千と千尋の神隠し幻のラストシーン。 千と千尋の幻のラストシーンにかかる考察、人の記憶はあてにならない

千と千尋の幻のラストシーンにかかる考察、人の記憶はあてにならない

千と千尋の神隠し幻のラストシーン

岡田斗司夫です。 ---- では、最初のお便りは、ジブリネタが来ているので、その紹介から行ってみようかと思います。 そのくらい、おもしろかったです。 ありがとうございます。 これがもしかして「荻野一家の引っ越し」の原因ということではないかな、、と思いました。 ---- ありがとうございます。 まあ、面白い論ですね。 こういうのを僕は「俺ジブリ」って呼んでいるんですけど。 これも、やっぱり自分の視点の1つなんですよ。 要するに「何が正解なんだ?」とか「それはもう宮崎駿に聞くしかない」とか、そういうことを言う人がいるんですけども。 それは高校生までの考え方なんですね。 つまり、ある1つのテキスト……まあ、こういう文芸の対象のことを「テキスト」と言うんですけどね。 「あるテキストに対する解釈とは、作者が意図したものただ1つ」というのが、高校生までが習う、テスト期間の文芸に対する態度なんですけど。 ところが、大学に入る頃にはそういうものはなくなってきて、「研究によってこういう可能性がある」とか「このようにも読める」とか、そういうふうに物を考えるのが、基本的には大学以降の文学研究の方式なんですけど。 そういうのが俺ジブリ。 「俺にとって、こういう読み方が出来る」というもの。 これに対して「これは正しいか? 正しくないか?」っていうので言うと、僕はあんまりピンとこないんだけど、すごく面白いと思います。 だから、後は、すごく面白いことの論拠みたいなものをどれだけ集めてくるのかになってくるんですけど。 ・・・ まあ、こういう「俺〇〇」が増えると、作品を見るだけでなく、その作品に参加することが出来るんですね。 参加して、それを他人に話すことによって「ああ、それ、面白いな」と思ってもらえる。 そうやって、面白いと言ってくれる人が増えていけば、それはセカンドクリエイターという状態になるんですよね。 これは、もともとはキングコングの西野君が作り出した言葉で、別の意味だったんですけど。 僕、その語感がすごく面白いなと思ってるんですよ。 まあ、いわば「お父さんが引っ越した原因はこれじゃないか?」ということで、同人誌を作ることが出来るんですね。 そして、その同人誌を先に読んだ人にとっては、もう、その解釈が正しくなるんですよ。 例えば、『機動戦士ガンダム』にも、富野由悠季が作った設定ではなく、「後になってバンダイが作った設定」とか「後でホビージャパンが作った設定」とか「後でガンダムのプラモのマニアだったストリームベースという大学生のお兄さんが作った設定」というのが、今ではメインになっているわけですね。 後に、安彦良和さんが「あの時の富野さんとは、どうしても意見が合わなかったが、俺はこうだと思う!」と言ってやっていた『ガンダム THE ORIGIN』というのも、やっぱり、後から作られた設定なんですけど。 ところが、後から生まれたガンダムファンにとっては、その後の設定を読んで育つので、それが正しい設定になるんですよ。 だから、昔の『ガンダム』を見たら「何か変だ」ということにもなるんですね。 なので、今の世界というのは、テキストの正しい解釈というのだけではなくて……それはそれで、もちろん大事なんですよ? だから、氷川竜介さんみたいな本物のアニメ評論家の方々は、そっちをやっているんですけど。 僕はそうじゃないんですね。 そうではなくて、2次創作が当たり前の世界、コミケがこの世界にあるのが当たり前の世界に生きているので、「セカンドクリエイターみたいな人が増えて来て「俺ガンダム」みたいなものが増えてきたら、すごく楽しいな」と思います。 これは掲示板に載っていた意見なので、このステッカー欲しければ、僕にメールをして、自分の住所と名前を教えてください。 ・・・・・・ 『千と千尋』については、もう1つ来ています。 メール募集と言うことで思い切って送ってみることにしました。 大変楽しく、興味深く拝見させて頂きました。 また、その際にまんまとプレミアムに入会してしまいました。 満足しています(笑)。 あの、まず、この噂がどうかというよりも、事実関係だけで言うと「映画館での差し替え」というのは、基本的にやらないんですよ。 なぜかと言うと、まあ、21世紀に入るまで、というか、もう本当に10数年前くらいまでは、映画ってフィルムだったんですよね。 フィルムというのは物理的な存在であって、プリントなんですよ。 東洋現像所とかイマジカとかそういうところで、原版となるネガフィルムから……まあ、コピーネガを撮るんですけど。 そこからフィルムを焼いて、各映画館に配るんですね。 このフィルムのプリント代が、1980年代後半当時、映画1本当たり135万円くらいするわけですよ。 135万円ですよ? 『千と千尋』は、公開時は日本全国で343館で公開してたので、この差し替えに掛かる経費というのは、フィルムのプリント代だけでも、まあ、だいたい4億6千万円を超えるわけですね。 「そんな経費、どこが負担するんだよ?」と。 つまり、監督の意地でそれを変えるんだとしたら、「その4億6千万円は誰が出すんですか?」っていう話になっちゃうんです。 なので、まあ、よっぽど、無茶なことをしない限りないんですね。 「よっぽど無茶」というのは、例えば……「例えば」ですよ? 例えば『宇宙戦艦ヤマト』のとあるシーンに、西崎義展さんというプロデューサーさんが「どうしても納得出来ない!」と言う。 こうなったら、もう「プロデューサーが全責任を持つ」というような形で、差し替えということもありえます。 だから、そういう例がゼロではないんですけど、まあ、もしそんな事が本当にあったら、ものすごい騒ぎになりますので、絶対に記録に残るんですよね。 現実的には難しいと思います。 ・・・ この都市伝説の出どころは、2ちゃんねるへの書き込みだそうです。 2014年の11月24日。 もう、都市伝説が生まれた日までわかっているというのはすごいね(笑)。 金曜ロードショーで『千と千尋』が放送された時に、ニュース速報の掲示板にこんな書き込みがあったそうです。 04 ID:R2BYzI01K. だと思っているでしょうが本来この後には続きが存在します。 ちなみに映像化、アフレコもされており公開当時映画館でも一部で実際に流されていました。 今回の地上波放送でもこのラストシーンが流れることはおそらく無いでしょう ---- とまあ、こんな書き込みがあったんですね。 それで、一気に広がったと言われているんですけど。 実はこれ、半分は本当なんですよ。 この都市伝説が上手く出来ているのはここなんですけど。 引っ越し業者以下のくだりは、コンテまでは本当に描かれているんですね。 コンテまで描かれているんですけど、まあまあ、宮崎駿のことだから、描いたコンテでも、ボツになったものは、もう処分しちゃうんですよね。 実際に作画打ち合わせまではやってたらしいんですよ。 しかし、もちろん線の仕上げの段階までは持って行ってないし、アフレコもしていない。 当時のジブリには、そこまでの余裕はないんですね。 『千と千尋の神隠し』って、もうギリギリの体制でやっていたので、一応、後ろの尺が2時間に収まるようにということもあって、切ってしまった。 宮崎駿も、一番最初は、ラストシーンとして引っ越しまで描く予定だったらしいんですけど。 でも、コンテ段階で「あ、これは違う」と。 「神隠しが終わったら、もう1ヶ月か2ヶ月経ってることにしよう。 そしたら、その後ろのシーンはやらなくていいから、バッサリ捨てられる」と。 まあ、そういうふうな流れらしいんですね。 でも、「公開当時、一部の映画館だけで実際に流されてました」というふうに都市伝説の後ろに書かれると、日本国内の全ての映画館の関係者のチェックを取らないと、完全な真偽はわからないんですよね。 なので、このデマは、わりと事情を知っている人の作為的な、意図的なデマだと思うんですよ。 この書き方を入れるということは。 ・・・ じゃあ、次に、この都市伝説を信じている人が多い理由について、なんですけど。 これって、僕だけが知っている話ではなく、「ここまでコンテが出来てた」っていうのは『千と千尋』の物語の資料集を見たらどこにでも書いてある話なんですね。 なので、この噂が流れた時に、脳内で作っちゃうわけですよ。 なぜかと言うと、人間の記憶というのは、現実そのものを記憶するのではなくて、脳内で整理されたパッケージとして記憶しているからですね。 記憶というのは、短期記憶から長期記憶へとカテゴリー移動する時に、そのままではデータ量が多過ぎるんです。 なので、人間というのは、例えば映画を見て「うわぁー!」って思った時の記憶を、長期記憶へ保存する時に、データを間引くんです。 そして、このデータを間引く時に、全体を再構成する。 だから、映画によって、ハッキリ覚えている部分と「えっ? そんなシーン、本当にあった?」みたいな差が誰にでも生まれるのも、当たり前なんですね。 さらに、この再構築された記憶って、それを頭の中で思い出す度に、つまり、アクセスする度に、微妙に壊れるんですよ。 アクセスする度に、微妙に壊れて、再び再構成し直してを繰り返して、どんどんパッケージを小さくしていくんですね。 このデマというか、2ちゃんねるの書き込みを読んだ瞬間、みんなは頭の中から、わりと省略された『千と千尋』に関するデータを読み出すんですけど。 それを解凍して、バッと広げる時に「こんなシーンがあった」と言われると、あったかのように思い出しちゃうわけですね。 記憶を読み出す時、あっという間に、映画館の中で本当は存在しないシーンを見た記憶まで思い出してしまう。 本当は、そんなシーン存在しないんですけど、「あっ、そんなのを見た気がする。 ……いや、確かにあった! 絶対に見た!」と。 だって、この2ちゃんねるの書き込みというのは「おおっ!」という内容ですから。 あったような気がしちゃうわけですね。 人間の記憶というのは、遥か昔に見た映画より、2ちゃんの書き込みの方が優先されるから。 なので、頭の中で、その記憶が上書きされて、実際に見た映像よりも、脳内で作り出した映像の方が、ものすごくスムーズに繋がってしまうわけです。 というわけで、これを投稿してくれた方、やっぱりメールに住所が書いてなかったので、ステッカーが欲しければ、メールをください。 よろしくお願いします。 ---- 記事全文は、下記のnote記事もしくはKindle電子書籍でお読みいただけます(有料)。 amazon. なお、ニコニコチャンネル「岡田斗司夫ゼミ・プレミアム」(月額2,000円+税)では、テキストのほか、毎週日曜の「岡田斗司夫ゼミ」生放送とゼミ後の放課後雑談、毎週火曜の「アニメ・マンガ夜話」生放送+講義動画、過去のニコ生ゼミ動画、テキストなどのコンテンツをアーカイブサイトから自由にご覧いただけます。

次の

【ジブリ都市伝説#1】千と千尋の神隠しの幻のラストシーンについて!?映画館で観た人続出!?

千と千尋の神隠し幻のラストシーン

え!なにそれ! もっと詳しく聞かせてよ!!! 皆さんは千と千尋の神隠しにまつわる都市伝説で 『 エンディング後にとあるシーンが流れた』 というものを聞いたことありますか? 多くの人がこれを映画館で観たといっております。 ちなみにこの話は数多くの人が触れておりますが その真実は 未だ謎に包まれている状態です。 皆さんが知りたいのは 「 じゃあどんな映像が流れたの?」ということですよね。 ではそれをゆっくりご紹介していきます。 みなさんがご存知のラストシーンは トンネルを3人 父、母、千尋 で抜けた後 車に乗って、 もらった髪飾りがキラリと光り トンネルを背に去っていくシーンですよね。 このシーンを最後にエンドロールが流れて終了。 という感じですよね。 これが 一般的に認知されている千と千尋の神隠しのエンディングです。 では ここからが都市伝説とされる幻のエンディングについてです。 その概要を順序立てて説明していきます。 千尋が車の中で来る前に着けていた髪留めが銭婆から貰った髪留めに変わっていることに気が付き不思議がる 何故かは覚えていない• 新居に向かう途中、丘から引っ越し業者が既に到着しているのが見え母親が「もう業者さん来ちゃってるじゃないのー」と父親に怒る• 新居に到着後、引っ越し業者の1人から「遅れられると困りますよー」と注意される• 千尋が1人何気なく新居の周りを歩いていると短い橋の架かった緑ある小川があることに気付く• 橋から川を眺めていると千尋は一瞬ハッと悟ったかのような状態になり、この川がハクの生まれ変わり、新たな住み処であることに気付いた?かのように意味深に物語が終わる といったものになります。 この2ちゃんねる掲示板の書き込みを皮切りに 「 私もこれと同じようなものを観た。 」という意見や 「 こんなもの知らない。 見たことない。 」といった意見が飛び交うようになりました。 実際のところ、スタジオジブリは 「 ファンの解釈にかかわってくるものもあるため、 基本的に内容について発表することはしていない」 と回答しており、内容には言及しない姿勢をとっています。 実にあいまいですね。 ちなみにですがスタジオジブリは 『となりのトトロ都市伝説』は真っ向から否定しています。 しかしながら、多くの人に『観た』と共感されているため 筆者なりの結論 この都市伝説について私なりの結論を申し上げます。 デマ情報ではないだろうか ということだ。 その結論に至った経緯としまして、 書き込みがあった日は 「千と千尋の神隠し」がテレビ放送されたのと同日であり、 ネットで拡散するには絶好のタイミングでした。 我々は常にSNSを生活の一部としているため ネットの情報を安易に鵜吞みにしてしまったり 解釈を間違えてその情報を拡散してしまうこともあります。 そしてその情報に対し一部の人間が 「 一部の劇場限定公開で幻のシーンはあった」 とそれっぽい条件付けをするだけで 情報の取捨選択が難しい人にとっては いっきに 現実へと成り上がってしまうのです。 こういったことの積み重ねで大きな都市伝説になり 広まったのではないでしょうか?• 千と千尋の神隠しには幻のラストシーンが存在した• 出所は2ちゃんねる掲示板の書き込み• スタジオジブリは曖昧な回答• SNSによる情報操作の可能性もあり• このシーンを観たという人も多数 「 千と千尋の神隠しには幻のラストシーンが存在した」 とお聞きになって今はどう思いますか? 幻のシーンは一種の サブリミナル効果によって 刷り込まれたという見方もありますが 私の考えるように 情報が誤って伝わってしまった。 という考えあれば 本当に幻のシーンは存在した。 という考えもあります。 はたまた マンデラエフェクトという考えもあります。 こういった 「曖昧さ」も面白さの1つですよね。 皆さんに覚えておいてほしいのは こういった映画関連の都市伝説に限らず SNSによる情報拡散によって操作されることも少なからずあります。 そのため、それらを自らが取捨選択していく必要があります。 受け身でいるだけ、流れてきたもの鵜吞みにしていては 今後 来るべき瞬間が来た際に出遅れます。 「 点」を投げかけられるだけでなく 自分で「 点」を集めにいき「 線」にする。 これを忘れないでください。 信じるか信じないかはあなた次第です。

次の

『千と千尋の神隠し』幻のエンディング都市伝説の真実とは?|岡田 斗司夫|note

千と千尋の神隠し幻のラストシーン

千と千尋の神隠しの幻のラストシーンについて質問です。 全てではないですが、先ほどネットサーフィンをしていたら、「千と千尋の幻のシーン」というまとめ内容を見つけ、デマだと言われている事を知り、気になって知恵袋で似たような質問をざっくりとですが調べたところ、見たことがあるという人と、既視感や想像、勘違い、デマだという人に分かれていました。 私自身も幻となっているラストシーンを知っているのですが、何故こんなにあのシーンを観た事のない人や知らない人が多いのでしょうか? 本当にあったシーンなのに、何故デマになっているのでしょう? 補足どうしても私の記憶を覆したい方は、記憶の産物ばかりではなく揚げ足取りでもなく、私が確実に記憶している場面に似たシーンを「この作品のこのシーンと勘違いしている」という具体的な物を出してください。 既出しているソースを知らなかった私が、既出している内容を知る前からそれらと同じ事を知っているという事は、証明出来ませんが事実なので、そんなに覆したいのであれば妄想説ではなく、勘違いしたと思われる理由を述べてください。 〇〇は考えられません、などという自論ではないものでお願いします。 私自身は記憶との答え合わせのみの質問をしたので、私の記憶を覆してほしいとは望んでいませんが、どうしても覆したいという方が多いので、私がこれなら勘違いであったと納得出来る理由として考えた結果、私が記憶したシーンと酷似した作品を教えてもらおうかと思います。 私からは証拠もありませんし、記憶しているという事以外の対峙する術はありませんから論理もなにもありません。 小川にかかるグレーの小さなアーチ型の橋 右下から左上に延びる浅い小川のアップ この2点で勘違いしている可能性のあるシーンのあるジブリ作品を教えてください。 なんでも2ちゃんねるが火元のデマだそうですよ。 特に同作が放送された今年(2017年)の1月20日前後には、この都市伝説が一部のWebメディアで取り上げられ、広く拡散されました。 都市伝説は要約すると、ラストでトンネルを抜けた後、千尋一家が新居に着いてからの一幕が描かれていたというもの。 しかも劇場公開時に1週間限定で、一部の映画館でのみ上映されたものだったといいます。 ジブリは過去に「となりのトトロ」の都市伝説について否定したこともありましたが、やはり「内容については言及しない」のが基本姿勢のようです。 やっぱりデマでした。 書き込みでは、引越し業者がすでに到着しているのを見た母親が「もう業者さん来ちゃってるじゃないの」と父親に怒るシーンや、千尋が新居の近くで見つけた小川をハクの生まれ変わりであると気付くシーンなどがあったと主張しています。 しかしそれもそのはずで、これは、類似するシーンが本編中に複数存在しているためです。 本編では最後に一家がトンネルを抜ける際、母親が「引越しのトラック、もう着いちゃってるわよ」と発言するシーンがある他、作品のクライマックスではハクの正体が埋め立てられてもうなくなってしまった「琥珀川」だったことも明かされています。 こうした作品内での記憶と混ざり、都市伝説の内容がもっともらしく思えてしまう、というわけです。 最初に書き込みをした人物はデマを拡散するつもりはなく、純粋な疑問を投げかけたかっただけかもしれませんが、結果的に都市伝説という形で誤った情報が広がってしまいました。 また、「1週間限定公開されていた」という条件付けも、都市伝説に信ぴょう性を持たせるために自然と付け足されていった要素である可能性が高いと思われます。 まさしく「幻のラストシーン」があると誰かが呟いて多くの人がその存在を信じ込んでしまったようにですね。 では、ジブリはどうやって全国で公開されて大当たりを取った映画に二つのバージョンがあるというビッグニュースをマスコミはおろか一般大衆が掲示板やブログなどで呟くのを完全に防いだのか、同じような説得力でご説明願えますか? >全員が幻のシーンがあったって言わなくちゃならないってのは、妄想説の根拠が映画中にでてきたシーンと混同して作り上げているという話だったので。 映画を見た人なら誰でも妄想するわけですよね。 幻のラストシーンを知らない人が居るという現実はあなたの「映画を見た人なら誰でも妄想する」という思い付きを完全に否定していますが、その事についてはどうお考えですか? >どうも違和感があるのは、そんなラストシーンは無いって必死に否定しようとする人たち。 別にあろうが無かろうが事実は確かにあって一つだと思うんですけど、『無かった』って言う人たち、理論武装して一生懸命説き伏せようとするじゃないですか。 それは金星人に昨日会ったという人にそれはあり得ないと説明するようなもんでしょう。 それは何の証拠もない事を迂闊に信じてしまったら恥ずかしいですよ。 「幻のラスト」があるって主張している人たちに比べたらずいぶんましですけど。 違和感バリバリですね。 >ジブリがあのラストシーンを『神隠し』しようと情報操作してるんじゃないですか? いくらなんでもジブリが日本中のメディアを情報操作するなんて ありえないでしょう(汗 >私は妄想説とか無理があると思います。 それなら全員その幻のシーンがあったって言わなくちゃならなくなりますから。 これもありえないんじゃないですか。 ラストをきちんと覚えてない人だけが「幻」を作り上げちゃうんでしょ? 日本で誰かが風邪引いたら国民全員が風邪ひかなきゃおかしいというようなおかしな理屈ですよ。 それに今は「公開から一週間、特定の地域で観た人限定」というとこまで条件が縮小してるので全員なんて意味ないですよね。 ちょっと度が過ぎるとおもったので口出ししてしまいました。

次の