リトルベン。 リトル・ジョー : 作品情報

「リトル・ジョー」ベン・ウィショーらのメイキング写真到着、“マスク割”も実施(映画ナタリー)

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Contents• ネオレストCMのビッグベン! ネオレストのバイキン親子のCM、とっても気になりますよね~!リトルベン役の寺田心くんのしゃべり方がかわいすぎます! そんなネオレストCMでバイキン親子のお父さん、ビッグベンを演じられている俳優さん。 横田栄司さんの素顔がこちら。 ワイルドですね~^^ビッグベンの姿をしているとなかなか想像がつかない髪型です。 横田栄司さんは、2010年に公開され、小栗旬さんが初監督を務めた映画 【シュアリー・サムデイ】に出演されました。 シュアリー・サムデイでの出演者の方々との写真がこちら。 小栗旬さん。 鈴木亮平さん。 勝地涼さん。 吉田剛太郎さん。 ムロツヨシさん。 豪華な面々ですね~^^そして横田栄司さんカッコ良い! こちらは数年前の画像ですが、長谷川博己さんとのツーショットです。 なので画像を比較してみました。 まずは横田栄司さん。 この機会にハッキリさせておこう。 私がビッグベンだ! — 横田栄司 eijiyokota そしてピエール瀧さん。

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美しい花が人類を支配する『リトル・ジョー』カンヌ受賞エミリー・ビーチャム×ベン・ウィショー|シングルマザーの科学者はユートピアを築けるのか 寓話的ムード漂う新感覚スリラー

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カスター・テリー隊、ギボン隊、クルック隊の進軍図 同年6月、クルック隊はの部隊と戦闘を行った後に後退。 カスターの属するテリー隊はリトルビッグホーン川(グリージーグラス川)をさかのぼって南下進軍した。 1876年、陸軍相シャーマンはインディアン掃討軍を編成。 カスターはの連隊長として参加を許される。 作戦はモンタナ州南東部のの本拠をギボン隊、クルック隊、テリー隊で三方から包囲するものであった。 カスター隊のインディアン斥候は、河沿いに集結していた諸部族約1500名の野営地を発見した。 テリー、ギボン隊は挟撃を目論み、26日に総攻撃を予定してカスター隊を南方の川上に派遣。 この際、ギボンはカスターに「カスター君、あんまり欲張るもんじゃないよ、インディアンはなにしろたくさんいるからね」と忠告している。 カスターが最も信頼していたインディアン斥候、リー族()の酋長や、サンテ・スー族とフランス人の混血斥候 ()(どちらも戦死した)も、「スー族の数が多すぎるから、気を付けるように」と何度も何度もカスターに忠告していた。 彼ら斥候は戦力面での不利をみて、遺品をカスターに預けるなどして戦死を覚悟した。 このとき野営していたインディアン部族は、友好同盟を結んだとの、、族の連合軍で、(ハンクパパ・スー族)、(オグララ・スー族)、(シャイアン族)などの著名な戦士が参加していた。 彼らは宗教行事「」と、激しくなる一方の白人の政策に対する今後の方針を合議すべく、会議のを建て、連日話し合いが行われていた。 彼らの側を流れる川は、油ぎってべとべとする草が密生していたため、インディアンたちは「油っこい草の川(グリージーグラス川)」と呼んでいた。 6月25日、日曜日の正午までに、カスター隊は野営のそばに到着した。 一方、インディアン側もすでに斥候の報告で、カスター隊の接近にとうに気付いていた。 朝から彼らの野営のあちこちには、近づく戦に備えて準備するように、との伝令が回っていた。 インディアンたちは夜遅くまで踊りに参加していて、昼前まで寝ているものも多かった。 昼頃になると、暑さのためにインディアン達は動きを止め、のんびりと馬に草を食ませたり、年少の戦士は川で水浴びをしていた(、、らの証言)。 リノ隊の進軍経路。 グリージーグラス川の左岸を進み、一大野営地の前でハンクパパを奇襲し、撃退されて右岸側へ逃げ、ベンティーン隊と合流した カスターの副官は、「慎重にいくべきです」と進言したが、手柄に逸るカスターはこれを聞き流し、本隊を三つに分け、リノ隊を渡河させてを行わせた。 まずリノ隊はハンクパパ族の野営に襲いかかったが、ハンクパパ側にオグララ族が加勢したちまち撃退された。 ブラッディ・ナイフや、ら斥候がこのとき戦死し、草に火を放たれたリノ隊は煙に巻かれて散り散りとなった。 クレイジー・ホースらオグララ族は敵の数の少なさを見て用心し、敵の動きを読んで野営地を挟む川の下流側へと進んだ。 ゴールらハンクパパ族は、川を渡ってディープ峡谷の方角へ馬を進めた。 第7騎兵隊の進軍経路 Aはカスター隊、Bはリノ隊、Cはベンティーン隊、Dは隊、Eは隊 こうしてリノ隊がグリージーグラス川の上流でインディアン部隊と戦っている間に、カスターは独断で総攻撃を命じた。 カスター隊は川の東側から南に向けてメディシン・テイル峡谷を越え、ディープ峡谷を越えるあたりでゴールの一隊の攻撃を受けた。 ゴールらが北方の下流へとカスター隊を追い詰めていく間に、インディアン連合部隊は反対側に進撃、カスター隊は南北から挟み撃ちになった。 こうして逃げ場を失ったカスターの本隊は全滅し、結果、カスターもろとも直属の225名が全員戦死した。 インディアン側では、スー族だけで136人戦死し、160人が負傷した(他の部族は詳細不明)。 インディアンたちはさらにリノ隊を追い詰めたが、その時、ギボン隊の到着が見え、インディアン隊は退却することとした。 こうしてこの世紀の戦いは終わった。 しばしば「インディアン側による奇襲、虐殺」と語られるが、インディアン達は儀式や会議のために集まっていたのであり 、戦を始める準備をしていたわけではない。 戦いは突然カスター側から仕掛けられたのであり、や、リノを始め、当事者は「奇襲したのはカスターのほうである」と口を揃えて証言している。 インディアン側も上記のように多数の戦死者を数えており、一方的な虐殺であったわけでもない。 (彼は戦いそのものには参加していない)はこの戦いの直前に単独で(太陽の踊り)を行い、「大勢の白人との戦闘が起こり、青い服を着た白人達(青い制服を着た第7騎兵隊)が、天から真っ逆さまに落ちていくヴィジョン(幻視)を得た」と述べている。 カスター隊は、多数の「インディアン斥候()」を投入した。 ほとんどが、と長年にわたって敵対していた、、たちだった。 スー族の酋長は、この戦いの中で幼い頃からの宿敵だったブラッディ・ナイフ酋長を殺した。 アリカラ族は、現在でもで「ブラッディ・ナイフ酋長の踊り」を舞い、この酋長の武勇を称えている。 カスター隊の敗因 [ ] 包囲されたカスターの部隊 カスター配下の「第七騎兵隊」は、構成員が東欧などからのいわゆる「遅れてやってきた移民」たちであり、戦いの間際には平原をひたすら行進する部隊活動に疲れきっていて、士気はかなり低下していた。 部下の大尉が軍事裁判で提出した、カスターが最後に書き残したメモには、「(弾薬の)包みを持ってきてくれ」とある。 のちに裁判で吊るし上げになったリノは、「第七騎兵隊は一人につき124発しか装備しておらず、輸送馬車には2万4000発以上の弾薬が残してあった」と証言している。 対するインディアン側は、戦場に残された薬莢の数から考えて(カスター隊は45口径の単一のカートリッジを使用していたので、それ以外の弾丸や薬莢は全てインディアン部隊のものと判断出来る)カスター隊の4倍もの銃を装備していた。 その種類は極めて多彩で、上記の調査からも47種類以上の銃が使用されていたと考えられている。 またカスター隊が単発式のを使用していたのに対し、インディアン側は威力や射程距離、命中精度では劣るものの連射速度で遙かに勝る(の原型)や弓矢、戦斧を使用しての接近戦を挑み、カスター隊の唯一の長所を帳消しとした。 また、先込め式の旧式銃も多く、地面に落ちた弾丸を詰め直して撃つことも出来た。 その結果、戦闘は始まると同時に一方的な展開となり、カスター隊は2時間と経たないうちに追い詰められて全滅することとなった。 インディアン達は慣れ親しんだバッファロー狩りのテクニックを応用し、騎兵隊を分散・孤立化させ、追いつめたのである。 かなり美化されて描かれた「カスター最期の戦い」 この一方的な戦況は虐殺として伝えられた。 有名なものがである。 またカスターの副官であったは、敗戦後の軍事裁判で、この敗戦の責任を一人で負わされることとなった。 新聞各紙もまるでリノの失態でカスターが死んだかのように書きたてた。 戦場の名称変更と、インディアン記念碑の建立 [ ] 戦後すぐ、この戦場は「カスター国立記念戦場(The Custer Battlefield National Monument)と名づけられて国立公園に組み入れられ、「第7騎兵隊記念碑(The cavalry memorial)」が建てられた。 第7騎兵隊記念碑 1927年、これに対してのトーマス・ビーバーハート夫人が米国陸軍省に書き送った嘆願書がきっかけとなり、スー族やは「ここでカスターと戦ったのは我々であり、戦場はリトルビッグホーン(本来はこの地に住むクロウ族の呼び名が基になっている)と呼ぶべきで、また我々インディアンの記念碑も建てるべきだ」と抗議を続けていたが、これは全く無視され続けた。 やがて1960年代の公民権運動の高まりと呼応して、次第にこの抗議の声も大きくなっていった。 シャイアン族を讃える記念碑 1991年、アメリカ議会はこの要求を受け入れ、「カスター国立記念戦場(The Custer Battlefield National Monument)を、「リトルビッグホーン国立記念戦場()と改名する法律が議決され、はこれに署名し、「彼らの土地と文化を維持するために戦ったインディアン達を認め、敬意を表するために、この記念碑の建立は、公共の利益をかなえる最良のものです。 」と発表した。 が、議会はその後10年にわたり、名称変更に伴う費用230万ドルを支出しなかった。 2001年9月、ようやく上下院で予算要求が通ることとなり、奇しくも父親の署名法案を息子のが実行する形となった。 2003年6月25日、晴れてこの古戦場の改名と共に「リトルビッグホーン戦場記念碑」と「インディアン記念碑」が建立され、白人とインディアンを交えた完成式典が行われた。 スー族、シャイアン族、アラパホー族、そしてかつて敵として戦ったクロウ族、アリカラ族、ポーニー族代表団が騎馬正装で出席。 数千人のインディアンが集まり、幾百のが建てられ、盛大な祝宴が催された。 この決議に尽力したインディアン初の上院議員(彼はである)はこの祝典に出席し、「長い間否定され続けてきたインディアンの人々が、対等な栄誉を受ける時代になったのですね」と賛辞を述べた。 関連作品 [ ]• 『』 - 1941年のアメリカ映画、出演は(カスター)、(クレージーホース)。 『』 - 1970年のアメリカ映画。 監督、主演。 リトルビッグホーンの戦いが登場する。 カスター将軍はが演じている。 『』(カスター将軍の最期) - 主人公2人が知り合った兵士にリーノウ隊に入るよう薦める。 『』 - ベトナム戦争序盤のを描く。 原作にて似ている状況になぞらえ「これはリトルビッグホーンの戦いだ」等と兵士に言われる。 「リトルビッグホーンの戦い 第七騎兵隊の悲劇」 -。 、、紙。 126p-127p所収• 『』 - たち仕事人がタイムスリップし、インディアンの世界に迷い込む物語。 当作では第七騎兵隊は仕事人の活躍によって全滅したという設定になる。 『』(漫画) - 第5話「リトル・ビッグホーンの悪魔」不動明と飛鳥了がタイムスリップし、インディアンの世界に迷い込む物語。 冒頭でカスター将軍の写真と説明が添えられており「自称カスター将軍と名乗る出世欲のかたまりのようなこの人物はインディアン討伐によって将軍になるべく第七騎兵隊を率いていた」と紹介されている。 途中でウォシタ川の惨殺を経て終盤、第七騎兵隊はデーモン(悪魔)に操られていると説明されるがカスター将軍は第七騎兵隊もろとも怒り狂ったデビルマンに殺される(同巻に収録された「ベルサイユの妖妃」ではマリー・アントワネットにとりついたデーモンだけを引きづり出して殺している)。 最終頁ではウォシタ川事件とリトルビッグホーンの戦いをワンセットにして脚色した旨が綴られている。 脚注 [ ].

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どの役が好き?癒し系俳優ベン・ウィショーが演じた個性的な10人

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webDICEではジェシカ・ハウスナー監督のインタビューを掲載する。 今作に主演するエミリー・ビーチャムは第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で主演女優賞を受賞した。 また主人公アリスの同僚役としてベン・ウィショーが出演している。 バイオ企業で新種の植物開発に取り組む研究者のアリスは、息子のジョーと暮らすシングルマザー。 シングルマザーの主人公が住む家や、実験が行われる温室といった美術、そして日本の作曲家、伊藤貞司の音楽もSF的な設定ににリアリティと寓話的ムードの双方を与えている。 「働く女性は皆、多少なりとも非難のこもった口調で、『それで、誰が子供の面倒を見ているのですか?』と聞かれたことがあるでしょう。 どんな人でも、他者やその個人でさえ完全に理解しきれない秘密を隠し持っています。 私たちの中に奇妙なものが思いがけず生まれ、親しんでいたはずのものが奇異に映る。 知っているはずの人が突然別人に思える。 身近だと感じていたものほど遠く離れてしまう。 そして、お互いを理解したいという思い、共感、共生への欲求が満たされることはなくなってしまう。 そういった意味で本作は人の中に存在する奇妙なモノの比喩と言えるでしょう。 観客がストーリーを解釈する上でさまざまな可能性を提供したいと思いました。 人々の変化は、精神的な心理状態、または吸入した花粉の影響によるものだと説明することができます。 はたまた、それらの「変化」は実は存在せず、ベラやアリスの妄想とも考えることができるかもしれません。 そして、脚本を書くときの最大の課題として、シーンに曖昧さを残すことでその時々に観客が違った答えを見つけ出せるようにしました。 ジェラルディンと私は、これまでにも似たようなドラマツルギーの課題に取り組んできました。 『ルルドの泉で』では、奇跡の存在もしくはその不在に説得力を持たせる必要があり、その点に注力しました。 結果としてヴェネチア国際映画祭で賞を受賞することができました。 一人の母親の物語でもあります。 働く女性は皆、多少なりとも非難のこもった口調で、「それで、誰が子供の面倒を見ているのですか?」と聞かれたことがあるでしょう。 主人公は仕事と育児の間で板挟みになっています。 そのため二人の子供への感情が混ざり合い、子供(達)を蔑ろにしたり、失ったりしたくないと願いつつ、最後にアリスはどちらかの子供を選ぶことになります。 安全性を確保するために、この不測の事態から身を守るべきだと主張する意見もあれば、すべてはコントロール下にあると主張する意見もあります。 どちらかに与するつもりはありません。 私は、一方では科学の発展によって、もう一方ではインターネット上で広まっている部分的な真実によって生み出されている、現代社会のこうした側面に強い興味を抱いています。 そして、科学者でさえも確実に証明することはできず、推測することしかできないという不気味な理解へと至ると……あらゆる陰謀理論のよき温床となるのです。 お伽話的な性質がこの映画には必要でした。 たとえば、色彩にはミントグリーンと白、そして花の赤、極端に言えば幼稚にも見えるこの配色で、映画におとぎ話や寓話的なムードを演出しています。 ここでアリスの赤いマッシュルームヘアは非常に重要なポイントで、この演出を象徴しているとも言えるでしょう。 彼女は監督のすべての作品に関わってきています。 ターニャの衣装からは、映画の時代背景を簡単に特定することさせないようにしました。 そして、ばかげたドレスや大きすぎるスーツなど、ユーモアを含んでいることも重要です。 観客は、断片的な要素しか見せられていないことに気付くでしょう。 そして、その背後にあるもの、何がおかしいのか、見えないところで何が起こっているのか、自問を始める。 私たちのカメラアングルとストーリーテリングはこの自問を強調しています。 何が見えていないのか。 画面外に隠されたものは何なのか。 たとえば、ベラが「異変を引き起こしたのはリトル・ジョーの花粉だと思う」と言うシーンでは、カメラが彼女に近づき、そして通り過ぎる。 ここで、ベラが私たちに答えを提供できる人物ではないというかのように、彼女の権威に対するわずかな失望や疑念を感じさせるのです。 1940年代にマヤ・デレンの実験映画のために音楽を制作していた人物ですが、なぜ彼の音楽を使用しようと思ったのですか? 私が映画音楽らしい音楽を扱うのは本作が初めてです。 マヤ・デレンは、映画史を通して私に最も影響を与えた監督と言えるでしょう。 彼女の編集スタイル、ステージング、そして音楽に魅せられてきました。 刺激的で、感情を生み出し、恐怖を感じることさえありますが、抽象的でもある。 見る人を引き込み、同時に押し戻すのです。 伊藤貞司のアルバム『Watermill』でこの3曲を聴いたとき、すぐにそれが私たちの映画のために作曲されたものだと思いました。 すでに絵コンテの時点で私の頭には彼の音楽があり、どのカメラの動きにどの音楽を合わせるかがわかっていました。 それもあって、撮影中は、映画のリズムやストーリーにも彼の音楽が大いに影響したと思います。 母国語で無い言語での映画製作について、いかがでしたか? 英語で仕事をするのがこんなにも素晴らしいものかと驚かされました。 ドイツ語では難解だったり、ふざけた感じだったりに聞こえてしまうことが、英語ではシンプルでドライな感じに表現できると感じています。 私は母国語以外の言語で撮影すると本当によく集中できるので、非常に楽しいです。 人工的に品種改良されているのはどんな植物なのか、その理由、そしてこの科学の市場。 人々が植物に何を求め、何が売れるのか。 研究におけるトレンドや方向性。 何が科学に利益をもたらし、何が経済に利益をもたらすのか。 もちろん食用作物の最重要テーマは、植物の耐久性と回復力の開発です。 しかし、観賞用の植物においては、「香り」のような主観的なものが多くの研究の焦点となっているが面白いです。 実際、このユートピアは存在します。 植物の香りは人を幸せにするのです。 ほとんどの場合、花は美しいもので、その香りをかいだ先には笑顔があり、それは花というアイディアそのものでもあります。 花は美しく、かぐわしい。 ただし研究の過程で、本当の意味での「いい香り」とは何か、わからなくなるのです。 なぜなら誰もが異なる香りの好みを持ち合わせているから。 そこから誰もが幸せになる香りを放つ花というアイディアが生まれました。 それは、まるで錬金術の如き、科学者の紡ぐ魔法なのです。 さらに、ストーリーに待ち受ける破滅を予感させるには、素晴らしい香りから生まれる邪悪な脅威が必要でした。 私は植物遺伝学と人類遺伝学に精通した科学者数名と、脳の専門家にコンタクトを取り、植物が人間を感染させることが可能なのか、またその場合、どのようにして感染するのか仮説を立てることにしました。 この繋がりを見出すのがもっとも困難でした。 彼らは、ウイルスであれば可能だという仮説をくれました。 ウイルスには十分な柔軟性があり、植物ウイルスからヒトウイルスに突然変異する可能性があるというのです。 これが現実に起こる可能性は極めて低いものの、起こらないとは限らない。 そして、この仮説がストーリーを組み立てる基礎となりました。 また、脳の研究をしている神経科学者ジェームズ・ファロン氏が向精神薬を鼻から吸入できるという仮説を提唱してくれたため、これが私たちのアイディアを裏付けてくれました。 オランダは草花栽培の分野で非常に専門的かつ最先端のテクノロジーを持ちあわせているのです。 世界最大の花市場であるロイヤルフローラホランドは目を疑うほどの巨大な事業で、花を積んだ無数のコンピューター化された台車が走り回っている光景は、まるで「素晴らしい新世界」(1932年オルダス・ハクスリー著)のディストピアを彷彿とさせます。 誰にもその結果を完璧に予測することはできませんが、それでも試みは成されるのです。 本作では、花の香りを吸い込んだ当事者が幸せなのだから、発明としては成功と言えるでしょう。 しかし、その代償は……これらの矛盾や相反する状況、永遠に元に戻すことができない「ゴルディアスの結び目」 注 が私の興味を最もかきたてるテーマなのです。 注 …古代アナトリアにあったフリギアの都ゴルディオンの神話と、アレクサンドロス大王にまつわる伝説。 この故事によって、手に負えないような難問を誰も思いつかなかった大胆な方法で解決してしまうことのメタファー「難題を一刀両断に解くが如く」(英: To Cut The Gordian Knot として使われる。 引用:wikipediaより (オフィシャル・インタビューより) ジェシカ・ハウスナー(Jessica Hausner) 1972年、オーストリアのウィーンで生まれた。 The Film Academy of Viennaで監督業を学び、在学中に映画賞受賞作の短編『FLORA』(96)、『INTER-VIEW』 99 を制作した。 2001年、長編初監督作『Lovely Rita ラブリー・リタ』 01 がカンヌ国際映画祭ある視点部門に出品され、二作目の『Hotel ホテル』(04)も再びカンヌ国際映画祭ある視点部門で上映された。 2009年、『ルルドの泉』がヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞。 2014年には『AMOUR FOU 原題 』が再びカンヌ国際映画祭ある視点部門でプレミア上映された。 『リトル・ジョー』はジェシカ・ハウスナー監督の長編第5作目であり、初の英語作品である。

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