千と千尋の神隠し よきかな。 『千と千尋の神隠し』の8つの謎とは?知れば知るほど面白い!

千と千尋の神隠し【謎解き・考察】~宮崎駿が伝えたかった事~

千と千尋の神隠し よきかな

天の真理と人心の純化 昨夜テレビを観ていると、『千と千尋の神隠し』の再放送があったので、妻と二人で観ていた。 私たち夫婦は、自分たちの実生活上で起こる想いの動きはもちろんのこと、テレビや映画、小説・その他書籍、音楽・絵画その他芸術等々の人造作品や、宇宙創造エネルギーや地球大生命が創造した宇宙・大自然等、なんでも宇宙真理に照らし観て感想をシェアし合う習慣があるので、『千と千尋の神隠し』もそうした観点から観て、現実の人間界へ向けたメッセージが随処にちりばめられていることを、交互に語り合いながら観ていたのだった。 製作者の方々が映画をつくるにあたっては、天のメッセージを降ろして普及する意図など、たぶんまったく持ってはいなかっただろうけれど、この映画にかぎらず、真理のひびきに合致する内容の作品(人がつくるすべてのもの)には、その制作者たちの背後(内奥)にて、天の諸神善霊が働きかけて、人心の純化をはかっているものなのである。 その在り方(神性の顕れ方)は、けっして押しつけがましくなく、他者を楽しませたり、喜びを共有し合ったり、感動を呼び起こしたりするひびきのなかに、何気なく真理のスパイスやエッ センスが効いているというような、控えめかつ地味な在り方なのである。 『千と千尋の神隠し』を観て感じていたこと ここで私たちが、『千と千尋の神隠し』の物語のなかで、真理のひびきが人間界へのメッセージとしてどのように顕れていると観じたかを、幾つかかいつまんで紹介したいと思う。 神域の世界から観れば、本当はすべての人に罪はないのだけれど、現代のこの世に生きる人々の間では、宗教的思想の有無にかかわらず、「人間の本性とは、どうしようもない(罪深い、性悪な)ものだ」との認識が一般化してしまっている。 そこで千尋がブタになった両親に話しかけるが反応してもらえず、ハクのほうを振り向き言葉を待つときに、ハクの語った言葉が現在人間界に生きる人々の姿を示唆している。 千尋が「病気かな?ケガしている?」と尋ねるとハクは、「いや、お腹がいっぱいで寝ているんだよ。 人間だってことは、今は忘れている」と答えた場面のことで、その場面は、カルマ想念の闇に安住してしまって、本来の神性人類である意識を眠らせてしまっている肉体人間の姿に重なって観えたのだった。 この世界の決まりだからね。 両親のことも、ボーイフレンドの竜のことも自分でやるしかない」と言われ、「でも、何かヒントをもらえませんか?ハクと私、ずっと前に逢ったことがあるみたいなんです」と千尋が伝えたとき、 銭婆 ( ゼニーバ )が「じゃあ話が早いよ。 一度逢ったことは忘れないものさ、思い出せないだけで……」と伝えた言葉が、生命意識そのものの光の本心本体へ回帰しようとしている人間たちに、希望を抱かせる言葉だと感じたのだった。 千尋がリンや 釜爺 ( かまじい )のバックアップを受けながら、大量の薬湯で オクサレ様 ( 河の神 )の体を流していると、人間が捨てた自転車やその他諸々の生活用品、粗大ごみのようなものが オクサレ様 ( 河の神 )の体から流出してきて、スッカリ体の汚れが清められた際には、老翁の竜になって現れ、千尋を「 善哉 ( よきかな ) 善哉 ( よきかな )」という言葉で労い、喜びをあらわにして、 歓喜雀躍 ( かんきじゃくやく )天空の彼方に飛び去っていったのだった。 その場面を観ていて、しみじみと感じたことは、人間たちは、川や山・海などの自然や、植物や動物・昆虫類・魚介類等々に人間のような意識のあることを認めていないけれど、すべての存在には精霊が宿っていて、人間たちの傍若無人なる振る舞いによって、 汚 ( けが )されたり、傷つけられたりしていて、かなり疲弊しているということだ。 人類が意識進化すると天地がよみがえる それはメルヘンッチックな空想の話などではけっしてなく、とても 現実的 ( リアル )な、肉体人間がここに存在している以上に、アリアリとハッキリ実在している存在なのだ。 人類が次元上昇を果たすと、そうした存在たちの本来の輝きや清らかさ、新陳代謝力がよみがえり、天地そのものが生き生きとよみがえるのである。 そうした場面を観ていて、「これからも 人 霊止 として生きつづけることを選択するなら、私たち人類は誰もが、そうした人間以外の生きとし生けるもの、ありて在るすべての存在の なか ( 内奥 )にも、本来の生命が神々天使、諸精霊として息づいていることを、心して想い直し、認識を改めなければならないのだなあ」と感じたのだった。

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油屋はあの「夜の店」だった!?千と千尋の神隠しの気になる都市伝説

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下記クリックで好きな項目にジャンプ• 【千と千尋の神隠し】おしら様がエレベーターで千尋を助けたのはなぜ? 冒頭でも書いたように、千尋が湯婆婆に会いに行くときのエレベーターで、おしら様は千尋のピンチを救いました。 蛙は「ウマそなニオイがする」なんて言っていましたが、彼らにとって「人間は食べ物の認識」なんでしょうか?(怖いですねw) 面倒役のリンがうまい具合にエレベーターに乗せたかと思えば、すかさずおしら様が乗り込む連携技。 上手い感じで千尋はおしら様に助けられ、無事に蛙に見つかることなく上の階へ向かいます。 なぜおしら様が千尋を助けてくれたのか、ネットや個人的な意見をまとめてみました。 千尋を助けた私の大好きなおしら様がオクサレ様がでてった後に喜ぶ姿が最強に可愛いのでみんな見逃さないでね!!! — いかり kumar98r 初対面ではありますが、なぜか千尋が気になってしまってなんとなく加担したパターンですね。 千尋はハクやリン、カオナシや銭婆(ゼニーバ)、坊など多くの人から好かれています。 恐らく千尋は誰にでも好かれる素質があるのかもしれません。 で、おしら様も例外ではなく千尋をみて気に入ったので同じエレベーターに乗ったの可能性も考えられます。 実はおしら様は女や子供の守り神的な役割を持っているとのことなので、千尋を守ってもおかしくはないです。 それ、私も気になった。 元々おしら様は上に行きたかったようですし、ただ単にエレベーターに乗っただけで、結果千尋が助かっただけというのも考えられます。 個人的には 「偶然助けた」という形になった可能性的に高い気がします。 確かに「子供好き」みたいな感じの雰囲気は出ていますが、流石に急に会った人間を助けるほどの考えは持っていなさそうですが・・・。 最上階の『天』に到着したおしら様は、周辺を見渡しただけでエレベーターから降りずに、またエレベーターでどこかへ言ってしまいました。 なぜ、 おしら様は最上階の天まで千尋と共に行ったのでしょうか? こちらについても考えてみました。 千尋が湯婆婆のところに無事到着したかを見届けるためについて来たという考えですね。 ボーッとしているようで、全てお見通しだったってことも神様ですからあるかもしれません。 ネットではこの考えが1番多いようです。 最上階についてすぐ辺りを見渡しますが、何も面白そうなものがないと分かるとすぐに帰って行きましたからね~w 僕もこのパターンが1番有力な気がします。 千尋がいて二天では降りられなかった? これは完全な僕の憶測の話ですので参考までに。 もしかしたら、おしら様は天の1個前の回の『二天』という場所で降りたかったのではないかと考えました。 全然裏付けがありませんが、二天という場所は、 『神様達がサービスを受ける場所』という解釈が千と千尋ファンの一部でささやかれているからです。 本当は二天で降りたかったんですが、千尋が居た手前降りることが出来なかった。 で、 結局『天』まで来てしまったとも考えられます。 最上階で周囲を見てたのはカモフラージュで、本当は最上階になんか興味がなかったのではないでしょうか? リンが「レバーを引いてください」的なことを言ったのに全く動かなかったおしら様が、二天では率先してレバーを引いています。 もしかしておしら様は、自分の行動がバレそうで焦っちゃったんでしょうか?w 二天を過ぎた後に千尋を見るシーンがありますが、 「二天に行こうとしたことバレてないかな・・。 」的な感じだったのかもしれませんねw まぁ、二天のことも公式では明言されていませんので、僕個人の冗談として受け止めてください。 関連: 【千と千尋の神隠し】おしら様がエレベーターで千尋を助けた理由まとめ おしら様はエレベーターで千尋を助けましたが、 偶然の可能性が高そうです。 ただ、おしら様は子供好きという情報もあるので、「千尋を守ってやらないと」という感情もゼロではないかもしれません。 個人的には二天に行くつもりが、 「結果的に千尋を助けた」というのが面白いなと思っています。 だとしたらおしら様は、千尋を最上階で降ろした後、速攻で二天に直行していることでしょうw.

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千と千尋の神隠しの好きなシーンと好きな曲(好きな音楽)は?【好きすぎるファンの生の声を紹介(好きな場面)】

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」 これは、既に視聴された人にとっては朝飯前の内容でしょう。 となると、湯婆婆のもとで千尋が名前を取られて「千」として働いていたこと。 これはすなわち「千」という 源氏名で 千尋が遊女として在籍していたという捉え方もできて、一応筋は通るようにも思えます。 「油屋」に通っている客も心なしか、男性が多い感じですしね。 ちなみに「千と千尋の神隠し」の監督を務めた宮崎駿は本作品に対し、次の衝撃的なコメントを放っています。 つまりは、本作品で登場する「油屋」が「 夜の店ではないか」という都市伝説の信憑性が日増しに高まっていてもおかしくないと言えるでしょう。 とは言え、実際に遊女としての働きをするような場面もそれを匂わせるような描写もなく あったら問題な気もしますが… 、真偽の程は映像からでは判断できかねるところ。 よって、この都市伝説の真偽は明らかにはなっていません。 ですが信憑性自体はかなり高そうで、この話しは胸の内にそっと閉まっておいた方が賢明かもしれません… 不気味な存在「カオナシ」にはモデルがいたという都市伝説 「千と千尋の神隠し」では全体的に一癖ありつつ濃いキャラが多い印象ですよね。 そんな中、ひと際視聴者に衝撃的なインパクトを残したのは「 カオナシ」ではないでしょうか? あの変な鳴き声のような「 あ、あっ…」というセリフは作品を観終わった後も耳に残り続けました。 さらに、千尋から好かれるためにカオナシが凶暴化した場面もかなり印象的で、作品の予告シーンに選ばれたのも納得です。 最後、銭婆のもとで新しい居場所を見つけて嬉しそうなカオナシの姿は個人的に好きなシーンの1つ。 そんなカオナシですが…なんと「 実在する人物をモデルにしていた」という信じがたい都市伝説が存在するのです。 Sponsored Link その人物とは宮崎駿監督と同じく、スタジオジブリの「 米林宏昌」監督。 平成22年に公開された「借りぐらしのアリエッティ」の監督としても、だんだん知名度が上がってきた彼。 そもそもこの都市伝説、スタジオジブリの製作者・鈴木敏夫氏がコメントしたものになります。 実際に 米林監督とカオナシを比べてみると… 確かにどことなく雰囲気は似ているような気がします。 ちなみにこの「カオナシ」。 監督である宮崎駿氏の談によると当初は 脇役として設定されていたようですが、途中から主要なキャラクターに路線変更したとのこと。 確かにあのキャラクターは脇役としてはあまりにもインパクトが強すぎるかと思います。 「千と千尋の神隠し」のラスト。 千尋はなぜ湯婆婆の試練をクリアできたのか? 「千と千尋の神隠し」のラストシーンで、千尋は湯婆婆から「 最後の試練」を与えられます。 その試練とは、目の前に並ぶ 瓜2つの豚たちの中から両親を当てるというもの。 しかし千尋は彼らの中に両親が含まれていないことを湯婆婆に伝えます。 それがすなわち正解。 千尋は無事にもとの世界へと帰っていくことができたのですが、なぜ千尋にそのことが分かったのでしょう? フィーリングと言ってしまえばそれまでですが、彼女はどこでこのような感覚を身につけたのか? これはあくまで想像ですが、千尋は迷い込んだ世界の中で様々な人と触れ合い、経験をし… さらにハクと出会ったことで 豊かな感受性を身に付けたのではないかと推測されます。 その成長によって見事、湯婆婆の試練を成功に導いたのでしょう。 千尋が湯婆婆のテストを無事突破したとき、油屋のスタッフ全員が彼女のことを祝福していました。 また、千尋が既に皆から受け入れられる存在になっていたことも彼女の成長を表していたように感じます。 まとめ ジブリアニメの代表作「千と千尋の神隠し」の都市伝説と謎、いかがでしたか? 筆者的には「 カオナシと米田監督」の説が何より気になった次第です。 そんな視点で作品を眺めてみたり、「千と千尋の神隠し」に伝わる都市伝説や真意を味わいながら視聴してみるのもオススメです。

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