、窓をしめておこうか」 「ああ、どうか。 もう 涼 ( すず )しいからね」 ジョバンニは立って 窓 ( まど )をしめ、お 皿 ( さら )やパンの 袋 ( ふくろ )をかたづけると 勢 ( いきお )いよく 靴 ( くつ )をはいて、 「では一時間 半 ( はん )で帰ってくるよ」と 言 ( い )いながら 暗 ( くら )い 戸口 ( とぐち )を出ました。 ジョバンニは、 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )いているようなさびしい口つきで、 檜 ( ひのき )のまっ黒にならんだ町の 坂 ( さか )をおりて来たのでした。 坂 ( さか )の下に大きな一つの 街燈 ( がいとう )が、青白く 立派 ( りっぱ )に光って立っていました。 ジョバンニが、どんどん 電燈 ( でんとう )の方へおりて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていたジョバンニの 影 ( かげ )ぼうしは、だんだん 濃 ( こ )く黒くはっきりなって、足をあげたり手を 振 ( ふ )ったり、ジョバンニの 横 ( よこ )の方へまわって来るのでした。 (ぼくは 立派 ( りっぱ )な 機関車 ( きかんしゃ )だ。 ここは 勾配 ( こうばい )だから 速 ( はや )いぞ。 ぼくはいまその 電燈 ( でんとう )を通り 越 ( こ )す。 そうら、こんどはぼくの 影法師 ( かげぼうし )はコンパスだ。 あんなにくるっとまわって、前の方へ来た) とジョバンニが思いながら、 大股 ( おおまた )にその 街燈 ( がいとう )の下を通り 過 ( す )ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新しいえりのとがったシャツを 着 ( き )て、 電燈 ( でんとう )の 向 ( む )こう 側 ( がわ )の 暗 ( くら )い 小路 ( こうじ )から出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。 「ザネリ、 烏瓜 ( からすうり )ながしに行くの」ジョバンニがまだそう 言 ( い )ってしまわないうちに、 「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの 上着 ( うわぎ )が来るよ」その子が 投 ( な )げつけるようにうしろから 叫 ( さけ )びました。 ジョバンニは、ばっと 胸 ( むね )がつめたくなり、そこらじゅうきいんと鳴るように思いました。 「なんだい、ザネリ」とジョバンニは高く 叫 ( さけ )び 返 ( かえ )しましたが、もうザネリは 向 ( む )こうのひばの 植 ( う )わった家の中へはいっていました。 (ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを 言 ( い )うのだろう。 走るときはまるで 鼠 ( ねずみ )のようなくせに。 ぼくがなんにもしないのにあんなことを 言 ( い )うのはザネリがばかなからだ) ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの 灯 ( あかり )や木の 枝 ( えだ )で、すっかりきれいに 飾 ( かざ )られた 街 ( まち )を通って行きました。 時計屋 ( とけいや )の店には明るくネオン 燈 ( とう )がついて、一 秒 ( びょう )ごとに石でこさえたふくろうの赤い 眼 ( め )が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな 宝石 ( ほうせき )が海のような色をした 厚 ( あつ )い 硝子 ( ガラス )の 盤 ( ばん )に 載 ( の )って、星のようにゆっくり 循 ( めぐ )ったり、また 向 ( む )こう 側 ( がわ )から、 銅 ( どう )の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。 そのまん中にまるい黒い 星座早見 ( せいざはやみ )が青いアスパラガスの 葉 ( は )で 飾 ( かざ )ってありました。 ジョバンニはわれを 忘 ( わす )れて、その 星座 ( せいざ )の図に見入りました。 それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですが、その日と時間に合わせて 盤 ( ばん )をまわすと、そのとき出ているそらがそのまま 楕円形 ( だえんけい )のなかにめぐってあらわれるようになっており、やはりそのまん中には上から下へかけて 銀河 ( ぎんが )がぼうとけむったような 帯 ( おび )になって、その下の方ではかすかに 爆発 ( ばくはつ )して 湯 ( ゆ )げでもあげているように見えるのでした。 またそのうしろには三本の 脚 ( あし )のついた小さな 望遠鏡 ( ぼうえんきょう )が黄いろに光って立っていましたし、いちばんうしろの 壁 ( かべ )には空じゅうの 星座 ( せいざ )をふしぎな 獣 ( けもの )や 蛇 ( へび )や魚や 瓶 ( びん )の形に書いた大きな 図 ( ず )がかかっていました。 ほんとうにこんなような 蠍 ( さそり )だの 勇士 ( ゆうし )だのそらにぎっしりいるだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いてみたいと思ってたりしてしばらくぼんやり立っていました。 それからにわかにお母さんの 牛乳 ( ぎゅうにゅう )のことを思いだしてジョバンニはその店をはなれました。 そしてきゅうくつな 上着 ( うわぎ )の 肩 ( かた )を気にしながら、それでもわざと 胸 ( むね )を 張 ( は )って大きく手を 振 ( ふ )って町を通って行きました。 空気は 澄 ( す )みきって、まるで水のように通りや店の中を 流 ( なが )れましたし、 街燈 ( がいとう )はみなまっ青なもみや 楢 ( なら )の 枝 ( えだ )で 包 ( つつ )まれ、電気会社の前の六本のプラタナスの木などは、中にたくさんの 豆電燈 ( まめでんとう )がついて、ほんとうにそこらは人魚の 都 ( みやこ )のように見えるのでした。 子どもらは、みんな新しい 折 ( おり )のついた 着物 ( きもの )を 着 ( き )て、星めぐりの 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )いたり、 「ケンタウルス、 露 ( つゆ )をふらせ」と 叫 ( さけ )んで走ったり、青いマグネシヤの花火を 燃 ( も )したりして、たのしそうに 遊 ( あそ )んでいるのでした。 けれどもジョバンニは、いつかまた 深 ( ふか )く 首 ( くび )をたれて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、 牛乳屋 ( ぎゅうにゅうや )の方へ 急 ( いそ )ぐのでした。 ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が 幾本 ( いくほん )も 幾本 ( いくほん )も、高く星ぞらに 浮 ( う )かんでいるところに来ていました。 その 牛乳屋 ( ぎゅうにゅうや )の黒い 門 ( もん )をはいり、牛のにおいのするうすくらい 台所 ( だいどころ )の前に立って、ジョバンニは 帽子 ( ぼうし )をぬいで、 「 今晩 ( こんばん )は」と 言 ( い )いましたら、家の中はしいんとして 誰 ( だれ )もいたようではありませんでした。 「 今晩 ( こんばん )は、ごめんなさい」ジョバンニはまっすぐに立ってまた 叫 ( さけ )びました。 するとしばらくたってから、年とった女の人が、どこかぐあいが 悪 ( わる )いようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中で 言 ( い )いました。 「いま 誰 ( だれ )もいないでわかりません。 あしたにしてください」その人は赤い 眼 ( め )の下のとこをこすりながら、ジョバンニを見おろして 言 ( い )いました。 「おっかさんが 病気 ( びょうき )なんですから 今晩 ( こんばん )でないと 困 ( こま )るんです」 「ではもう少したってから来てください」その人はもう行ってしまいそうでした。 「そうですか。 ではありがとう」ジョバンニは、お 辞儀 ( じぎ )をして 台所 ( だいどころ )から出ました。 十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、 向 ( む )こうの 橋 ( はし )へ行く方の 雑貨店 ( ざっかてん )の前で、黒い 影 ( かげ )やぼんやり白いシャツが入り 乱 ( みだ )れて、六、七人の生徒らが、 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )いたり 笑 ( わら )ったりして、めいめい 烏瓜 ( からすうり )の 燈火 ( あかり )を 持 ( も )ってやって 来 ( く )るのを 見 ( み )ました。 その 笑 ( わら )い声も 口笛 ( くちぶえ )も、みんな聞きおぼえのあるものでした。 ジョバンニの 同級 ( どうきゅう )の 子供 ( こども )らだったのです。 ジョバンニは思わずどきっとして 戻 ( もど )ろうとしましたが、思い 直 ( なお )して、いっそう 勢 ( いきお )いよくそっちへ歩いて行きました。 「川へ行くの」ジョバンニが 言 ( い )おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、 「ジョバンニ、ラッコの 上着 ( うわぎ )が来るよ」さっきのザネリがまた 叫 ( さけ )びました。 「ジョバンニ、ラッコの 上着 ( うわぎ )が来るよ」すぐみんなが、 続 ( つづ )いて 叫 ( さけ )びました。 ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、 急 ( いそ )いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。 カムパネルラはきのどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。 ジョバンニは、にげるようにその 眼 ( め )を 避 ( さ )け、そしてカムパネルラのせいの高いかたちが 過 ( す )ぎて行ってまもなく、みんなはてんでに 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )きました。 町かどを 曲 ( ま )がるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。 そしてカムパネルラもまた、高く 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )いて 向 ( む )こうにぼんやり見える 橋 ( はし )の方へ歩いて行ってしまったのでした。 ジョバンニは、なんとも 言 ( い )えずさびしくなって、いきなり走りだしました。 すると耳に手をあてて、わあわあと 言 ( い )いながら 片足 ( かたあし )でぴょんぴょん 跳 ( と )んでいた小さな 子供 ( こども )らは、ジョバンニがおもしろくてかけるのだと思って、わあいと 叫 ( さけ )びました。 まもなくジョバンニは走りだして黒い 丘 ( おか )の方へ 急 ( いそ )ぎました。 牧場 ( ぼくじょう )のうしろはゆるい 丘 ( おか )になって、その黒い 平 ( たい )らな 頂上 ( ちょうじょう )は、北の 大熊星 ( おおくまぼし )の下に、ぼんやりふだんよりも 低 ( ひく )く、 連 ( つら )なって見えました。 ジョバンニは、もう 露 ( つゆ )の 降 ( お )りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。 まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに 照 ( て )らしだされてあったのです。 草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある 葉 ( は )は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの 持 ( も )って行った 烏瓜 ( からすうり )のあかりのようだとも思いました。 そのまっ黒な、 松 ( まつ )や 楢 ( なら )の林を 越 ( こ )えると、にわかにがらんと空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へ 亙 ( わた )っているのが見え、また 頂 ( いただき )の、 天気輪 ( てんきりん )の 柱 ( はしら )も見わけられたのでした。 つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、 夢 ( ゆめ )の中からでもかおりだしたというように 咲 ( さ )き、鳥が一 疋 ( ぴき )、 丘 ( おか )の上を鳴き 続 ( つづ )けながら通って行きました。 ジョバンニは、 頂 ( いただき )の 天気輪 ( てんきりん )の 柱 ( はしら )の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に 投 ( な )げました。 町の 灯 ( あかり )は、 暗 ( やみ )の中をまるで海の 底 ( そこ )のお 宮 ( みや )のけしきのようにともり、 子供 ( こども )らの歌う声や 口笛 ( くちぶえ )、きれぎれの 叫 ( さけ )び声もかすかに聞こえて来るのでした。 風が遠くで鳴り、 丘 ( おか )の草もしずかにそよぎ、ジョバンニの 汗 ( あせ )でぬれたシャツもつめたく 冷 ( ひ )やされました。 野原から汽車の音が聞こえてきました。 その小さな 列車 ( れっしゃ )の 窓 ( まど )は 一列 ( いちれつ )小さく赤く見え、その中にはたくさんの 旅人 ( たびびと )が、 苹果 ( りんご )をむいたり、わらったり、いろいろなふうにしていると考えますと、ジョバンニは、もうなんとも 言 ( い )えずかなしくなって、また 眼 ( め )をそらに 挙 ( あ )げました。 (この間 原稿 ( げんこう )五 枚分 ( まいぶん )なし) ところがいくら見ていても、そのそらは、ひる先生の 言 ( い )ったような、がらんとした 冷 ( つめ )たいとこだとは思われませんでした。 それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や 牧場 ( ぼくじょう )やらある 野原 ( のはら )のように考えられてしかたなかったのです。 そしてジョバンニは青い 琴 ( こと )の星が、三つにも四つにもなって、ちらちらまたたき、 脚 ( あし )が何べんも出たり引っ 込 ( こ )んだりして、とうとう 蕈 ( きのこ )のように長く 延 ( の )びるのを見ました。 またすぐ 眼 ( め )の下のまちまでが、やっぱりぼんやりしたたくさんの星の 集 ( あつ )まりか一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。 そしてジョバンニはすぐうしろの 天気輪 ( てんきりん )の 柱 ( はしら )がいつかぼんやりした 三角標 ( さんかくひょう )の形になって、しばらく 蛍 ( ほたる )のように、ぺかぺか 消 ( き )えたりともったりしているのを見ました。 それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、 濃 ( こ )い 鋼青 ( はがね )のそらの野原にたちました。 いま新しく 灼 ( や )いたばかりの青い 鋼 ( はがね )の 板 ( いた )のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。 するとどこかで、ふしぎな声が、 銀河 ( ぎんが )ステーション、 銀河 ( ぎんが )ステーションと 言 ( い )う声がしたと思うと、いきなり 眼 ( め )の前が、ぱっと明るくなって、まるで 億万 ( おくまん )の 蛍烏賊 ( ほたるいか )の火を一ぺんに 化石 ( かせき )させて、そらじゅうに 沈 ( しず )めたというぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと 穫 ( と )れないふりをして、かくしておいた 金剛石 ( こんごうせき )を、 誰 ( だれ )かがいきなりひっくりかえして、ばらまいたというふうに、 眼 ( め )の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも 眼 ( め )をこすってしまいました。 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの 乗 ( の )っている小さな 列車 ( れっしゃ )が走りつづけていたのでした。 ほんとうにジョバンニは、夜の 軽便鉄道 ( けいべんてつどう )の、小さな黄いろの 電燈 ( でんとう )のならんだ車室に、 窓 ( まど )から外を見ながらすわっていたのです。 車室の中は、青い 天鵞絨 ( ビロード )を 張 ( は )った 腰掛 ( こしか )けが、まるでがらあきで、 向 ( む )こうの 鼠 ( ねずみ )いろのワニスを 塗 ( ぬ )った 壁 ( かべ )には、 真鍮 ( しんちゅう )の大きなぼたんが二つ光っているのでした。 すぐ前の 席 ( せき )に、ぬれたようにまっ黒な 上着 ( うわぎ )を着た、せいの高い 子供 ( こども )が、窓から頭を出して外を見ているのに気がつきました。 そしてそのこどもの 肩 ( かた )のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても 誰 ( だれ )だかわかりたくて、たまらなくなりました。 いきなりこっちも 窓 ( まど )から顔を出そうとしたとき、にわかにその 子供 ( こども )が頭を引っ 込 ( こ )めて、こっちを見ました。 それはカムパネルラだったのです。 ジョバンニが、 カムパネルラ、きみは前からここにいたの、と 言 ( い )おうと思ったとき、カムパネルラが、 「みんなはね、ずいぶん走ったけれども 遅 ( おく )れてしまったよ。 ザネリもね、ずいぶん走ったけれども 追 ( お )いつかなかった」と 言 ( い )いました。 ジョバンニは、 (そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出かけたのだ)とおもいながら、 「どこかで 待 ( ま )っていようか」と 言 ( い )いました。 するとカムパネルラは、 「ザネリはもう帰ったよ。 お父さんが 迎 ( むか )いにきたんだ」 カムパネルラは、なぜかそう 言 ( い )いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか 苦 ( くる )しいというふうでした。 するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か 忘 ( わす )れたものがあるというような、おかしな 気持 ( きも )ちがしてだまってしまいました。 ところがカムパネルラは、 窓 ( まど )から外をのぞきながら、もうすっかり元気が 直 ( なお )って、 勢 ( いきお )いよく 言 ( い )いました。 「ああしまった。 ぼく、 水筒 ( すいとう )を 忘 ( わす )れてきた。 スケッチ 帳 ( ちょう )も 忘 ( わす )れてきた。 けれどかまわない。 もうじき白鳥の 停車場 ( ていしゃば )だから。 ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。 川の遠くを 飛 ( と )んでいたって、ぼくはきっと見える」 そして、カムパネルラは、まるい 板 ( いた )のようになった 地図 ( ちず )を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。 まったく、その中に、白くあらわされた天の川の左の 岸 ( きし )に 沿 ( そ )って一 条 ( じょう )の 鉄道線路 ( てつどうせんろ )が、南へ南へとたどって行くのでした。 そしてその地図の 立派 ( りっぱ )なことは、夜のようにまっ黒な 盤 ( ばん )の上に、一々の 停車場 ( ていしゃば )や 三角標 ( さんかくひょう )、 泉水 ( せんすい )や森が、青や 橙 ( だいだい )や 緑 ( みどり )や、うつくしい光でちりばめられてありました。 ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この 地図 ( ちず )はどこで買ったの。 黒曜石 ( こくようせき )でできてるねえ」 ジョバンニが 言 ( い )いました。 「 銀河 ( ぎんが )ステーションで、もらったんだ。 君 ( きみ )もらわなかったの」 「ああ、ぼく 銀河 ( ぎんが )ステーションを通ったろうか。 いまぼくたちのいるとこ、ここだろう」 ジョバンニは、白鳥と書いてある 停車場 ( ていしゃば )のしるしの、すぐ北を 指 ( さ )しました。 「そうだ。 おや、あの 河原 ( かわら )は月夜だろうか」そっちを見ますと、青白く光る 銀河 ( ぎんが )の 岸 ( きし )に、 銀 ( ぎん )いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、 波 ( なみ )を立てているのでした。 「月夜でないよ。 銀河 ( ぎんが )だから光るんだよ」ジョバンニは 言 ( い )いながら、まるではね上がりたいくらい 愉快 ( ゆかい )になって、足をこつこつ鳴らし、 窓 ( まど )から顔を出して、高く高く星めぐりの 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )きながら一生けん 命 ( めい ) 延 ( の )びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。 けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも 水素 ( すいそ )よりもすきとおって、ときどき 眼 ( め )のかげんか、ちらちら 紫 ( むらさき )いろのこまかな 波 ( なみ )をたてたり、 虹 ( にじ )のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん 流 ( なが )れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、 燐光 ( りんこう )の 三角標 ( さんかくひょう )が、うつくしく立っていたのです。 遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは 橙 ( だいだい )や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、あるいは 三角形 ( さんかくけい )、あるいは 四辺形 ( しへんけい )、あるいは 電 ( いなずま )や 鎖 ( くさり )の形、さまざまにならんで、野原いっぱいに光っているのでした。 ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに 振 ( ふ )りました。 するとほんとうに、そのきれいな 野原 ( のはら )じゅうの青や 橙 ( だいだい )や、いろいろかがやく 三角標 ( さんかくひょう )も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり 顫 ( ふる )えたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た」ジョバンニは 言 ( い )いました。 「それに、この汽車 石炭 ( せきたん )をたいていないねえ」ジョバンニが左手をつき出して 窓 ( まど )から前の方を見ながら 言 ( い )いました。 「アルコールか電気だろう」カムパネルラが 言 ( い )いました。 するとちょうど、それに 返事 ( へんじ )するように、どこか遠くの遠くのもやのもやの中から、セロのようなごうごうした声がきこえて来ました。 「ここの汽車は、スティームや電気でうごいていない。 ただうごくようにきまっているからうごいているのだ。 ごとごと音をたてていると、そうおまえたちは思っているけれども、それはいままで音をたてる汽車にばかりなれているためなのだ」 「あの声、ぼくなんべんもどこかできいた」 「ぼくだって、林の中や川で、何べんも聞いた」 ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、 三角点 ( さんかくてん )の青じろい 微光 ( びこう )の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が 咲 ( さ )いている。 もうすっかり秋だねえ」カムパネルラが、 窓 ( まど )の外を 指 ( ゆび )さして 言 ( い )いました。 線路 ( せんろ )のへりになったみじかい 芝草 ( しばくさ )の中に、 月長石 ( げっちょうせき )ででも 刻 ( きざ )まれたような、すばらしい 紫 ( むらさき )のりんどうの花が 咲 ( さ )いていました。 「ぼく 飛 ( と )びおりて、あいつをとって、また 飛 ( と )び 乗 ( の )ってみせようか」ジョバンニは 胸 ( むね )をおどらせて 言 ( い )いました。 「もうだめだ。 あんなにうしろへ行ってしまったから」 カムパネルラが、そう 言 ( い )ってしまうかしまわないうち、 次 ( つぎ )のりんどうの花が、いっぱいに光って 過 ( す )ぎて行きました。 と思ったら、もう 次 ( つぎ )から 次 ( つぎ )から、たくさんのきいろな 底 ( そこ )をもったりんどうの花のコップが、 湧 ( わ )くように、雨のように、 眼 ( め )の前を通り、 三角標 ( さんかくひょう )の 列 ( れつ )は、けむるように 燃 ( も )えるように、いよいよ光って立ったのです。 「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」 いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、せきこんで 言 ( い )いました。 ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える 橙 ( だいだい )いろの 三角標 ( さんかくひょう )のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに 幸 ( さいわい )になるなら、どんなことでもする。 けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの 幸 ( さいわい )なんだろう」カムパネルラは、なんだか、 泣 ( な )きだしたいのを、一生けん 命 ( めい )こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの」ジョバンニはびっくりして 叫 ( さけ )びました。 「ぼくわからない。 けれども、 誰 ( だれ )だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん 幸 ( さいわい )なんだねえ。 だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う」カムパネルラは、なにかほんとうに 決心 ( けっしん )しているように見えました。 にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。 見ると、もうじつに、 金剛石 ( こんごうせき )や草の 露 ( つゆ )やあらゆる 立派 ( りっぱ )さをあつめたような、きらびやかな 銀河 ( ぎんが )の 河床 ( かわどこ )の上を、水は声もなくかたちもなく 流 ( なが )れ、その 流 ( なが )れのまん中に、ぼうっと青白く 後光 ( ごこう )の 射 ( さ )した一つの 島 ( しま )が見えるのでした。 その 島 ( しま )の 平 ( たい )らないただきに、 立派 ( りっぱ )な 眼 ( め )もさめるような、白い 十字架 ( じゅうじか )がたって、それはもう、 凍 ( こお )った 北極 ( ほっきょく )の雲で 鋳 ( い )たといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに 永久 ( えいきゅう )に立っているのでした。 「ハレルヤ、ハレルヤ」前からもうしろからも声が 起 ( お )こりました。 ふりかえって見ると、車室の中の 旅人 ( たびびと )たちは、みなまっすぐにきもののひだを 垂 ( た )れ、黒いバイブルを 胸 ( むね )にあてたり、 水晶 ( すいしょう )の 数珠 ( じゅず )をかけたり、どの人もつつましく 指 ( ゆび )を組み合わせて、そっちに 祈 ( いの )っているのでした。 思わず 二人 ( ふたり )ともまっすぐに立ちあがりました。 カムパネルラの 頬 ( ほお )は、まるで 熟 ( じゅく )した 苹果 ( りんご )のあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。 そして 島 ( しま )と 十字架 ( じゅうじか )とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。 向 ( む )こう 岸 ( ぎし )も、青じろくぼうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその 銀 ( ぎん )いろがけむって、 息 ( いき )でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい 狐火 ( きつねび )のように思われました。 それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの 列 ( れつ )でさえぎられ、白鳥の 島 ( しま )は、二 度 ( ど )ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、 絵 ( え )のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。 ジョバンニのうしろには、いつから 乗 ( の )っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリックふうの 尼 ( あま )さんが、まんまるな 緑 ( みどり )の 瞳 ( ひとみ )を、じっとまっすぐに 落 ( お )として、まだ何かことばか声かが、そっちから 伝 ( つた )わって来るのを、 虔 ( つつし )んで聞いているというように見えました。 旅人 ( たびびと )たちはしずかに 席 ( せき )に 戻 ( もど )り、 二人 ( ふたり )も 胸 ( むね )いっぱいのかなしみに 似 ( に )た新しい 気持 ( きも )ちを、何気なくちがった 語 ( ことば )で、そっと 談 ( はな )し合ったのです。 「もうじき白鳥の 停車場 ( ていしゃば )だねえ」 「ああ、十一時かっきりには 着 ( つ )くんだよ」 早くも、シグナルの 緑 ( みどり )の燈と、ぼんやり白い 柱 ( はしら )とが、ちらっと 窓 ( まど )のそとを 過 ( す )ぎ、それから 硫黄 ( いおう )のほのおのようなくらいぼんやりした 転 ( てん )てつ 機 ( き )の前のあかりが 窓 ( まど )の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、まもなくプラットホームの一 列 ( れつ )の 電燈 ( でんとう )が、うつくしく 規則 ( きそく )正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人はちょうど白鳥 停車場 ( ていしゃじょう )の、大きな 時計 ( とけい )の前に来てとまりました。 さわやかな秋の 時計 ( とけい )の 盤面 ( ばんめん )には、青く 灼 ( や )かれたはがねの二本の 針 ( はり )が、くっきり十一時を 指 ( さ )しました。 みんなは、一ぺんにおりて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分 停車 ( ていしゃ )〕と 時計 ( とけい )の下に書いてありました。 「ぼくたちも 降 ( お )りて見ようか」ジョバンニが 言 ( い )いました。 「 降 ( お )りよう」 二人 ( ふたり )は一 度 ( ど )にはねあがってドアを 飛 ( と )び出して 改札口 ( かいさつぐち )へかけて行きました。 ところが 改札口 ( かいさつぐち )には、明るい 紫 ( むらさき )がかった 電燈 ( でんとう )が、一つ 点 ( つ )いているばかり、 誰 ( だれ )もいませんでした。 そこらじゅうを見ても、 駅長 ( えきちょう )や 赤帽 ( あかぼう )らしい人の、 影 ( かげ )もなかったのです。 二人 ( ふたり )は、 停車場 ( ていしゃば )の前の、 水晶細工 ( すいしょうざいく )のように見える 銀杏 ( いちょう )の木に 囲 ( かこ )まれた、小さな広場に出ました。 そこから 幅 ( はば )の広いみちが、まっすぐに 銀河 ( ぎんが )の 青光 ( あおびかり )の中へ通っていました。 さきに 降 ( お )りた人たちは、もうどこへ行ったか 一人 ( ひとり )も見えませんでした。 二人 ( ふたり )がその白い道を、 肩 ( かた )をならべて行きますと、 二人 ( ふたり )の 影 ( かげ )は、ちょうど四方に 窓 ( まど )のある 室 ( へや )の中の、二本の 柱 ( はしら )の 影 ( かげ )のように、また二つの 車輪 ( しゃりん )の 輻 ( や )のように 幾本 ( いくほん )も 幾本 ( いくほん )も四方へ出るのでした。 そしてまもなく、あの汽車から見えたきれいな 河原 ( かわら )に来ました。 カムパネルラは、そのきれいな 砂 ( すな )を一つまみ、 掌 ( てのひら )にひろげ、 指 ( ゆび )できしきしさせながら、 夢 ( ゆめ )のように 言 ( い )っているのでした。 「この 砂 ( すな )はみんな 水晶 ( すいしょう )だ。 中で小さな火が 燃 ( も )えている」 「そうだ」どこでぼくは、そんなことを 習 ( なら )ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。 河原 ( かわら )の 礫 ( こいし )は、みんなすきとおって、たしかに 水晶 ( すいしょう )や 黄玉 ( トパーズ )や、またくしゃくしゃの 皺曲 ( しゅうきょく )をあらわしたのや、また 稜 ( かど )から 霧 ( きり )のような青白い光を出す 鋼玉 ( コランダム )やらでした。 ジョバンニは、走ってその 渚 ( なぎさ )に行って、水に手をひたしました。 けれどもあやしいその 銀河 ( ぎんが )の水は、 水素 ( すいそ )よりももっとすきとおっていたのです。 それでもたしかに 流 ( なが )れていたことは、 二人 ( ふたり )の 手首 ( てくび )の、水にひたったとこが、少し 水銀 ( すいぎん )いろに 浮 ( う )いたように見え、その 手首 ( てくび )にぶっつかってできた 波 ( なみ )は、うつくしい 燐光 ( りんこう )をあげて、ちらちらと 燃 ( も )えるように見えたのでもわかりました。 川上の方を見ると、すすきのいっぱいにはえている 崖 ( がけ )の下に、白い 岩 ( いわ )が、まるで 運動場 ( うんどうじょう )のように 平 ( たい )らに川に 沿 ( そ )って出ているのでした。 そこに小さな五、六人の人かげが、何か 掘 ( ほ )り出すか 埋 ( う )めるかしているらしく、立ったりかがんだり、時々なにかの 道具 ( どうぐ )が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう」 二人 ( ふたり )は、まるで一 度 ( ど )に 叫 ( さけ )んで、そっちの方へ走りました。 その白い 岩 ( いわ )になったところの入口に、〔プリオシン 海岸 ( かいがん )〕という、 瀬戸物 ( せともの )のつるつるした 標札 ( ひょうさつ )が立って、向こうの 渚 ( なぎさ )には、ところどころ、 細 ( ほそ )い 鉄 ( てつ )の 欄干 ( らんかん )も 植 ( う )えられ、 木製 ( もくせい )のきれいなベンチも 置 ( お )いてありました。 「おや、 変 ( へん )なものがあるよ」カムパネルラが、 不思議 ( ふしぎ )そうに立ちどまって、 岩 ( いわ )から黒い 細長 ( ほそなが )いさきのとがったくるみの 実 ( み )のようなものをひろいました。 「くるみの 実 ( み )だよ。 そら、たくさんある。 流 ( なが )れて来たんじゃない。 岩 ( いわ )の中にはいってるんだ」 「大きいね、このくるみ、 倍 ( ばい )あるね。 こいつはすこしもいたんでない」 「早くあすこへ行って見よう。 きっと何か 掘 ( ほ )ってるから」 二人 ( ふたり )は、ぎざぎざの黒いくるみの 実 ( み )を 持 ( も )ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。 左手の 渚 ( なぎさ )には、 波 ( なみ )がやさしい 稲妻 ( いなずま )のように 燃 ( も )えて 寄 ( よ )せ、右手の 崖 ( がけ )には、いちめん 銀 ( ぎん )や 貝殻 ( かいがら )でこさえたようなすすきの 穂 ( ほ )がゆれたのです。 だんだん近づいて見ると、一人のせいの高い、ひどい 近眼鏡 ( きんがんきょう )をかけ、 長靴 ( ながぐつ )をはいた 学者 ( がくしゃ )らしい人が、 手帳 ( てちょう )に何かせわしそうに書きつけながら、つるはしをふりあげたり、スコップをつかったりしている、三人の 助手 ( じょしゅ )らしい人たちに 夢中 ( むちゅう )でいろいろ 指図 ( さしず )をしていました。 「そこのその 突起 ( とっき )をこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。 おっと、も少し遠くから 掘 ( ほ )って。 いけない、いけない、なぜそんな 乱暴 ( らんぼう )をするんだ」 見ると、その白い 柔 ( やわ )らかな 岩 ( いわ )の中から、大きな大きな青じろい 獣 ( けもの )の 骨 ( ほね )が、横に 倒 ( たお )れてつぶれたというふうになって、 半分以上 ( はんぶんいじょう ) 掘 ( ほ )り出されていました。 そして気をつけて見ると、そこらには、 蹄 ( ひづめ )の二つある 足跡 ( あしあと )のついた 岩 ( いわ )が、 四角 ( しかく )に十ばかり、きれいに切り取られて 番号 ( ばんごう )がつけられてありました。 「君たちは 参観 ( さんかん )かね」その 大学士 ( だいがくし )らしい人が、 眼鏡 ( めがね )をきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみがたくさんあったろう。 それはまあ、ざっと百二十 万年 ( まんねん )ぐらい前のくるみだよ。 ごく新しい方さ。 ここは百二十 万年前 ( まんねんまえ )、 第三紀 ( だいさんき )のあとのころは 海岸 ( かいがん )でね、この下からは 貝 ( かい )がらも出る。 いま川の流れているとこに、そっくり 塩水 ( しおみず )が 寄 ( よ )せたり引いたりもしていたのだ。 このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。 ていねいに 鑿 ( のみ )でやってくれたまえ。 ボスといってね、いまの 牛 ( うし )の 先祖 ( せんぞ )で、 昔 ( むかし )はたくさんいたのさ」 「 標本 ( ひょうほん )にするんですか」 「いや、 証明 ( しょうめい )するに 要 ( い )るんだ。 ぼくらからみると、ここは 厚 ( あつ )い 立派 ( りっぱ )な 地層 ( ちそう )で、百二十 万年 ( まんねん )ぐらい前にできたという 証拠 ( しょうこ )もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな 地層 ( ちそう )に見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空かに見えやしないかということなのだ。 わかったかい。 けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。 そのすぐ下に 肋骨 ( ろっこつ )が 埋 ( う )もれてるはずじゃないか」 大学士 ( だいがくし )はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。 行こう」カムパネルラが地図と 腕時計 ( うでどけい )とをくらべながら 言 ( い )いました。 「ああ、ではわたくしどもは 失礼 ( しつれい )いたします」ジョバンニは、ていねいに 大学士 ( だいがくし )におじぎしました。 「そうですか。 いや、さよなら」 大学士 ( だいがくし )は、また 忙 ( いそが )しそうに、あちこち歩きまわって 監督 ( かんとく )をはじめました。 二人 ( ふたり )は、その白い 岩 ( いわ )の上を、一生けん 命 ( めい )汽車におくれないように走りました。 そしてほんとうに、風のように走れたのです。 息 ( いき )も切れず 膝 ( ひざ )もあつくなりませんでした。 こんなにしてかけるなら、もう 世界 ( せかい )じゅうだってかけれると、ジョバンニは思いました。 そして 二人 ( ふたり )は、前のあの 河原 ( かわら )を通り、 改札口 ( かいさつぐち )の 電燈 ( でんとう )がだんだん大きくなって、まもなく 二人 ( ふたり )は、もとの車室の 席 ( せき )にすわっていま行って来た方を、 窓 ( まど )から見ていました。 「ここへかけてもようございますか」 がさがさした、けれども親切そうな、 大人 ( おとな )の声が、 二人 ( ふたり )のうしろで聞こえました。 それは、茶いろの少しぼろぼろの 外套 ( がいとう )を 着 ( き )て、白い 巾 ( きれ )でつつんだ 荷物 ( にもつ )を、二つに分けて 肩 ( かた )に 掛 ( か )けた、 赤髯 ( あかひげ )のせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです」ジョバンニは、少し 肩 ( かた )をすぼめてあいさつしました。 その人は、ひげの中でかすかに 微笑 ( わら )いながら 荷物 ( にもつ )をゆっくり 網棚 ( あみだな )にのせました。 ジョバンニは、なにかたいへんさびしいようなかなしいような気がして、だまって 正面 ( しょうめん )の 時計 ( とけい )を見ていましたら、ずうっと前の方で、 硝子 ( ガラス )の 笛 ( ふえ )のようなものが鳴りました。 汽車はもう、しずかにうごいていたのです。 カムパネルラは、車室の 天井 ( てんじょう )を、あちこち見ていました。 その一つのあかりに黒い 甲虫 ( かぶとむし )がとまって、その 影 ( かげ )が大きく 天井 ( てんじょう )にうつっていたのです。 赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。 汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる 窓 ( まど )の外から光りました。 赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に 訊 ( き )きました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか」 「どこまでも行くんです」ジョバンニは、少しきまり 悪 ( わる )そうに答えました。 「それはいいね。 この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ」 「あなたはどこへ行くんです」カムパネルラが、いきなり、 喧嘩 ( けんか )のようにたずねましたので、ジョバンニは思わずわらいました。 すると、 向 ( む )こうの 席 ( せき )にいた、とがった 帽子 ( ぼうし )をかぶり、大きな 鍵 ( かぎ )を 腰 ( こし )に下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして 笑 ( わら )いだしてしまいました。 ところがその人は 別 ( べつ )におこったでもなく、 頬 ( ほお )をぴくぴくしながら 返事 ( へんじ )をしました。 「わっしはすぐそこで 降 ( お )ります。 わっしは、鳥をつかまえる 商売 ( しょうばい )でね」 「何鳥ですか」 「 鶴 ( つる )や 雁 ( がん )です。 さぎも白鳥もです」 「 鶴 ( つる )はたくさんいますか」 「いますとも、さっきから鳴いてまさあ。 聞かなかったのですか」 「いいえ」 「いまでも聞こえるじゃありませんか。 そら、耳をすまして 聴 ( き )いてごらんなさい」 二人 ( ふたり )は 眼 ( め )を 挙 ( あ )げ、耳をすましました。 ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の 湧 ( わ )くような音が聞こえて来るのでした。 「 鶴 ( つる )、どうしてとるんですか」 「 鶴 ( つる )ですか、それとも 鷺 ( さぎ )ですか」 「 鷺 ( さぎ )です」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、 雑作 ( ぞうさ )ない。 さぎというものは、みんな天の川の 砂 ( すな )が 凝 ( かたま )って、ぼおっとできるもんですからね、そして 始終 ( しじゅう )川へ帰りますからね、川原で 待 ( ま )っていて、 鷺 ( さぎ )がみんな、 脚 ( あし )をこういうふうにしておりてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと 押 ( おさ )えちまうんです。 するともう 鷺 ( さぎ )は、かたまって 安心 ( あんしん )して 死 ( し )んじまいます。 あとはもう、わかり切ってまさあ。 押 ( お )し 葉 ( ば )にするだけです」 「 鷺 ( さぎ )を 押 ( お )し 葉 ( ば )にするんですか。 標本 ( ひょうほん )ですか」 「 標本 ( ひょうほん )じゃありません。 みんなたべるじゃありませんか」 「おかしいねえ」カムパネルラが 首 ( くび )をかしげました。 「おかしいも 不審 ( ふしん )もありませんや。 そら」その男は立って、 網棚 ( あみだな )から 包 ( つつ )みをおろして、手ばやくくるくると 解 ( と )きました。 「さあ、ごらんなさい。 いまとって来たばかりです」 「ほんとうに 鷺 ( さぎ )だねえ」 二人 ( ふたり )は思わず 叫 ( さけ )びました。 まっ白な、あのさっきの北の 十字架 ( じゅうじか )のように光る 鷺 ( さぎ )のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い 脚 ( あし )をちぢめて、 浮彫 ( うきぼ )りのようにならんでいたのです。 「 眼 ( め )をつぶってるね」カムパネルラは、 指 ( ゆび )でそっと、 鷺 ( さぎ )の 三日月 ( みかづき )がたの白いつぶった 眼 ( め )にさわりました。 頭の上の 槍 ( やり )のような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう」 鳥捕 ( とりと )りは 風呂敷 ( ふろしき )を 重 ( かさ )ねて、またくるくると 包 ( つつ )んで 紐 ( ひも )でくくりました。 誰 ( だれ )がいったいここらで 鷺 ( さぎ )なんぞたべるだろうとジョバンニは思いながら 訊 ( き )きました。 「 鷺 ( さぎ )はおいしいんですか」 「ええ、毎日 注文 ( ちゅうもん )があります。 しかし 雁 ( がん )の方が、もっと売れます。 雁 ( がん )の方がずっと 柄 ( がら )がいいし、 第一 ( だいいち ) 手数 ( てすう )がありませんからな。 そら」 鳥捕 ( とりと )りは、また 別 ( べつ )の方の 包 ( つつ )みを 解 ( と )きました。 すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる 雁 ( がん )が、ちょうどさっきの 鷺 ( さぎ )のように、くちばしをそろえて、少しひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐたべられます。 どうです、少しおあがりなさい」 鳥捕 ( とりと )りは、黄いろの 雁 ( がん )の足を、 軽 ( かる )くひっぱりました。 するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。 すこしたべてごらんなさい」 鳥捕 ( とりと )りは、それを二つにちぎってわたしました。 ジョバンニは、ちょっとたべてみて、 (なんだ、やっぱりこいつはお 菓子 ( かし )だ。 チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな 雁 ( がん )が 飛 ( と )んでいるもんか。 この男は、どこかそこらの野原の 菓子屋 ( かしや )だ。 けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお 菓子 ( かし )をたべているのは、たいへんきのどくだ)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい」 鳥捕 ( とりと )りがまた 包 ( つつ )みを出しました。 ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう」といって 遠慮 ( えんりょ )しましたら、 鳥捕 ( とりと )りは、こんどは 向 ( む )こうの 席 ( せき )の、 鍵 ( かぎ )をもった人に出しました。 「いや、 商売 ( しょうばい )ものをもらっちゃすみませんな」その人は、 帽子 ( ぼうし )をとりました。 「いいえ、どういたしまして。 どうです、今年の 渡 ( わた )り 鳥 ( どり )の 景気 ( けいき )は」 「いや、すてきなもんですよ。 一昨日 ( おととい )の 第二限 ( だいにげん )ころなんか、なぜ 燈台 ( とうだい )の 灯 ( ひ )を、 規則以外 ( きそくいがい )に間(一時空白)させるかって、あっちからもこっちからも、電話で 故障 ( こしょう )が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、 渡 ( わた )り 鳥 ( どり )どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですからしかたありませんや、わたしぁ、べらぼうめ、そんな 苦情 ( くじょう )は、おれのとこへ 持 ( も )って来たってしかたがねえや、ばさばさのマントを 着 ( き )て 脚 ( あし )と口との 途方 ( とほう )もなく 細 ( ほそ )い 大将 ( たいしょう )へやれって、こう 言 ( い )ってやりましたがね、はっは」 すすきがなくなったために、 向 ( む )こうの野原から、ぱっとあかりが 射 ( さ )して来ました。 「 鷺 ( さぎ )の方はなぜ 手数 ( てすう )なんですか」カムパネルラは、さっきから、 訊 ( き )こうと思っていたのです。 「それはね、 鷺 ( さぎ )をたべるには」 鳥捕 ( とりと )りは、こっちに 向 ( む )き 直 ( なお )りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるしておくかね、そうでなけぁ、 砂 ( すな )に三、四日うずめなけぁいけないんだ。 そうすると、 水銀 ( すいぎん )がみんな 蒸発 ( じょうはつ )して、たべられるようになるよ」 「こいつは鳥じゃない。 ただのお 菓子 ( かし )でしょう」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、 尋 ( たず )ねました。 鳥捕 ( とりと )りは、何かたいへんあわてたふうで、 「そうそう、ここで 降 ( お )りなけぁ」と 言 ( い )いながら、立って 荷物 ( にもつ )をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう」 二人 ( ふたり )は顔を見合わせましたら、 燈台守 ( とうだいもり )は、にやにや 笑 ( わら )って、少し 伸 ( の )びあがるようにしながら、二人の 横 ( よこ )の 窓 ( まど )の外をのぞきました。 二人 ( ふたり )もそっちを見ましたら、たったいまの 鳥捕 ( とりと )りが、黄いろと青じろの、うつくしい 燐光 ( りんこう )を出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして 両手 ( りょうて )をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。 ずいぶん 奇体 ( きたい )だねえ。 きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。 汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな」と 言 ( い )ったとたん、がらんとした 桔梗 ( ききょう )いろの空から、さっき見たような 鷺 ( さぎ )が、まるで雪の 降 ( ふ )るように、ぎゃあぎゃあ 叫 ( さけ )びながら、いっぱいに 舞 ( ま )いおりて来ました。 するとあの 鳥捕 ( とりと )りは、すっかり 注文 ( ちゅうもん )通りだというようにほくほくして、 両足 ( りょうあし )をかっきり六十 度 ( ど )に開いて立って、 鷺 ( さぎ )のちぢめて 降 ( お )りて来る黒い 脚 ( あし )を 両手 ( りょうて )で 片 ( かた )っぱしから 押 ( おさ )えて、 布 ( ぬの )の 袋 ( ふくろ )の中に入れるのでした。 すると 鷺 ( さぎ )は、 蛍 ( ほたる )のように、 袋 ( ふくろ )の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり 消 ( き )えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、 眼 ( め )をつぶるのでした。 ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで 無事 ( ぶじ )に天の川の 砂 ( すな )の上に 降 ( お )りるものの方が 多 ( おお )かったのです。 それは見ていると、足が 砂 ( すな )へつくや 否 ( いな )や、まるで 雪 ( ゆき )の 解 ( と )けるように、 縮 ( ちぢ )まってひらべったくなって、まもなく 溶鉱炉 ( ようこうろ )から出た 銅 ( どう )の 汁 ( しる )のように、 砂 ( すな )や 砂利 ( じゃり )の上にひろがり、しばらくは鳥の形が、 砂 ( すな )についているのでしたが、それも二、三 度 ( ど )明るくなったり 暗 ( くら )くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。 鳥捕 ( とりと )りは、二十 疋 ( ぴき )ばかり、 袋 ( ふくろ )に入れてしまうと、 急 ( きゅう )に 両手 ( りょうて )をあげて、 兵隊 ( へいたい )が 鉄砲弾 ( てっぽうだま )にあたって、 死 ( し )ぬときのような形をしました。 と思ったら、もうそこに 鳥捕 ( とりと )りの形はなくなって、かえって、 「ああせいせいした。 どうもからだにちょうど合うほど 稼 ( かせ )いでいるくらい、いいことはありませんな」というききおぼえのある声が、ジョバンニの 隣 ( とな )りにしました。 見ると 鳥捕 ( とりと )りは、もうそこでとって来た 鷺 ( さぎ )を、きちんとそろえて、一つずつ 重 ( かさ )ね 直 ( なお )しているのでした。 「どうして、あすこから、いっぺんにここへ来たんですか」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして 問 ( と )いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。 ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか」 ジョバンニは、すぐ 返事 ( へんじ )をしようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。 カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね」 鳥捕 ( とりと )りは、わかったというように 雑作 ( ぞうさ )なくうなずきました。 「もうここらは白鳥 区 ( く )のおしまいです。 ごらんなさい。 あれが名高いアルビレオの 観測所 ( かんそくじょ )です」 窓 ( まど )の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな 建物 ( たてもの )が四 棟 ( むね )ばかり立って、その一つの 平屋根 ( ひらやね )の上に、 眼 ( め )もさめるような、 青宝玉 ( サファイア )と 黄玉 ( トパーズ )の大きな二つのすきとおった 球 ( たま )が、 輪 ( わ )になってしずかにくるくるとまわっていました。 黄いろのがだんだん 向 ( む )こうへまわって行って、青い小さいのがこっちへ 進 ( すす )んで来、まもなく二つのはじは、 重 ( かさ )なり合って、きれいな 緑 ( みどり )いろの 両面凸 ( りょうめんとつ )レンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみだして、とうとう青いのは、すっかりトパーズの 正面 ( しょうめん )に来ましたので、 緑 ( みどり )の中心と黄いろな明るい 環 ( わ )とができました。 それがまただんだん 横 ( よこ )へ 外 ( そ )れて、前のレンズの形を 逆 ( ぎゃく )にくり 返 ( かえ )し、とうとうすっとはなれて、サファイアは 向 ( む )こうへめぐり、黄いろのはこっちへ 進 ( すす )み、またちょうどさっきのようなふうになりました。 銀河 ( ぎんが )の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い 測候所 ( そっこうじょ )が、 睡 ( ねむ )っているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の 速 ( はや )さをはかる 器械 ( きかい )です。 水も……」 鳥捕 ( とりと )りが 言 ( い )いかけたとき、 「 切符 ( きっぷ )を 拝見 ( はいけん )いたします」三人の 席 ( せき )の 横 ( よこ )に、赤い 帽子 ( ぼうし )をかぶったせいの高い 車掌 ( しゃしょう )が、いつかまっすぐに立っていて 言 ( い )いました。 鳥捕 ( とりと )りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。 車掌 ( しゃしょう )はちょっと見て、すぐ 眼 ( め )をそらして(あなた方のは?)というように、 指 ( ゆび )をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ」ジョバンニは 困 ( こま )って、もじもじしていましたら、カムパネルラはわけもないというふうで、小さな 鼠 ( ねずみ )いろの 切符 ( きっぷ )を出しました。 ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか 上着 ( うわぎ )のポケットにでも、はいっていたかとおもいながら、手を入れてみましたら、何か大きなたたんだ紙きれにあたりました。 こんなものはいっていたろうかと思って、 急 ( いそ )いで出してみましたら、それは四つに 折 ( お )ったはがきぐらいの大さ [#「大さ」はママ]の 緑 ( みどり )いろの紙でした。 車掌 ( しゃしょう )が手を出しているもんですからなんでもかまわない、やっちまえと思って 渡 ( わた )しましたら、 車掌 ( しゃしょう )はまっすぐに立ち 直 ( なお )ってていねいにそれを開いて見ていました。 そして読みながら 上着 ( うわぎ )のぼたんやなんかしきりに 直 ( なお )したりしていましたし 燈台看守 ( とうだいかんしゅ )も下からそれを 熱心 ( ねっしん )にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは 証明書 ( しょうめいしょ )か何かだったと考えて少し 胸 ( むね )が 熱 ( あつ )くなるような気がしました。 「これは三 次空間 ( じくうかん )の方からお 持 ( も )ちになったのですか」 車掌 ( しゃしょう )がたずねました。 「なんだかわかりません」もう 大丈夫 ( だいじょうぶ )だと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ 笑 ( わら )いました。 「よろしゅうございます。 南十字 ( サウザンクロス )へ 着 ( つ )きますのは、 次 ( つぎ )の 第 ( だい )三時ころになります」 車掌 ( しゃしょう )は紙をジョバンニに 渡 ( わた )して 向 ( む )こうへ行きました。 カムパネルラは、その紙切れが何だったか 待 ( ま )ちかねたというように 急 ( いそ )いでのぞきこみました。 ジョバンニも 全 ( まった )く早く見たかったのです。 ところがそれはいちめん黒い 唐草 ( からくさ )のような 模様 ( もよう )の中に、おかしな十ばかりの字を 印刷 ( いんさつ )したもので、だまって見ているとなんだかその中へ 吸 ( す )い 込 ( こ )まれてしまうような気がするのでした。 すると 鳥捕 ( とりと )りが横からちらっとそれを見てあわてたように 言 ( い )いました。 「おや、こいつはたいしたもんですぜ。 こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける 切符 ( きっぷ )だ。 天上どこじゃない、どこでもかってにあるける 通行券 ( つうこうけん )です。 こいつをお 持 ( も )ちになれぁ、なるほど、こんな 不完全 ( ふかんぜん )な 幻想第四次 ( げんそうだいよじ )の 銀河鉄道 ( ぎんがてつどう )なんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方たいしたもんですね」 「なんだかわかりません」ジョバンニが赤くなって答えながら、それをまたたたんでかくしに入れました。 そしてきまりが 悪 ( わる )いのでカムパネルラと 二人 ( ふたり )、また 窓 ( まど )の外をながめていましたが、その 鳥捕 ( とりと )りの時々たいしたもんだというように、ちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき 鷲 ( わし )の 停車場 ( ていしゃじょう )だよ」カムパネルラが 向 ( む )こう 岸 ( ぎし )の、三つならんだ小さな青じろい 三角標 ( さんかくひょう )と、地図とを見くらべて 言 ( い )いました。 ジョバンニはなんだかわけもわからずに、にわかにとなりの 鳥捕 ( とりと )りがきのどくでたまらなくなりました。 鷺 ( さぎ )をつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる 包 ( つつ )んだり、ひとの 切符 ( きっぷ )をびっくりしたように 横目 ( よこめ )で見てあわててほめだしたり、そんなことを一々考えていると、もうその見ず知らずの 鳥捕 ( とりと )りのために、ジョバンニの 持 ( も )っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの 幸 ( さいわい )になるなら、自分があの光る天の川の 河原 ( かわら )に立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう 黙 ( だま )っていられなくなりました。 ほんとうにあなたのほしいものはいったい何ですかと 訊 ( き )こうとして、それではあんまり出し 抜 ( ぬ )けだから、どうしようかと考えてふり 返 ( かえ )って見ましたら、そこにはもうあの 鳥捕 ( とりと )りがいませんでした。 網棚 ( あみだな )の上には白い 荷物 ( にもつ )も見えなかったのです。 また 窓 ( まど )の外で足をふんばってそらを見上げて 鷺 ( さぎ )を 捕 ( と )るしたくをしているのかと思って、 急 ( いそ )いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい 砂子 ( すなご )と白いすすきの 波 ( なみ )ばかり、あの 鳥捕 ( とりと )りの広いせなかもとがった 帽子 ( ぼうし )も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう」カムパネルラもぼんやりそう 言 ( い )っていました。 「どこへ行ったろう。 いったいどこでまたあうのだろう。 僕 ( ぼく )はどうしても少しあの人に 物 ( もの )を 言 ( い )わなかったろう」 「ああ、 僕 ( ぼく )もそう思っているよ」 「 僕 ( ぼく )はあの人が 邪魔 ( じゃま )なような気がしたんだ。 だから 僕 ( ぼく )はたいへんつらい」ジョバンニはこんなへんてこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで 言 ( い )ったこともないと思いました。 「なんだか 苹果 ( りんご )のにおいがする。 僕 ( ぼく )いま 苹果 ( りんご )のことを考えたためだろうか」カムパネルラが 不思議 ( ふしぎ )そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに 苹果 ( りんご )のにおいだよ。 それから 野茨 ( のいばら )のにおいもする」 ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは 窓 ( まど )からでもはいって来るらしいのでした。 いま秋だから 野茨 ( のいばら )の花のにおいのするはずはないとジョバンニは思いました。 そしたらにわかにそこに、つやつやした黒い 髪 ( かみ )の六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけず、ひどくびっくりしたような顔をして、がたがたふるえてはだしで立っていました。 隣 ( とな )りには黒い 洋服 ( ようふく )をきちんと 着 ( き )たせいの高い青年がいっぱいに風に 吹 ( ふ )かれているけやきの木のような 姿勢 ( しせい )で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。 まあ、きれいだわ」青年のうしろに、もひとり、十二ばかりの 眼 ( め )の茶いろな 可愛 ( かわい )らしい女の子が、黒い 外套 ( がいとう )を 着 ( き )て青年の 腕 ( うで )にすがって 不思議 ( ふしぎ )そうに 窓 ( まど )の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。 いや、コンネクテカット 州 ( しゅう )だ。 いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。 わたしたちは天へ行くのです。 ごらんなさい。 あのしるしは天上のしるしです。 もうなんにもこわいことありません。 わたくしたちは 神 ( かみ )さまに 召 ( め )されているのです」 黒服 ( くろふく )の青年はよろこびにかがやいてその女の子に 言 ( い )いました。 けれどもなぜかまた 額 ( ひたい )に 深 ( ふか )く 皺 ( しわ )を 刻 ( きざ )んで、それにたいへんつかれているらしく、 無理 ( むり )に 笑 ( わら )いながら男の子をジョバンニのとなりにすわらせました。 それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの 席 ( せき )を 指 ( ゆび )さしました。 女の子はすなおにそこへすわって、きちんと 両手 ( りょうて )を組み合わせました。 「ぼく、おおねえさんのとこへ行くんだよう」 腰掛 ( こしか )けたばかりの男の子は顔を 変 ( へん )にして 燈台看守 ( とうだいかんしゅ )の 向 ( む )こうの 席 ( せき )にすわったばかりの青年に 言 ( い )いました。 青年はなんとも 言 ( い )えず 悲 ( かな )しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれたぬれた頭を見ました。 女の子は、いきなり 両手 ( りょうて )を顔にあててしくしく 泣 ( な )いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお 仕事 ( しごと )があるのです。 けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。 それよりも、おっかさんはどんなに 永 ( なが )く 待 ( ま )っていらっしゃったでしょう。 わたしの 大事 ( だいじ )なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、 雪 ( ゆき )の 降 ( ふ )る朝にみんなと手をつないで、ぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたり、ほんとうに 待 ( ま )って 心配 ( しんぱい )していらっしゃるんですから、早く行って、おっかさんにお目にかかりましょうね」 「うん、だけど 僕 ( ぼく )、船に 乗 ( の )らなけぁよかったなあ」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの 立派 ( りっぱ )な川、ね、あすこはあの夏じゅう、ツィンクル、ツィンクル、リトル、スターをうたってやすむとき、いつも 窓 ( まど )からぼんやり白く見えていたでしょう。 あすこですよ。 ね、きれいでしょう、あんなに光っています」 泣 ( な )いていた 姉 ( あね )もハンケチで 眼 ( め )をふいて外を見ました。 青年は教えるようにそっと 姉弟 ( きょうだい )にまた 言 ( い )いました。 「わたしたちはもう、なんにもかなしいことないのです。 わたしたちはこんないいとこを 旅 ( たび )して、じき 神 ( かみ )さまのとこへ行きます。 そこならもう、ほんとうに明るくてにおいがよくて 立派 ( りっぱ )な人たちでいっぱいです。 そしてわたしたちの 代 ( か )わりにボートへ 乗 ( の )れた人たちは、きっとみんな 助 ( たす )けられて、 心配 ( しんぱい )して 待 ( ま )っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。 さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう」青年は男の子のぬれたような黒い 髪 ( かみ )をなで、みんなを 慰 ( なぐさ )めながら、自分もだんだん顔いろがかがやいてきました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。 どうなすったのですか」 さっきの 燈台看守 ( とうだいかんしゅ )がやっと少しわかったように青年にたずねました。 青年はかすかにわらいました。 「いえ、 氷山 ( ひょうざん )にぶっつかって船が 沈 ( しず )みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが 急 ( きゅう )な 用 ( よう )で二か月前、一足さきに本国へお帰りになったので、あとから 発 ( た )ったのです。 私は大学へはいっていて、 家庭教師 ( かていきょうし )にやとわれていたのです。 ところがちょうど十二日目、今日か 昨日 ( きのう )のあたりです、船が 氷山 ( ひょうざん )にぶっつかって一ぺんに 傾 ( かたむ )きもう 沈 ( しず )みかけました。 月のあかりはどこかぼんやりありましたが、 霧 ( きり )が 非常 ( ひじょう )に 深 ( ふか )かったのです。 ところがボートは 左舷 ( さげん )の方 半分 ( はんぶん )はもうだめになっていましたから、とてもみんなは 乗 ( の )り切らないのです。 もうそのうちにも船は 沈 ( しず )みますし、私は 必死 ( ひっし )となって、どうか小さな人たちを 乗 ( の )せてくださいと 叫 ( さけ )びました。 近くの人たちはすぐみちを開いて、そして子供たちのために 祈 ( いの )ってくれました。 けれどもそこからボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちやなんかいて、とても 押 ( お )しのける 勇気 ( ゆうき )がなかったのです。 それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお 助 ( たす )けするのが私の 義務 ( ぎむ )だと思いましたから前にいる子供らを 押 ( お )しのけようとしました。 けれどもまた、そんなにして 助 ( たす )けてあげるよりはこのまま 神 ( かみ )の 御前 ( みまえ )にみんなで行く方が、ほんとうにこの方たちの 幸福 ( こうふく )だとも思いました。 それからまた、その 神 ( かみ )にそむく 罪 ( つみ )はわたくしひとりでしょってぜひとも 助 ( たす )けてあげようと思いました。 けれども、どうしても見ているとそれができないのでした。 子どもらばかりのボートの中へはなしてやって、お母さんが 狂気 ( きょうき )のようにキスを 送 ( おく )りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなど、とてももう 腸 ( はらわた )もちぎれるようでした。 そのうち船はもうずんずん 沈 ( しず )みますから、私たちはかたまって、もうすっかり 覚悟 ( かくご )して、この人たち二人を 抱 ( だ )いて、 浮 ( う )かべるだけは 浮 ( う )かぼうと船の 沈 ( しず )むのを 待 ( ま )っていました。 誰 ( だれ )が 投 ( な )げたかライフヴイが一つ 飛 ( と )んで来ましたけれどもすべってずうっと 向 ( む )こうへ行ってしまいました。 私は一生けん 命 ( めい )で 甲板 ( かんぱん )の 格子 ( こうし )になったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。 どこからともなく三〇六番の声があがりました。 たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。 そのときにわかに大きな音がして私たちは水に 落 ( お )ち、もう 渦 ( うず )にはいったと思いながらしっかりこの人たちをだいて、それからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。 この方たちのお母さんは一 昨年 ( さくねん ) 没 ( な )くなられました。 ええ、ボートはきっと 助 ( たす )かったにちがいありません、なにせよほど 熟練 ( じゅくれん )な 水夫 ( すいふ )たちが 漕 ( こ )いで、すばやく船からはなれていましたから」 そこらから小さな 嘆息 ( たんそく )やいのりの声が聞こえジョバンニもカムパネルラもいままで 忘 ( わす )れていたいろいろのことをぼんやり思い出して 眼 ( め )が 熱 ( あつ )くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。 その 氷山 ( ひょうざん )の 流 ( なが )れる北のはての海で、小さな船に 乗 ( の )って、風や 凍 ( こお )りつく 潮水 ( しおみず )や、はげしい 寒 ( さむ )さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。 ぼくはそのひとにほんとうにきのどくでそしてすまないような気がする。 ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう) ジョバンニは 首 ( くび )をたれて、すっかりふさぎ 込 ( こ )んでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。 ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを 進 ( すす )む中でのできごとなら、 峠 ( とうげ )の上りも下りもみんなほんとうの 幸福 ( こうふく )に近づく一あしずつですから」 燈台守 ( とうだいもり )がなぐさめていました。 「ああそうです。 ただいちばんのさいわいに 至 ( いた )るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです」 青年が 祈 ( いの )るようにそう答えました。 そしてあの 姉弟 ( きょうだい )はもうつかれてめいめいぐったり 席 ( せき )によりかかって 睡 ( ねむ )っていました。 さっきのあのはだしだった足にはいつか白い 柔 ( やわ )らかな 靴 ( くつ )をはいていたのです。 ごとごとごとごと汽車はきらびやかな 燐光 ( りんこう )の川の 岸 ( きし )を 進 ( すす )みました。 向 ( む )こうの方の 窓 ( まど )を見ると、野原はまるで 幻燈 ( げんとう )のようでした。 百も千もの大小さまざまの 三角標 ( さんかくひょう )、その大きなものの上には赤い点々をうった 測量旗 ( そくりょうき )も見え、 野原 ( のはら )のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん 集 ( あつ )まってぼおっと青白い 霧 ( きり )のよう、そこからか、またはもっと 向 ( む )こうからか、ときどきさまざまの形のぼんやりした 狼煙 ( のろし )のようなものが、かわるがわるきれいな 桔梗 ( ききょう )いろのそらにうちあげられるのでした。 じつにそのすきとおった 奇麗 ( きれい )な風は、ばらのにおいでいっぱいでした。 「いかがですか。 こういう 苹果 ( りんご )はおはじめてでしょう」 向 ( む )こうの 席 ( せき )の 燈台看守 ( とうだいかんしゅ )がいつか 黄金 ( きん )と 紅 ( べに )でうつくしくいろどられた大きな 苹果 ( りんご )を 落 ( お )とさないように 両手 ( りょうて )で 膝 ( ひざ )の上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。 立派 ( りっぱ )ですねえ。 ここらではこんな 苹果 ( りんご )ができるのですか」青年はほんとうにびっくりしたらしく、 燈台看守 ( とうだいかんしゅ )の 両手 ( りょうて )にかかえられた一もりの 苹果 ( りんご )を、 眼 ( め )を 細 ( ほそ )くしたり 首 ( くび )をまげたりしながら、われを 忘 ( わす )れてながめていました。 「いや、まあおとりください。 どうか、まあおとりください」 青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、 向 ( む )こうの 坊 ( ぼっ )ちゃんがた。 いかがですか。 おとりください」 ジョバンニは 坊 ( ぼっ )ちゃんといわれたので、すこししゃくにさわってだまっていましたが、カムパネルラは、 「ありがとう」と 言 ( い )いました。 すると青年は自分でとって一つずつ二人に 送 ( おく )ってよこしましたので、ジョバンニも立って、ありがとうと 言 ( い )いました。 燈台看守 ( とうだいかんしゅ )はやっと 両腕 ( りょううで )があいたので、こんどは自分で一つずつ 睡 ( ねむ )っている 姉弟 ( きょうだい )の 膝 ( ひざ )にそっと 置 ( お )きました。 「どうもありがとう。 どこでできるのですか。 こんな 立派 ( りっぱ )な 苹果 ( りんご )は」 青年はつくづく見ながら 言 ( い )いました。 「この 辺 ( あたり )ではもちろん 農業 ( のうぎょう )はいたしますけれどもたいていひとりでにいいものができるような 約束 ( やくそく )になっております。 農業 ( のうぎょう )だってそんなにほねはおれはしません。 たいてい自分の 望 ( のぞ )む 種子 ( たね )さえ 播 ( ま )けばひとりでにどんどんできます。 米だってパシフィック 辺 ( へん )のように 殻 ( から )もないし十 倍 ( ばい )も大きくてにおいもいいのです。 けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら 農業 ( のうぎょう )はもうありません。 苹果 ( りんご )だってお 菓子 ( かし )だって、かすが少しもありませんから、みんなそのひとそのひとによってちがった、わずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです」 にわかに男の子がばっちり 眼 ( め )をあいて 言 ( い )いました。 「ああぼくいまお 母 ( っか )さんの 夢 ( ゆめ )をみていたよ。 お 母 ( っか )さんがね、 立派 ( りっぱ )な 戸棚 ( とだな )や本のあるとこにいてね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。 ぼく、おっかさん。 りんごをひろってきてあげましょうか、と 言 ( い )ったら 眼 ( め )がさめちゃった。 ああここ、さっきの汽車のなかだねえ」 「その 苹果 ( りんご )がそこにあります。 このおじさんにいただいたのですよ」青年が 言 ( い )いました。 「ありがとうおじさん。 おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。 ねえさん。 ごらん、りんごをもらったよ。 おきてごらん」 姉 ( あね )はわらって 眼 ( め )をさまし、まぶしそうに 両手 ( りょうて )を 眼 ( め )にあてて、それから 苹果 ( りんご )を見ました。 男の子はまるでパイをたべるように、もうそれをたべていました。 またせっかくむいたそのきれいな 皮 ( かわ )も、くるくるコルク 抜 ( ぬ )きのような形になって 床 ( ゆか )へ 落 ( お )ちるまでの間にはすうっと、 灰 ( はい )いろに光って 蒸発 ( じょうはつ )してしまうのでした。 二人 ( ふたり )はりんごをたいせつにポケットにしまいました。 川下の 向 ( む )こう 岸 ( ぎし )に青く 茂 ( しげ )った大きな林が見え、その 枝 ( えだ )には 熟 ( じゅく )してまっ赤に光るまるい 実 ( み )がいっぱい、その林のまん中に高い高い 三角標 ( さんかくひょう )が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじってなんとも 言 ( い )えずきれいな 音 ( ね )いろが、とけるように 浸 ( し )みるように風につれて 流 ( なが )れて来るのでした。 青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。 だまってその 譜 ( ふ )を聞いていると、そこらにいちめん黄いろや、うすい 緑 ( みどり )の明るい 野原 ( のはら )か 敷物 ( しきもの )かがひろがり、またまっ白な 蝋 ( ろう )のような 露 ( つゆ )が 太陽 ( たいよう )の 面 ( めん )をかすめて行くように思われました。 「まあ、あの 烏 ( からす )」カムパネルラのとなりの、かおると 呼 ( よ )ばれた女の子が 叫 ( さけ )びました。 「からすでない。 みんなかささぎだ」カムパネルラがまた何気なくしかるように 叫 ( さけ )びましたので、ジョバンニはまた思わず 笑 ( わら )い、女の子はきまり 悪 ( わる )そうにしました。 まったく 河原 ( かわら )の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに 列 ( れつ )になってとまってじっと川の 微光 ( びこう )を受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと 延 ( の )びてますから」青年はとりなすように 言 ( い )いました。 向 ( む )こうの青い森の中の 三角標 ( さんかくひょう )はすっかり汽車の 正面 ( しょうめん )に来ました。 そのとき汽車のずうっとうしろの方から、あの聞きなれた三〇六番の 讃美歌 ( さんびか )のふしが聞こえてきました。 よほどの人数で 合唱 ( がっしょう )しているらしいのでした。 青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまたすわりました。 かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。 ジョバンニまでなんだか 鼻 ( はな )が 変 ( へん )になりました。 けれどもいつともなく 誰 ( だれ )ともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。 思わずジョバンニもカムパネルラもいっしょにうたいだしたのです。 そして青い 橄欖 ( かんらん )の森が、見えない天の川の 向 ( む )こうにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまい、そこから 流 ( なが )れて来るあやしい 楽器 ( がっき )の音も、もう汽車のひびきや風の音にすりへらされてずうっとかすかになりました。 「あ、 孔雀 ( くじゃく )がいるよ。 あ、 孔雀 ( くじゃく )がいるよ」 「あの森 琴 ( ライラ )の 宿 ( やど )でしょう。 あたしきっとあの森の中にむかしの大きなオーケストラの人たちが 集 ( あつ )まっていらっしゃると思うわ、まわりには青い 孔雀 ( くじゃく )やなんかたくさんいると思うわ」 「ええ、たくさんいたわ」女の子がこたえました。 ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの 緑 ( みどり )いろの 貝 ( かい )ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその 孔雀 ( くじゃく )がはねをひろげたりとじたりする光の 反射 ( はんしゃ )を見ました。 「そうだ、 孔雀 ( くじゃく )の声だってさっき聞こえた」カムパネルラが女の子に 言 ( い )いました。 「ええ、三十 疋 ( ぴき )ぐらいはたしかにいたわ」女の子が答えました。 ジョバンニはにわかになんとも 言 ( い )えずかなしい気がして思わず、 「カムパネルラ、ここからはねおりて 遊 ( あそ )んで行こうよ」とこわい顔をして 言 ( い )おうとしたくらいでした。 ところがそのときジョバンニは川下の遠くの方に 不思議 ( ふしぎ )なものを見ました。 それはたしかになにか黒いつるつるした 細長 ( ほそなが )いもので、あの見えない天の川の水の上に 飛 ( と )び出してちょっと 弓 ( ゆみ )のようなかたちに 進 ( すす )んで、また水の中にかくれたようでした。 おかしいと思ってまたよく気をつけていましたら、こんどはずっと近くでまたそんなことがあったらしいのでした。 そのうちもうあっちでもこっちでも、その黒いつるつるした 変 ( へん )なものが水から 飛 ( と )び出して、まるく 飛 ( と )んでまた頭から水へくぐるのがたくさん見えてきました。 みんな魚のように川上へのぼるらしいのでした。 「まあ、なんでしょう。 たあちゃん。 ごらんなさい。 まあたくさんだわね。 なんでしょうあれ」 睡 ( ねむ )そうに 眼 ( め )をこすっていた男の子はびっくりしたように立ちあがりました。 「なんだろう」青年も立ちあがりました。 「まあ、おかしな魚だわ、なんでしょうあれ」 「 海豚 ( いるか )です」カムパネルラがそっちを見ながら答えました。 「 海豚 ( いるか )だなんてあたしはじめてだわ。 けどここ海じゃないんでしょう」 「いるかは海にいるときまっていない」あの 不思議 ( ふしぎ )な 低 ( ひく )い声がまたどこからかしました。 ほんとうにそのいるかのかたちのおかしいことは、二つのひれをちょうど 両手 ( りょうて )をさげて 不動 ( ふどう )の 姿勢 ( しせい )をとったようなふうにして水の中から 飛 ( と )び出して来て、うやうやしく頭を下にして 不動 ( ふどう )の 姿勢 ( しせい )のまままた水の中へくぐって行くのでした。 見えない天の川の水もそのときはゆらゆらと青い 焔 ( ほのお )のように 波 ( なみ )をあげるのでした。 「いるかお魚でしょうか」女の子がカムパネルラにはなしかけました。 男の子はぐったりつかれたように 席 ( せき )にもたれて 睡 ( ねむ )っていました。 「いるか、魚じゃありません。 くじらと同じようなけだものです」カムパネルラが答えました。 「あなたくじら見たことあって」 「 僕 ( ぼく )あります。 くじら、頭と黒いしっぽだけ見えます。 潮 ( しお )を 吹 ( ふ )くとちょうど本にあるようになります」 「くじらなら大きいわねえ」 「くじら大きいです。 子供 ( こども )だっているかぐらいあります」 「そうよ、あたしアラビアンナイトで見たわ」 姉 ( あね )は 細 ( ほそ )い 銀 ( ぎん )いろの 指輪 ( ゆびわ )をいじりながらおもしろそうにはなししていました。 (カムパネルラ、 僕 ( ぼく )もう行っちまうぞ。 僕 ( ぼく )なんか 鯨 ( くじら )だって見たことないや) ジョバンニはまるでたまらないほどいらいらしながら、それでも 堅 ( かた )く、 唇 ( くちびる )を 噛 ( か )んでこらえて 窓 ( まど )の外を見ていました。 その 窓 ( まど )の外には 海豚 ( いるか )のかたちももう見えなくなって川は二つにわかれました。 そのまっくらな 島 ( しま )のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれて、その上に一人の 寛 ( ゆる )い 服 ( ふく )を 着 ( き )て赤い 帽子 ( ぼうし )をかぶった男が立っていました。 そして 両手 ( りょうて )に赤と青の 旗 ( はた )をもってそらを見上げて 信号 ( しんごう )しているのでした。 ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い 旗 ( はた )をふっていましたが、にわかに 赤旗 ( あかはた )をおろしてうしろにかくすようにし、青い 旗 ( はた )を高く高くあげてまるでオーケストラの 指揮者 ( しきしゃ )のようにはげしく 振 ( ふ )りました。 すると空中にざあっと雨のような音がして、何かまっくらなものが、いくかたまりもいくかたまりも 鉄砲丸 ( てっぽうだま )のように川の 向 ( む )こうの方へ 飛 ( と )んで行くのでした。 ジョバンニは思わず 窓 ( まど )からからだを半分出して、そっちを見あげました。 美 ( うつく )しい 美 ( うつく )しい 桔梗 ( ききょう )いろのがらんとした空の下を、 実 ( じつ )に 何万 ( なんまん )という小さな鳥どもが、 幾組 ( いくくみ )も 幾組 ( いくくみ )もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が 飛 ( と )んで行くな」ジョバンニが 窓 ( まど )の外で言いました。 「どら」カムパネルラもそらを見ました。 そのときあのやぐらの上のゆるい 服 ( ふく )の男はにわかに赤い 旗 ( はた )をあげて 狂気 ( きょうき )のようにふりうごかしました。 するとぴたっと鳥の 群 ( む )れは通らなくなり、それと同時にぴしゃあんというつぶれたような音が川下の方で 起 ( お )こって、それからしばらくしいんとしました。 と思ったらあの 赤帽 ( あかぼう )の 信号手 ( しんごうしゅ )がまた青い 旗 ( はた )をふって 叫 ( さけ )んでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥」その声もはっきり聞こえました。 それといっしょにまた 幾万 ( いくまん )という鳥の 群 ( む )れがそらをまっすぐにかけたのです。 二人 ( ふたり )の顔を出しているまん中の 窓 ( まど )からあの女の子が顔を出して 美 ( うつく )しい 頬 ( ほお )をかがやかせながらそらを 仰 ( あお )ぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは 生意気 ( なまいき )な、いやだいと思いながら、だまって口をむすんでそらを見あげていました。 女の子は小さくほっと 息 ( いき )をして、だまって 席 ( せき )へ 戻 ( もど )りました。 カムパネルラがきのどくそうに 窓 ( まど )から顔を引っ 込 ( こ )めて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ 信号 ( しんごう )してるんです。 きっとどこからかのろしがあがるためでしょう」 カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。 そして車の中はしいんとなりました。 ジョバンニはもう頭を引っ 込 ( こ )めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったので、だまってこらえてそのまま立って 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )いていました。 (どうして 僕 ( ぼく )はこんなにかなしいのだろう。 僕 ( ぼく )はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。 あすこの 岸 ( きし )のずうっと 向 ( む )こうにまるでけむりのような小さな青い火が見える。 あれはほんとうにしずかでつめたい。 僕 ( ぼく )はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ) ジョバンニは 熱 ( ほて )って 痛 ( いた )いあたまを 両手 ( りょうて )で 押 ( おさ )えるようにして、そっちの方を見ました。 (ああほんとうにどこまでもどこまでも 僕 ( ぼく )といっしょに行くひとはないだろうか。 カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに 談 ( はな )しているし 僕 ( ぼく )はほんとうにつらいなあ) ジョバンニの 眼 ( め )はまた 泪 ( なみだ )でいっぱいになり、天の川もまるで遠くへ 行 ( い )ったようにぼんやり白く見えるだけでした。 そのとき汽車はだんだん川からはなれて 崖 ( がけ )の上を通るようになりました。 向 ( む )こう 岸 ( ぎし )もまた黒いいろの 崖 ( がけ )が川の 岸 ( きし )を 下流 ( かりゅう )に下るにしたがって、だんだん高くなっていくのでした。 そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。 その 葉 ( は )はぐるぐるに 縮 ( ちぢ )れ 葉 ( は )の下にはもう美しい 緑 ( みどり )いろの大きな 苞 ( ほう )が赤い毛を 吐 ( は )いて 真珠 ( しんじゅ )のような 実 ( み )もちらっと見えたのでした。 それはだんだん数を 増 ( ま )してきて、もういまは 列 ( れつ )のように 崖 ( がけ )と 線路 ( せんろ )との間にならび、思わずジョバンニが 窓 ( まど )から顔を引っ 込 ( こ )めて 向 ( む )こう 側 ( がわ )の 窓 ( まど )を見ましたときは、 美 ( うつく )しいそらの野原の 地平線 ( ちへいせん )のはてまで、その大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに 植 ( う )えられて、さやさや風にゆらぎ、その 立派 ( りっぱ )なちぢれた 葉 ( は )のさきからは、まるでひるの間にいっぱい日光を 吸 ( す )った 金剛石 ( こんごうせき )のように 露 ( つゆ )がいっぱいについて、赤や 緑 ( みどり )やきらきら 燃 ( も )えて光っているのでした。 カムパネルラが、 「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに 言 ( い )いましたけれども、ジョバンニはどうしても 気持 ( きも )ちがなおりませんでしたから、ただぶっきらぼうに野原を見たまま、 「そうだろう」と答えました。 そのとき汽車はだんだんしずかになって、いくつかのシグナルとてんてつ 器 ( き )の 灯 ( あかり )を過ぎ、小さな 停車場 ( ていしゃば )にとまりました。 その 正面 ( しょうめん )の青じろい 時計 ( とけい )はかっきり 第二時 ( だいにじ )を 示 ( しめ )し、風もなくなり汽車もうごかず、しずかなしずかな野原のなかにその 振 ( ふ )り 子 ( こ )はカチッカチッと正しく時を 刻 ( きざ )んでいくのでした。 そしてまったくその 振 ( ふ )り 子 ( こ )の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな 旋律 ( せんりつ )が糸のように 流 ( なが )れて来るのでした。 「 新世界交響楽 ( しんせかいこうきょうがく )だわ」 向 ( む )こうの 席 ( せき )の 姉 ( あね )がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと 言 ( い )いました。 全 ( まった )くもう車の中ではあの 黒服 ( くろふく )の 丈高 ( たけたか )い青年も 誰 ( だれ )もみんなやさしい 夢 ( ゆめ )を見ているのでした。 (こんなしずかないいとこで 僕 ( ぼく )はどうしてもっと 愉快 ( ゆかい )になれないだろう。 どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。 けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、 僕 ( ぼく )といっしょに汽車に 乗 ( の )っていながら、まるであんな女の子とばかり 談 ( はな )しているんだもの。 僕 ( ぼく )はほんとうにつらい) ジョバンニはまた手で顔を 半分 ( はんぶん )かくすようにして 向 ( む )こうの 窓 ( まど )のそとを見つめていました。 すきとおった 硝子 ( ガラス )のような 笛 ( ふえ )が鳴って汽車はしずかに動きだし、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )きました。 「ええ、ええ、もうこの 辺 ( へん )はひどい高原ですから」 うしろの方で 誰 ( だれ )かとしよりらしい人の、いま 眼 ( め )がさめたというふうではきはき 談 ( はな )している声がしました。 「とうもろこしだって 棒 ( ぼう )で二尺も 孔 ( あな )をあけておいてそこへ 播 ( ま )かないとはえないんです」 「そうですか。 川まではよほどありましょうかねえ」 「ええ、ええ、 河 ( かわ )までは二千 尺 ( じゃく )から六千 尺 ( じゃく )あります。 もうまるでひどい 峡谷 ( きょうこく )になっているんです」 そうそうここはコロラドの高原じゃなかったろうか、ジョバンニは思わずそう思いました。 あの 姉 ( あね )は弟を自分の 胸 ( むね )によりかからせて 睡 ( ねむ )らせながら黒い 瞳 ( ひとみ )をうっとりと遠くへ 投 ( な )げて何を見るでもなしに考え 込 ( こ )んでいるのでしたし、カムパネルラはまださびしそうにひとり 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )き、男の子はまるで 絹 ( きぬ )で 包 ( つつ )んだ 苹果 ( りんご )のような顔いろをしてジョバンニの見る方を見ているのでした。 突然 ( とつぜん )とうもろこしがなくなって 巨 ( おお )きな黒い 野原 ( のはら )がいっぱいにひらけました。 新世界交響楽 ( しんせかいこうきょうがく )はいよいよはっきり 地平線 ( ちへいせん )のはてから 湧 ( わ )き、そのまっ黒な 野原 ( のはら )のなかを一人のインデアンが白い鳥の 羽根 ( はね )を頭につけ、たくさんの石を 腕 ( うで )と 胸 ( むね )にかざり、小さな 弓 ( ゆみ )に 矢 ( や )をつがえていちもくさんに汽車を 追 ( お )って来るのでした。 「あら、インデアンですよ。 インデアンですよ。 おねえさまごらんなさい」 黒服 ( くろふく )の青年も 眼 ( め )をさましました。 ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。 「走って来るわ、あら、走って来るわ。 追 ( お )いかけているんでしょう」 「いいえ、汽車を 追 ( お )ってるんじゃないんですよ。 猟 ( りょう )をするか 踊 ( おど )るかしてるんですよ」 青年はいまどこにいるか 忘 ( わす )れたというふうにポケットに手を入れて立ちながら 言 ( い )いました。 まったくインデアンは 半分 ( はんぶん )は 踊 ( おど )っているようでした。 第一 ( だいいち )かけるにしても足のふみようがもっと 経済 ( けいざい )もとれ本気にもなれそうでした。 にわかにくっきり白いその 羽根 ( はね )は前の方へ 倒 ( たお )れるようになり、インデアンはぴたっと立ちどまって、すばやく 弓 ( ゆみ )を空にひきました。 そこから一 羽 ( わ )の 鶴 ( つる )がふらふらと 落 ( お )ちて来て、また走り出したインデアンの大きくひろげた 両手 ( りょうて )に 落 ( お )ちこみました。 インデアンはうれしそうに立ってわらいました。 そしてその 鶴 ( つる )をもってこっちを見ている 影 ( かげ )も、もうどんどん小さく遠くなり、電しんばしらの 碍子 ( がいし )がきらっきらっと 続 ( つづ )いて二つばかり光って、またとうもろこしの林になってしまいました。 こっち 側 ( がわ )の 窓 ( まど )を見ますと汽車はほんとうに高い高い 崖 ( がけ )の上を走っていて、その谷の 底 ( そこ )には川がやっぱり 幅 ( はば )ひろく明るく 流 ( なが )れていたのです。 「ええ、もうこの 辺 ( へん )から下りです。 なんせこんどは一ぺんにあの 水面 ( すいめん )までおりて行くんですから 容易 ( ようい )じゃありません。 この 傾斜 ( けいしゃ )があるもんですから汽車は 決 ( けっ )して 向 ( む )こうからこっちへは来ないんです。 そら、もうだんだん早くなったでしょう」さっきの 老人 ( ろうじん )らしい声が 言 ( い )いました。 どんどんどんどん汽車は 降 ( お )りて行きました。 崖 ( がけ )のはじに 鉄道 ( てつどう )がかかるときは川が明るく下にのぞけたのです。 ジョバンニはだんだんこころもちが明るくなってきました。 汽車が小さな 小屋 ( こや )の前を通って、その前にしょんぼりひとりの 子供 ( こども )が立ってこっちを見ているときなどは思わず、ほう、と 叫 ( さけ )びました。 どんどんどんどん汽車は走って行きました。 室中 ( へやじゅう )のひとたちは 半分 ( はんぶん )うしろの方へ 倒 ( たお )れるようになりながら 腰掛 ( こしかけ )にしっかりしがみついていました。 ジョバンニは思わずカムパネルラとわらいました。 もうそして天の川は汽車のすぐ 横手 ( よこて )をいままでよほど 激 ( はげ )しく 流 ( なが )れて来たらしく、ときどきちらちら光ってながれているのでした。 うすあかい 河原 ( かわら )なでしこの花があちこち 咲 ( さ )いていました。 汽車はようやく 落 ( お )ち 着 ( つ )いたようにゆっくり走っていました。 向 ( む )こうとこっちの 岸 ( きし )に星のかたちとつるはしを書いた 旗 ( はた )がたっていました。 「あれなんの 旗 ( はた )だろうね」ジョバンニがやっとものを 言 ( い )いました。 「さあ、わからないねえ、地図にもないんだもの。 鉄 ( てつ )の 舟 ( ふね )がおいてあるねえ」 「ああ」 「 橋 ( はし )を 架 ( か )けるとこじゃないんでしょうか」女の子が 言 ( い )いました。 「ああ、あれ 工兵 ( こうへい )の 旗 ( はた )だねえ。 架橋演習 ( かきょうえんしゅう )をしてるんだ。 けれど 兵隊 ( へいたい )のかたちが見えないねえ」 その時 向 ( む )こう 岸 ( ぎし )ちかくの少し 下流 ( かりゅう )の方で、見えない天の川の水がぎらっと光って、 柱 ( はしら )のように高くはねあがり、どおとはげしい音がしました。 「 発破 ( はっぱ )だよ、 発破 ( はっぱ )だよ」カムパネルラはこおどりしました。 その 柱 ( はしら )のようになった水は見えなくなり、大きな 鮭 ( さけ )や 鱒 ( ます )がきらっきらっと白く 腹 ( はら )を光らせて空中にほうり出されてまるい 輪 ( わ )を 描 ( えが )いてまた水に 落 ( お )ちました。 ジョバンニはもうはねあがりたいくらい 気持 ( きも )ちが 軽 ( かる )くなって 言 ( い )いました。 「空の 工兵大隊 ( こうへいだいたい )だ。 どうだ、 鱒 ( ます )なんかがまるでこんなになってはねあげられたねえ。 僕 ( ぼく )こんな 愉快 ( ゆかい )な 旅 ( たび )はしたことない。 いいねえ」 「あの 鱒 ( ます )なら近くで見たらこれくらいあるねえ、たくさんさかないるんだな、この水の中に」 「小さなお魚もいるんでしょうか」女の子が 談 ( はなし )につり 込 ( こ )まれて 言 ( い )いました。 「いるんでしょう。 大きなのがいるんだから小さいのもいるんでしょう。 けれど遠くだから、いま小さいの見えなかったねえ」ジョバンニはもうすっかり 機嫌 ( きげん )が 直 ( なお )っておもしろそうにわらって女の子に答えました。 「あれきっと 双子 ( ふたご )のお星さまのお 宮 ( みや )だよ」男の子がいきなり 窓 ( まど )の外をさして 叫 ( さけ )びました。 右手の 低 ( ひく )い 丘 ( おか )の上に小さな 水晶 ( すいしょう )ででもこさえたような二つのお 宮 ( みや )がならんで立っていました。 「 双子 ( ふたご )のお星さまのお 宮 ( みや )ってなんだい」 「あたし前になんべんもお 母 ( っか )さんから聞いたわ。 ちゃんと小さな 水晶 ( すいしょう )のお 宮 ( みや )で二つならんでいるからきっとそうだわ」 「はなしてごらん。 双子 ( ふたご )のお星さまが何をしたっての」 「ぼくも知ってらい。 双子 ( ふたご )のお星さまが野原へ 遊 ( あそ )びにでて、からすと 喧嘩 ( けんか )したんだろう」 「そうじゃないわよ。 あのね、天の川の 岸 ( きし )にね、おっかさんお話しなすったわ、……」 「それから 彗星 ( ほうきぼし )がギーギーフーギーギーフーて 言 ( い )って来たねえ」 「いやだわ、たあちゃん、そうじゃないわよ。 それはべつの方だわ」 「するとあすこにいま 笛 ( ふえ )を 吹 ( ふ )いているんだろうか」 「いま海へ行ってらあ」 「いけないわよ。 もう海からあがっていらっしゃったのよ」 「そうそう。 ぼく知ってらあ、ぼくおはなししよう」 川の向こう 岸 ( ぎし )がにわかに赤くなりました。 楊 ( やなぎ )の木や何かもまっ黒にすかし出され、見えない天の川の 波 ( なみ )も、ときどきちらちら 針 ( はり )のように赤く光りました。 まったく 向 ( む )こう 岸 ( ぎし )の野原に大きなまっ赤な火が 燃 ( もや )され、その黒いけむりは高く 桔梗 ( ききょう )いろのつめたそうな天をも 焦 ( こ )がしそうでした。 ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく 酔 ( よ )ったようになって、その火は 燃 ( も )えているのでした。 「あれはなんの火だろう。 あんな赤く光る火は何を 燃 ( も )やせばできるんだろう」ジョバンニが 言 ( い )いました。 「 蠍 ( さそり )の火だな」カムパネルラがまた地図と 首 ( くび )っぴきして答えました。 「あら、 蠍 ( さそり )の火のことならあたし知ってるわ」 「 蠍 ( さそり )の火ってなんだい」ジョバンニがききました。 「 蠍 ( さそり )がやけて死んだのよ。 その火がいまでも 燃 ( も )えてるって、あたし何べんもお父さんから 聴 ( き )いたわ」 「 蠍 ( さそり )って、虫だろう」 「ええ、 蠍 ( さそり )は虫よ。 だけどいい虫だわ」 「 蠍 ( さそり )いい虫じゃないよ。 僕 ( ぼく ) 博物館 ( はくぶつかん )でアルコールにつけてあるの見た。 尾 ( お )にこんなかぎがあってそれで 螫 ( さ )されると 死 ( し )ぬって先生が 言 ( い )ってたよ」 「そうよ。 だけどいい虫だわ、お父さんこう 言 ( い )ったのよ。 むかしのバルドラの野原に一ぴきの 蠍 ( さそり )がいて小さな虫やなんか 殺 ( ころ )してたべて生きていたんですって。 するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。 さそりは一生けん 命 ( めい )にげてにげたけど、とうとういたちに 押 ( おさ )えられそうになったわ、そのときいきなり前に 井戸 ( いど )があってその中に 落 ( お )ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないで、さそりはおぼれはじめたのよ。 そのときさそりはこう 言 ( い )ってお 祈 ( いの )りしたというの。 ああ、わたしはいままで、いくつのものの 命 ( いのち )をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん 命 ( めい )にげた。 それでもとうとうこんなになってしまった。 ああなんにもあてにならない。 どうしてわたしはわたしのからだを、だまっていたちにくれてやらなかったろう。 そしたらいたちも一日生きのびたろうに。 どうか 神 ( かみ )さま。 私の心をごらんください。 こんなにむなしく 命 ( いのち )をすてず、どうかこの 次 ( つぎ )には、まことのみんなの 幸 ( さいわい )のために私のからだをおつかいください。 って 言 ( い )ったというの。 そしたらいつか 蠍 ( さそり )はじぶんのからだが、まっ赤なうつくしい火になって 燃 ( も )えて、よるのやみを 照 ( て )らしているのを見たって。 いまでも 燃 ( も )えてるってお父さんおっしゃったわ。 ほんとうにあの火、それだわ」 「そうだ。 見たまえ。 そこらの 三角標 ( さんかくひょう )はちょうどさそりの形にならんでいるよ」 ジョバンニはまったくその大きな火の 向 ( む )こうに三つの 三角標 ( さんかくひょう )が、ちょうどさそりの 腕 ( うで )のように、こっちに五つの 三角標 ( さんかくひょう )がさそりの 尾 ( お )やかぎのようにならんでいるのを見ました。 そしてほんとうにそのまっ赤なうつくしいさそりの火は音なくあかるくあかるく 燃 ( も )えたのです。 その火がだんだんうしろの方になるにつれて、みんなはなんとも 言 ( い )えずにぎやかな、さまざまの 楽 ( がく )の 音 ( ね )や草花のにおいのようなもの、 口笛 ( くちぶえ )や人々のざわざわ 言 ( い )う声やらを聞きました。 それはもうじきちかくに町か何かがあって、そこにお 祭 ( まつ )りでもあるというような気がするのでした。 「ケンタウル 露 ( つゆ )をふらせ」いきなりいままで 睡 ( ねむ )っていたジョバンニのとなりの男の子が 向 ( む )こうの 窓 ( まど )を見ながら 叫 ( さけ )んでいました。 ああそこにはクリスマストリイのようにまっ青な 唐檜 ( とうひ )かもみの木がたって、その中にはたくさんのたくさんの 豆電燈 ( まめでんとう )がまるで千の 蛍 ( ほたる )でも 集 ( あつ )まったようについていました。 「ああ、そうだ、今夜ケンタウル 祭 ( さい )だねえ」 「ああ、ここはケンタウルの村だよ」カムパネルラがすぐ 言 ( い )いました。 ( 此 ( こ )の間 原稿 ( げんこう )なし) 「ボール投げなら 僕 ( ぼく ) 決 ( けっ )してはずさない」 男の子が大いばりで 言 ( い )いました。 「もうじきサウザンクロスです。 おりるしたくをしてください」青年がみんなに 言 ( い )いました。 「 僕 ( ぼく )、も少し汽車に乗ってるんだよ」男の子が 言 ( い )いました。 カムパネルラのとなりの女の子はそわそわ立ってしたくをはじめましたけれどもやっぱりジョバンニたちとわかれたくないようなようすでした。 「ここでおりなけぁいけないのです」青年はきちっと口を 結 ( むす )んで男の子を見おろしながら 言 ( い )いました。 「 厭 ( いや )だい。 僕 ( ぼく )もう少し汽車へ 乗 ( の )ってから行くんだい」 ジョバンニがこらえかねて 言 ( い )いました。 「 僕 ( ぼく )たちといっしょに 乗 ( の )って行こう。 僕 ( ぼく )たちどこまでだって行ける 切符 ( きっぷ ) 持 ( も )ってるんだ」 「だけどあたしたち、もうここで 降 ( お )りなけぁいけないのよ。 ここ天上へ行くとこなんだから」 女の子がさびしそうに 言 ( い )いました。 「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。 ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって 僕 ( ぼく )の先生が 言 ( い )ったよ」 「だっておっ 母 ( か )さんも行ってらっしゃるし、それに 神 ( かみ )さまがおっしゃるんだわ」 「そんな 神 ( かみ )さまうその 神 ( かみ )さまだい」 「あなたの 神 ( かみ )さまうその 神 ( かみ )さまよ」 「そうじゃないよ」 「あなたの 神 ( かみ )さまってどんな 神 ( かみ )さまですか」青年は 笑 ( わら )いながら 言 ( い )いました。 「ぼくほんとうはよく知りません。 けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたった 一人 ( ひとり )の 神 ( かみ )さまです」 「ほんとうの 神 ( かみ )さまはもちろんたった 一人 ( ひとり )です」 「ああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうのほんとうの 神 ( かみ )さまです」 「だからそうじゃありませんか。 わたくしはあなた方がいまにそのほんとうの 神 ( かみ )さまの前に、わたくしたちとお会いになることを 祈 ( いの )ります」青年はつつましく 両手 ( りょうて )を組みました。 女の子もちょうどその通りにしました。 みんなほんとうに 別 ( わか )れが 惜 ( お )しそうで、その顔いろも少し青ざめて見えました。 ジョバンニはあぶなく声をあげて 泣 ( な )き出そうとしました。 「さあもうしたくはいいんですか。 じきサウザンクロスですから」 ああそのときでした。 見えない天の川のずうっと川下に青や 橙 ( だいだい )や、もうあらゆる光でちりばめられた 十字架 ( じゅうじか )が、まるで一本の木というふうに川の中から立ってかがやき、その上には青じろい雲がまるい 環 ( わ )になって後光のようにかかっているのでした。 汽車の中がまるでざわざわしました。 みんなあの北の十字のときのようにまっすぐに立ってお 祈 ( いの )りをはじめました。 あっちにもこっちにも子供が 瓜 ( うり )に 飛 ( と )びついたときのようなよろこびの声や、なんとも言いようない 深 ( ふか )いつつましいためいきの音ばかりきこえました。 そしてだんだん 十字架 ( じゅうじか )は 窓 ( まど )の 正面 ( しょうめん )になり、あの 苹果 ( りんご )の 肉 ( にく )のような青じろい 環 ( わ )の雲も、ゆるやかにゆるやかに 繞 ( めぐ )っているのが見えました。 「ハレルヤ、ハレルヤ」明るくたのしくみんなの声はひびき、みんなはそのそらの遠くから、つめたいそらの遠くから、すきとおったなんとも 言 ( い )えずさわやかなラッパの声をききました。 そしてたくさんのシグナルや 電燈 ( でんとう )の 灯 ( あかり )のなかを汽車はだんだんゆるやかになり、とうとう 十字架 ( じゅうじか )のちょうどま 向 ( む )かいに行ってすっかりとまりました。 「さあ、おりるんですよ」青年は男の子の手をひき 姉 ( あね )は 互 ( たが )いにえりや 肩 ( かた )をなおしてやってだんだん 向 ( む )こうの出口の方へ歩き出しました。 「じゃさよなら」女の子がふりかえって二人に 言 ( い )いました。 「さよなら」ジョバンニはまるで 泣 ( な )き出したいのをこらえておこったようにぶっきらぼうに 言 ( い )いました。 女の子はいかにもつらそうに 眼 ( め )を大きくして、も一 度 ( ど )こっちをふりかえって、それからあとはもうだまって出て行ってしまいました。 汽車の中はもう 半分以上 ( はんぶんいじょう )も 空 ( す )いてしまいにわかにがらんとして、さびしくなり風がいっぱいに 吹 ( ふ )き 込 ( こ )みました。 そして見ているとみんなはつつましく 列 ( れつ )を組んで、あの 十字架 ( じゅうじか )の前の天の川のなぎさにひざまずいていました。 そしてその見えない天の川の水をわたって、ひとりのこうごうしい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。 けれどもそのときはもう 硝子 ( ガラス )の 呼 ( よ )び子は鳴らされ汽車はうごきだし、と思ううちに 銀 ( ぎん )いろの 霧 ( きり )が川下の方から、すうっと 流 ( なが )れて来て、もうそっちは何も見えなくなりました。 ただたくさんのくるみの木が 葉 ( は )をさんさんと光らしてその 霧 ( きり )の中に立ち、 黄金 ( きん )の円光をもった 電気栗鼠 ( でんきりす )が 可愛 ( かわい )い顔をその中からちらちらのぞいているだけでした。 そのとき、すうっと 霧 ( きり )がはれかかりました。 どこかへ行く 街道 ( かいどう )らしく小さな 電燈 ( でんとう )の 一列 ( いちれつ )についた通りがありました。 それはしばらく 線路 ( せんろ )に 沿 ( そ )って 進 ( すす )んでいました。 そして 二人 ( ふたり )がそのあかしの前を通って行くときは、その小さな豆いろの火はちょうどあいさつでもするようにぽかっと 消 ( き )え、 二人 ( ふたり )が過ぎて行くときまた 点 ( つ )くのでした。 ふりかえって見ると、さっきの 十字架 ( じゅうじか )はすっかり小さくなってしまい、ほんとうにもうそのまま 胸 ( むね )にもつるされそうになり、さっきの女の子や青年たちがその前の白い 渚 ( なぎさ )にまだひざまずいているのか、それともどこか 方角 ( ほうがく )もわからないその天上へ行ったのか、ぼんやりして見分けられませんでした。 ジョバンニは、ああ、と 深 ( ふか )く 息 ( いき )しました。 「カムパネルラ、また 僕 ( ぼく )たち 二人 ( ふたり )きりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。 僕 ( ぼく )はもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの 幸 ( さいわい )のためならば 僕 ( ぼく )のからだなんか百ぺん 灼 ( や )いてもかまわない」 「うん。 僕 ( ぼく )だってそうだ」カムパネルラの 眼 ( め )にはきれいな 涙 ( なみだ )がうかんでいました。 「けれどもほんとうのさいわいはいったいなんだろう」 ジョバンニが 言 ( い )いました。 「 僕 ( ぼく )わからない」カムパネルラがぼんやり 言 ( い )いました。 「 僕 ( ぼく )たちしっかりやろうねえ」ジョバンニが 胸 ( むね )いっぱい新しい力が 湧 ( わ )くように、ふうと 息 ( いき )をしながら 言 ( い )いました。 「あ、あすこ 石炭袋 ( せきたんぶくろ )だよ。 そらの 孔 ( あな )だよ」カムパネルラが少しそっちを 避 ( さ )けるようにしながら天の川のひととこを 指 ( ゆび )さしました。 ジョバンニはそっちを見て、まるでぎくっとしてしまいました。 天の川の一とこに大きなまっくらな 孔 ( あな )が、どおんとあいているのです。 その 底 ( そこ )がどれほど 深 ( ふか )いか、その 奥 ( おく )に何があるか、いくら 眼 ( め )をこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ 眼 ( め )がしんしんと 痛 ( いた )むのでした。 ジョバンニが 言 ( い )いました。 「 僕 ( ぼく )もうあんな大きな 暗 ( やみ )の中だってこわくない。 きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。 どこまでもどこまでも 僕 ( ぼく )たちいっしょに 進 ( すす )んで行こう」 「ああきっと行くよ。 ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。 みんな 集 ( あつ )まってるねえ。 あすこがほんとうの天上なんだ。 あっ、あすこにいるのはぼくのお母さんだよ」 カムパネルラはにわかに 窓 ( まど )の遠くに見えるきれいな野原を 指 ( さ )して 叫 ( さけ )びました。 ジョバンニもそっちを見ましたけれども、そこはぼんやり白くけむっているばかり、どうしてもカムパネルラが 言 ( い )ったように思われませんでした。 なんとも 言 ( い )えずさびしい気がして、ぼんやりそっちを見ていましたら、 向 ( む )こうの 河岸 ( かわぎし )に二本の 電信 ( でんしん )ばしらが、ちょうど 両方 ( りょうほう )から 腕 ( うで )を組んだように赤い 腕木 ( うでぎ )をつらねて立っていました。 「カムパネルラ、 僕 ( ぼく )たちいっしょに行こうねえ」ジョバンニがこう 言 ( い )いながらふりかえって見ましたら、そのいままでカムパネルラのすわっていた 席 ( せき )に、もうカムパネルラの形は見えず、ただ黒いびろうどばかりひかっていました。 ジョバンニはまるで 鉄砲丸 ( てっぽうだま )のように立ちあがりました。 そして 誰 ( だれ )にも聞こえないように 窓 ( まど )の外へからだを 乗 ( の )り出して、力いっぱいはげしく 胸 ( むね )をうって 叫 ( さけ )び、それからもう 咽喉 ( のど )いっぱい 泣 ( な )きだしました。 もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。 そのとき、 「おまえはいったい何を 泣 ( な )いているの。 ちょっとこっちをごらん」いままでたびたび聞こえた、あのやさしいセロのような声が、ジョバンニのうしろから聞こえました。 ジョバンニは、はっと思って 涙 ( なみだ )をはらってそっちをふり 向 ( む )きました、さっきまでカムパネルラのすわっていた 席 ( せき )に黒い大きな 帽子 ( ぼうし )をかぶった青白い顔のやせた 大人 ( おとな )が、やさしくわらって大きな一 冊 ( さつ )の本をもっていました。 「おまえのともだちがどこかへ行ったのだろう。 あのひとはね、ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。 おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ」 「ああ、どうしてなんですか。 ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうと 言 ( い )ったんです」 「ああ、そうだ。 みんながそう考える。 けれどもいっしょに行けない。 そしてみんながカムパネルラだ。 おまえがあうどんなひとでも、みんな何べんもおまえといっしょに 苹果 ( りんご )をたべたり汽車に 乗 ( の )ったりしたのだ。 だからやっぱりおまえはさっき考えたように、あらゆるひとのいちばんの 幸福 ( こうふく )をさがし、みんなといっしょに早くそこに行くがいい、そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」 「ああぼくはきっとそうします。 ぼくはどうしてそれをもとめたらいいでしょう」 「ああわたくしもそれをもとめている。 おまえはおまえの 切符 ( きっぷ )をしっかりもっておいで。 そして一しんに 勉強 ( べんきょう )しなけぁいけない。 おまえは 化学 ( かがく )をならったろう、水は 酸素 ( さんそ )と 水素 ( すいそ )からできているということを知っている。 いまはたれだってそれを 疑 ( うたが )やしない。 実験 ( じっけん )してみるとほんとうにそうなんだから。 けれども 昔 ( むかし )はそれを 水銀 ( すいぎん )と 塩 ( しお )でできていると 言 ( い )ったり、 水銀 ( すいぎん )と 硫黄 ( いおう )でできていると 言 ( い )ったりいろいろ 議論 ( ぎろん )したのだ。 みんながめいめいじぶんの 神 ( かみ )さまがほんとうの神さまだというだろう、けれどもお 互 ( たが )いほかの 神 ( かみ )さまを 信 ( しん )ずる人たちのしたことでも 涙 ( なみだ )がこぼれるだろう。 それからぼくたちの心がいいとかわるいとか 議論 ( ぎろん )するだろう。 そして 勝負 ( しょうぶ )がつかないだろう。 けれども、もしおまえがほんとうに 勉強 ( べんきょう )して 実験 ( じっけん )でちゃんとほんとうの考えと、うその考えとを分けてしまえば、その 実験 ( じっけん )の 方法 ( ほうほう )さえきまれば、もう 信仰 ( しんこう )も 化学 ( かがく )と同じようになる。 けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、いいかい、これは 地理 ( ちり )と 歴史 ( れきし )の 辞典 ( じてん )だよ。 この本のこの 頁 ( ページ )はね、 紀元前 ( きげんぜん )二千二百年の 地理 ( ちり )と 歴史 ( れきし )が書いてある。 よくごらん、 紀元前 ( きげんぜん )二千二百年のことでないよ、 紀元前 ( きげんぜん )二千二百年のころにみんなが考えていた 地理 ( ちり )と 歴史 ( れきし )というものが書いてある。 だからこの 頁 ( ページ )一つが一 冊 ( さつ )の 地歴 ( ちれき )の本にあたるんだ。 いいかい、そしてこの中に書いてあることは 紀元前 ( きげんぜん )二千二百年ころにはたいてい 本当 ( ほんとう )だ。 さがすと 証拠 ( しょうこ )もぞくぞく出ている。 けれどもそれが少しどうかなとこう考えだしてごらん、そら、それは 次 ( つぎ )の 頁 ( ページ )だよ。 紀元前 ( きげんぜん )一千年。 だいぶ、 地理 ( ちり )も 歴史 ( れきし )も 変 ( か )わってるだろう。 このときにはこうなのだ。 変 ( へん )な顔をしてはいけない。 ぼくたちはぼくたちのからだだって考えだって、天の川だって汽車だって 歴史 ( れきし )だって、ただそう感じているのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょにすこしこころもちをしずかにしてごらん。 いいか」 そのひとは 指 ( ゆび )を一本あげてしずかにそれをおろしました。 するといきなりジョバンニは自分というものが、じぶんの考えというものが、汽車やその 学者 ( がくしゃ )や天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆる 広 ( ひろ )い 世界 ( せかい )ががらんとひらけ、あらゆる 歴史 ( れきし )がそなわり、すっと 消 ( き )えると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。 だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。 「さあいいか。 だからおまえの 実験 ( じっけん )は、このきれぎれの考えのはじめから 終 ( お )わりすべてにわたるようでなければいけない。 それがむずかしいことなのだ。 けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。 ああごらん、あすこにプレシオスが見える。 おまえはあのプレシオスの 鎖 ( くさり )を 解 ( と )かなければならない」 そのときまっくらな 地平線 ( ちへいせん )の 向 ( む )こうから青じろいのろしが、まるでひるまのようにうちあげられ、汽車の中はすっかり明るくなりました。 そしてのろしは高くそらにかかって光りつづけました。 「ああマジェランの 星雲 ( せいうん )だ。 さあもうきっと 僕 ( ぼく )は 僕 ( ぼく )のために、 僕 ( ぼく )のお母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの 幸福 ( こうふく )をさがすぞ」 ジョバンニは 唇 ( くちびる )を 噛 ( か )んで、そのマジェランの 星雲 ( せいうん )をのぞんで立ちました。 そのいちばん 幸福 ( こうふく )なそのひとのために! 「さあ、 切符 ( きっぷ )をしっかり 持 ( も )っておいで。 お前はもう 夢 ( ゆめ )の 鉄道 ( てつどう )の中でなしにほんとうの 世界 ( せかい )の火やはげしい 波 ( なみ )の中を 大股 ( おおまた )にまっすぐに歩いて行かなければいけない。 天の川のなかでたった一つの、ほんとうのその 切符 ( きっぷ )を 決 ( けっ )しておまえはなくしてはいけない」 あのセロのような声がしたと思うとジョバンニは、あの天の川がもうまるで遠く遠くなって風が 吹 ( ふ )き自分はまっすぐに草の 丘 ( おか )に立っているのを見、また遠くからあのブルカニロ 博士 ( はかせ )の足おとのしずかに近づいて来るのをききました。 「ありがとう。 私はたいへんいい 実験 ( じっけん )をした。 私はこんなしずかな 場所 ( ばしょ )で遠くから私の考えを人に 伝 ( つた )える 実験 ( じっけん )をしたいとさっき考えていた。 お前の 言 ( い )った語はみんな私の 手帳 ( てちょう )にとってある。 さあ帰っておやすみ。 お前は 夢 ( ゆめ )の中で 決心 ( けっしん )したとおりまっすぐに 進 ( すす )んで行くがいい。 そしてこれからなんでもいつでも私のとこへ 相談 ( そうだん )においでなさい」 「 僕 ( ぼく )きっとまっすぐに 進 ( すす )みます。 きっとほんとうの 幸福 ( こうふく )を 求 ( もと )めます」ジョバンニは 力強 ( ちからづよ )く 言 ( い )いました。 「ああではさよなら。 これはさっきの 切符 ( きっぷ )です」 博士 ( はかせ )は小さく 折 ( お )った 緑 ( みどり )いろの紙をジョバンニのポケットに入れました。 そしてもうそのかたちは 天気輪 ( てんきりん )の 柱 ( はしら )の 向 ( む )こうに見えなくなっていました。 ジョバンニはまっすぐに走って 丘 ( おか )をおりました。 そしてポケットがたいへん 重 ( おも )くカチカチ鳴るのに気がつきました。 林の中でとまってそれをしらべてみましたら、あの 緑 ( みどり )いろのさっき 夢 ( ゆめ )の中で見たあやしい天の 切符 ( きっぷ )の中に大きな二 枚 ( まい )の 金貨 ( きんか )が 包 ( つつ )んでありました。 「 博士 ( はかせ )ありがとう、おっかさん。 すぐ 乳 ( ちち )をもって行きますよ」 ジョバンニは 叫 ( さけ )んでまた走りはじめました。 何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニの 胸 ( むね )に 集 ( あつ )まってなんとも 言 ( い )えずかなしいような新しいような気がするのでした。 琴 ( こと )の星がずうっと西の方へ 移 ( うつ )ってそしてまた 夢 ( ゆめ )のように足をのばしていました。 ジョバンニは 眼 ( め )をひらきました。 もとの 丘 ( おか )の草の中につかれてねむっていたのでした。 胸 ( むね )はなんだかおかしく 熱 ( ほて )り、 頬 ( ほお )にはつめたい 涙 ( なみだ )がながれていました。 ジョバンニはばねのようにはね 起 ( お )きました。 町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの 灯 ( あかり )を 綴 ( つづ )ってはいましたが、その光はなんだかさっきよりは 熱 ( ねっ )したというふうでした。 そしてたったいま 夢 ( ゆめ )であるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかり、まっ黒な南の 地平線 ( ちへいせん )の上ではことにけむったようになって、その右には 蠍座 ( さそりざ )の赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの 位置 ( いち )はそんなに 変 ( か )わってもいないようでした。 ジョバンニはいっさんに 丘 ( おか )を走って下りました。 まだ夕ごはんをたべないで 待 ( ま )っているお母さんのことが 胸 ( むね )いっぱいに思いだされたのです。 どんどん黒い 松 ( まつ )の林の中を通って、それからほの白い 牧場 ( ぼくじょう )の 柵 ( さく )をまわって、さっきの入口から 暗 ( くら )い 牛舎 ( ぎゅうしゃ )の前へまた来ました。 そこには 誰 ( だれ )かがいま帰ったらしく、さっきなかった一つの車が何かの 樽 ( たる )を二つ 載 ( の )っけて 置 ( お )いてありました。 「 今晩 ( こんばん )は」ジョバンニは 叫 ( さけ )びました。 「はい」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「なんのご用ですか」 「今日 牛乳 ( ぎゅうにゅう )がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ、 済 ( す )みませんでした」その人はすぐ 奥 ( おく )へ行って一本の 牛乳瓶 ( ぎゅうにゅうびん )をもって来てジョバンニに 渡 ( わた )しながら、また 言 ( い )いました。 「ほんとうに 済 ( す )みませんでした。 今日はひるすぎ、うっかりしてこうしの 柵 ( さく )をあけておいたもんですから、 大将 ( たいしょう )さっそく 親牛 ( おやうし )のところへ行って 半分 ( はんぶん )ばかりのんでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。 ではいただいて行きます」 「ええ、どうも 済 ( す )みませんでした」 「いいえ」 ジョバンニはまだ 熱 ( あつ )い 乳 ( ちち )の 瓶 ( びん )を 両方 ( りょうほう )のてのひらで 包 ( つつ )むようにもって 牧場 ( ぼくじょう )の 柵 ( さく )を出ました。 そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になって、その右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを 流 ( なが )しに行った川へかかった大きな 橋 ( はし )のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。 ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七、八人ぐらいずつ 集 ( あつ )まって 橋 ( はし )の方を見ながら何かひそひそ 談 ( はな )しているのです。 それから 橋 ( はし )の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。 ジョバンニはなぜかさあっと 胸 ( むね )が 冷 ( つめ )たくなったように思いました。 そしていきなり近くの人たちへ、 「何かあったんですか」と 叫 ( さけ )ぶようにききました。 「こどもが水へ 落 ( お )ちたんですよ」 一人 ( ひとり )が 言 ( い )いますと、その人たちは 一斉 ( いっせい )にジョバンニの方を見ました。 ジョバンニはまるで 夢中 ( むちゅう )で 橋 ( はし )の方へ走りました。 橋 ( はし )の上は人でいっぱいで 河 ( かわ )が見えませんでした。 白い 服 ( ふく )を 着 ( き )た 巡査 ( じゅんさ )も出ていました。 ジョバンニは 橋 ( はし )の 袂 ( たもと )から 飛 ( と )ぶように下の広い 河原 ( かわら )へおりました。 その 河原 ( かわら )の水ぎわに 沿 ( そ )ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。 向 ( む )こう 岸 ( ぎし )の 暗 ( くら )いどてにも火が七つ八つうごいていました。 そのまん中をもう 烏瓜 ( からすうり )のあかりもない川が、わずかに音をたてて 灰 ( はい )いろにしずかに 流 ( なが )れていたのでした。 河原 ( かわら )のいちばん 下流 ( かりゅう )の方へ 洲 ( す )のようになって出たところに人の 集 ( あつ )まりがくっきりまっ黒に立っていました。 ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。 するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに 会 ( あ )いました。 マルソがジョバンニに走り 寄 ( よ )って 言 ( い )いました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ」 「どうして、いつ」 「ザネリがね、 舟 ( ふね )の上から 烏 ( からす )うりのあかりを水の 流 ( なが )れる方へ 押 ( お )してやろうとしたんだ。 そのとき 舟 ( ふね )がゆれたもんだから水へ 落 ( お )っこったろう。 するとカムパネルラがすぐ 飛 ( と )びこんだんだ。 そしてザネリを 舟 ( ふね )の方へ 押 ( お )してよこした。 ザネリはカトウにつかまった。 けれどもあとカムパネルラが見えないんだ」 「みんなさがしてるんだろう」 「ああ、すぐみんな来た。 カムパネルラのお父さんも来た。 けれども見つからないんだ。 ザネリはうちへ 連 ( つ )れられてった」 ジョバンニはみんなのいるそっちの方へ行きました。 そこに学生たちや町の人たちに 囲 ( かこ )まれて青じろいとがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い 服 ( ふく )を 着 ( き )てまっすぐに立って左手に 時計 ( とけい )を 持 ( も )ってじっと見つめていたのです。 みんなもじっと 河 ( かわ )を見ていました。 誰 ( だれ )も 一言 ( ひとこと )も 物 ( もの )を 言 ( い )う人もありませんでした。 ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。 魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして、黒い川の水はちらちら小さな 波 ( なみ )をたてて 流 ( なが )れているのが見えるのでした。 下流 ( かりゅう )の方の川はばいっぱい 銀河 ( ぎんが )が 巨 ( おお )きく 写 ( うつ )って、まるで水のないそのままのそらのように見えました。 ジョバンニは、そのカムパネルラはもうあの 銀河 ( ぎんが )のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。 けれどもみんなはまだ、どこかの 波 ( なみ )の間から、 「ぼくずいぶん 泳 ( およ )いだぞ」と言いながらカムパネルラが出て来るか、あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない 洲 ( す )にでも 着 ( つ )いて立っていて 誰 ( だれ )かの来るのを 待 ( ま )っているかというような気がしてしかたないらしいのでした。 けれどもにわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり 言 ( い )いました。 「もう 駄目 ( だめ )です。 落 ( お )ちてから四十五分たちましたから」 ジョバンニは思わずかけよって 博士 ( はかせ )の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っています、ぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのです、と 言 ( い )おうとしましたが、もうのどがつまってなんとも 言 ( い )えませんでした。 すると 博士 ( はかせ )はジョバンニがあいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが、 「あなたはジョバンニさんでしたね。 どうも 今晩 ( こんばん )はありがとう」とていねいに 言 ( い )いました。 ジョバンニは何も 言 ( い )えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか」 博士 ( はかせ )は 堅 ( かた )く 時計 ( とけい )を 握 ( にぎ )ったまま、またききました。 「いいえ」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ、ぼくには 一昨日 ( おととい )たいへん元気な 便 ( たよ )りがあったんだが。 今日 ( きょう )あたりもう 着 ( つ )くころなんだが。 船 ( ふね )が 遅 ( おく )れたんだな。 ジョバンニさん。 あした 放課後 ( ほうかご )みなさんとうちへ 遊 ( あそ )びに来てくださいね」 そう 言 ( い )いながら 博士 ( はかせ )はまた、川下の 銀河 ( ぎんが )のいっぱいにうつった方へじっと 眼 ( め )を 送 ( おく )りました。 ジョバンニはもういろいろなことで 胸 ( むね )がいっぱいで、なんにも 言 ( い )えずに 博士 ( はかせ )の前をはなれて、早くお母さんに 牛乳 ( ぎゅうにゅう )を 持 ( も )って行って、お父さんの帰ることを知らせようと思うと、もういちもくさんに 河原 ( かわら )を 街 ( まち )の方へ走りました。

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銀河鉄道の夜 : 作品情報

銀河 鉄道 の 夜 イラスト

門馬洋子の絵はストーリーを追って全部で18枚描かれている。 宇宙空間に飛び出したはずなのに意外なほどに落ち着いた情景描写や会話、重要な登場人物カムパネルラなど「死者」の存在感が濃厚なはずなのに、彼らが当たり前に生きているかのような空気。 スケッチが巧みだった賢治が、その「視覚化力」を活かしてまとめた物語は、完成前に賢治が没したためストーリーに謎も残る。 そうした「不思議感」を作者と共に感じてみたい。 主人公の二人の少年、ジョバンニとカムパネルラの澄んだ眼を通して、現世から彼岸へとつながる広大な宇宙の旅を、真ごころ込めて描き出している。 賢治は亡くなる前に「『法華経』を千部印刷して知己友人にわけて下さい。 『私の一生のしごとは、このお経をあなたのお手もとにおとどけすることでした。 あなたが仏さまの心にふれて、一番よい、正しい道に入られますように』ということを書いて下さい。 」と遺言したという。 賢治の作品世界に通底する「祈り」を表現し、賢治に捧げる作品として上梓します。

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