有心論。 有心論 歌詞 RADWIMPS( ラッドウインプス ) ※ gma.amritasingh.com

有心(うしん)とは

有心論

歌論用語。 で,深い心があること。 歌合判詞 うたあわせはんじ などで「心あり」というのも,ほとんど同じ概念。 論にも転用される。 延喜 16 916 年に行われた『亭子院歌合』に「有心の人無心の人」という例があるが,これをも含めて,平安時代の有心は,のあることのの日語だった。 鎌倉時代初期,藤原定家が「」を設定し,その一体にを加え,しかも歌論書『』で,有心体をほかの九体に超越するすぐれた体であると説いて以来,定家歌論を支える美的として重視されるにいたった。 「心」は「詞」に対する語で,和歌では広くモチーフ,発想の仕方,表現された思想内容などを意味するから,「有心」「心あり」という語も,評せられた作品ごとにかなりの幅をもつと考えられる。 『毎月抄』の記述からは,詩想を澄まして,観念の世界で詠むべき対象と融合一致し,その真情をこめるという表現行為,およびそうして得た境地を,「有心」「心あり」といったと解される。 ,妖艶美はこういう表現行為の結果得られる美で,有心そのものではない。 一般には自然、人事を問わず対象に深い理解をもつことで、そのため思慮がある、情を解するなどの意味となり、その逆が「無心」である。 歌の場合、平安時代以降は題詠が普通なので、対象となる題の「本意 ほんい 」すなわち題の真実の性質・状態と考えられていたものに深い理解を示すことが有心とされた。 しかも当時の詠歌法は「風情 ふぜい 」(趣向)の巧拙を主眼としたので、有心とはまず巧緻 こうち な風情を意味し(『天徳 てんとく 四年内裏 だいり 歌合』〈960〉の8番の判詞 はんし など)、ついで表現された情意の深さとされた。 平安末期になると、この風情中心の詠歌法が変革され、風情よりも、風情を巡らす心の働きに反省が向けられる。 すなわち、題の本意を単に知的に扱うのではなく、情意を込めてそのなかに没入し、深奥にある、ことばでは言い表せないものを感得することが要求された。 この新しい心の働きを第三の有心とよんでよい。 しかし承久 じょうきゅう (1219~22)前後からまた厳しい批判や反省がおこり、上記の有心を「やすやすとありのまま」(『八雲御抄 やくもみしょう 』)に表現することが奨励された。 定家作と伝える『毎月抄 まいげつしょう 』の有名な有心論もこの段階のものである。 その後、幽玄は優美・典雅といった審美的な意味に変わり、歌の本質または理想の境地として位置づけられるが、それとともに有心も歌論の中心課題となった。 ことに後者は、用語の問題ではあるが、有心の語を捨てて「無心」をとり、有心論の極致としての無心論に到達しているのが注目される。 [田中 裕] 出典 小学館 日本大百科全書 ニッポニカ 日本大百科全書 ニッポニカ について の解説.

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【音樂】RADWIMPS

有心論

歌論用語。 で,深い心があること。 歌合判詞 うたあわせはんじ などで「心あり」というのも,ほとんど同じ概念。 論にも転用される。 延喜 16 916 年に行われた『亭子院歌合』に「有心の人無心の人」という例があるが,これをも含めて,平安時代の有心は,のあることのの日語だった。 鎌倉時代初期,藤原定家が「」を設定し,その一体にを加え,しかも歌論書『』で,有心体をほかの九体に超越するすぐれた体であると説いて以来,定家歌論を支える美的として重視されるにいたった。 「心」は「詞」に対する語で,和歌では広くモチーフ,発想の仕方,表現された思想内容などを意味するから,「有心」「心あり」という語も,評せられた作品ごとにかなりの幅をもつと考えられる。 『毎月抄』の記述からは,詩想を澄まして,観念の世界で詠むべき対象と融合一致し,その真情をこめるという表現行為,およびそうして得た境地を,「有心」「心あり」といったと解される。 ,妖艶美はこういう表現行為の結果得られる美で,有心そのものではない。 一般には自然、人事を問わず対象に深い理解をもつことで、そのため思慮がある、情を解するなどの意味となり、その逆が「無心」である。 歌の場合、平安時代以降は題詠が普通なので、対象となる題の「本意 ほんい 」すなわち題の真実の性質・状態と考えられていたものに深い理解を示すことが有心とされた。 しかも当時の詠歌法は「風情 ふぜい 」(趣向)の巧拙を主眼としたので、有心とはまず巧緻 こうち な風情を意味し(『天徳 てんとく 四年内裏 だいり 歌合』〈960〉の8番の判詞 はんし など)、ついで表現された情意の深さとされた。 平安末期になると、この風情中心の詠歌法が変革され、風情よりも、風情を巡らす心の働きに反省が向けられる。 すなわち、題の本意を単に知的に扱うのではなく、情意を込めてそのなかに没入し、深奥にある、ことばでは言い表せないものを感得することが要求された。 この新しい心の働きを第三の有心とよんでよい。 しかし承久 じょうきゅう (1219~22)前後からまた厳しい批判や反省がおこり、上記の有心を「やすやすとありのまま」(『八雲御抄 やくもみしょう 』)に表現することが奨励された。 定家作と伝える『毎月抄 まいげつしょう 』の有名な有心論もこの段階のものである。 その後、幽玄は優美・典雅といった審美的な意味に変わり、歌の本質または理想の境地として位置づけられるが、それとともに有心も歌論の中心課題となった。 ことに後者は、用語の問題ではあるが、有心の語を捨てて「無心」をとり、有心論の極致としての無心論に到達しているのが注目される。 [田中 裕] 出典 小学館 日本大百科全書 ニッポニカ 日本大百科全書 ニッポニカ について の解説.

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有心論

歌論用語。 で,深い心があること。 歌合判詞 うたあわせはんじ などで「心あり」というのも,ほとんど同じ概念。 論にも転用される。 延喜 16 916 年に行われた『亭子院歌合』に「有心の人無心の人」という例があるが,これをも含めて,平安時代の有心は,のあることのの日語だった。 鎌倉時代初期,藤原定家が「」を設定し,その一体にを加え,しかも歌論書『』で,有心体をほかの九体に超越するすぐれた体であると説いて以来,定家歌論を支える美的として重視されるにいたった。 「心」は「詞」に対する語で,和歌では広くモチーフ,発想の仕方,表現された思想内容などを意味するから,「有心」「心あり」という語も,評せられた作品ごとにかなりの幅をもつと考えられる。 『毎月抄』の記述からは,詩想を澄まして,観念の世界で詠むべき対象と融合一致し,その真情をこめるという表現行為,およびそうして得た境地を,「有心」「心あり」といったと解される。 ,妖艶美はこういう表現行為の結果得られる美で,有心そのものではない。 一般には自然、人事を問わず対象に深い理解をもつことで、そのため思慮がある、情を解するなどの意味となり、その逆が「無心」である。 歌の場合、平安時代以降は題詠が普通なので、対象となる題の「本意 ほんい 」すなわち題の真実の性質・状態と考えられていたものに深い理解を示すことが有心とされた。 しかも当時の詠歌法は「風情 ふぜい 」(趣向)の巧拙を主眼としたので、有心とはまず巧緻 こうち な風情を意味し(『天徳 てんとく 四年内裏 だいり 歌合』〈960〉の8番の判詞 はんし など)、ついで表現された情意の深さとされた。 平安末期になると、この風情中心の詠歌法が変革され、風情よりも、風情を巡らす心の働きに反省が向けられる。 すなわち、題の本意を単に知的に扱うのではなく、情意を込めてそのなかに没入し、深奥にある、ことばでは言い表せないものを感得することが要求された。 この新しい心の働きを第三の有心とよんでよい。 しかし承久 じょうきゅう (1219~22)前後からまた厳しい批判や反省がおこり、上記の有心を「やすやすとありのまま」(『八雲御抄 やくもみしょう 』)に表現することが奨励された。 定家作と伝える『毎月抄 まいげつしょう 』の有名な有心論もこの段階のものである。 その後、幽玄は優美・典雅といった審美的な意味に変わり、歌の本質または理想の境地として位置づけられるが、それとともに有心も歌論の中心課題となった。 ことに後者は、用語の問題ではあるが、有心の語を捨てて「無心」をとり、有心論の極致としての無心論に到達しているのが注目される。 [田中 裕] 出典 小学館 日本大百科全書 ニッポニカ 日本大百科全書 ニッポニカ について の解説.

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