アタラクシア 意味。 アタラクシア

アタラクシアとアパテイアについて倫理で分からない所があるんですが、エピク...

アタラクシア 意味

ストア派の「アパテイア」は、感情に支配されない状態を指す言葉で、日本語では「不動心」と呼ばれる場合もあります。 彼らは、「アパテイア」の状態を理想としました。 彼らにとって「アパテイア」こそが、「アタラクシア」の状態を意味するものでした。 それに対して、エピクロス派は「隠れて生きよ」をモットーとし、いわば個人主義を掲げていました。 彼らは、政治的、経済的、社会的なものから離れ、快い「生」を送る事に専念しようとします。 彼らにとって、その状態こそが「アタラクシア」の状態を意味するものでした。 つまり、「心の平静」を意味する「アタラクシア」は、理想とされる個人の社会生活に於ける心構えとでも言えるでしょう。 この「アタラクシア」をどう捉えるか、どのような手段で得られるのか、といった点がストア派とエピクロス派の違いであると思って良いでしょう。 ストア派は「アパテイアによって得られるとしましたが、エピクロス派は「隠れて生きる」事で得られるとしたのです。 よって、両者とも「アタラクシア」を目指す点には違いはないのです。 また、「感情をなくす」のではなく、「必要以上に感情的にならず常に冷静でいる」と考えた方が良いかと思います。

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Ataraxiaのホームページ

アタラクシア 意味

スポンサーリンク 苦痛の最小化としての消極的快楽主義 エピクロスが 人間の生に不可欠なものとして重視する 快楽とは、 衣食住や 健康の維持といった 自然的な快楽のことを意味します。 つまり、 酒池肉林の贅沢な饗宴や、豪奢な邸宅、高価な装飾品といった 際限なく 豪華で享楽的な生活を快楽として求めているわけではなく、 寒さをしのげる衛生的な住居と、みすぼらしくない程度の衣服、 空腹でひもじい思いをしない程度の十分な食事といった 人間が生きていくうえで最低限求められる 自然的な欲求の充足が、エピクロスにおいては、 快楽という概念として捉えられているということです。 そして、このことは、裏を返せば、 満足な衣服や住居が与えられないことによる 寒さや 不快感、 必要な食事が与えられないことによる 空腹、 さらには、病気や怪我による直接的な 痛みや 苦しみといった 自然的な欲求が満たされていないことによる 肉体的な苦痛がある状態が、 エピクロスが求める快楽の対極に位置するということであり、 そうした肉体的苦痛がなく、 苦痛から解放されている状態が、 エピクロスが求める快楽の核心にあるということを意味します。 そして、 このような 苦痛を避けるという観点からも、 贅沢な饗宴といった 過度の快楽は、 不摂生による 肉体の不調や病といった 苦痛を招くことになると 考えられるので、 エピクロスが求める 自然的な快楽からは排除される ことになるのです。 以上のように、 エピクロスにおいては、 過度な快楽も、 苦痛をもたらす 快楽の欠乏状態も避ける 適度な快楽の享受が理想の生き方として求められることになります。 つまり、 エピクロスの快楽主義は、 人間の生物としての 自然的な欲求が適度に満たされる 肉体的な苦痛がない状態を目指すという 言わば、 苦痛の最小化を求める 消極的な意味での 快楽主義 として捉えることができるということです。 スポンサーリンク 精神的快楽としてのアタラクシア そして、さらに、 エピクロスにおける こうした 控えめな快楽主義のあり方は、 肉体面だけでなく、精神面における快楽、 精神的な幸福のあり方にも適用されていくことになります。 例えば、 通常、幸福と言うと、 望む相手との祝福された結婚や、仕事での大きな成功といった 人生における大きな喜びや絶頂期がイメージされることになりますが、 エピクロスにおける 精神的な快楽、精神的な幸福の概念には、 こうした大きな喜びや大きな精神的快楽は、あまり合致しないことになります。 なぜならば、 例えば、 肉体的な享楽の過度な追求において、 食べ過ぎによる消化不良や健康状態の悪化、 遊び過ぎによる寝不足や体力の消耗によって、 肉体の不調や病が招かれ、 身体を壊してしまうと、 結局、 人生のトータルとしては、 苦痛の方が増えてしまうことになるように、 精神的な快楽や幸福においても、 それが自分の実力や能力に照らし合わせて 過度に大きいものである場合、 その 反動で、後になって 大きな不幸に見舞われたり、 そこまではいかなくとも、 絶頂期との落差で 必要以上に大きな精神的苦痛を感じることになってしまう といったことも考えられるからです。 塞翁が馬(老人が飼っていた馬に逃げられるが、数カ月後、その逃げた馬が別の駿馬を連れて戻ってくる。 しかし、今度は、その老人の息子が駿馬に乗っていた時に落馬して足を折ってしまうが、そのおかげで兵役を免れて命が助かるというように、人生の禍福は、 幸福が不幸へ、 不幸が幸福へと絶えず変転していくという中国の故事)ではありませんが、 大きな幸福や幸運の後には、 得てして、同等の 大きな不幸や不運に見舞われることがあるので、 できれば、そうした 人生のアップダウンの波は、 大波であるよりも、なるべく 穏やかなさざ波である方が、 人生のトータルとしての 精神的苦痛や不幸が最小化でき、 人生全体における 精神的快楽、精神的幸福を より長くより適度に享受できる ということです。 以上のような 消極的・精神的快楽主義に基づいて、 エピクロスの快楽主義における 理想の境地である アタラクシア( ataraxia)とは、 肉体的・精神的 苦痛から解放され、 自然的な欲求の充足と、 穏やかな精神的快楽によって満たされた 何ものにも煩わされない 平静不動の心の状態 として捉えられることになります。 そして、 エピクロス派においては、 以上のような 消極的・精神的快楽主義の到達点としての アタラクシアが、 人間の歩むべき 理想の生き方、そこに至るべき 理想の境地として 求められていくことになるのです。 ・・・ 「 」のカテゴリーへ カテゴリー• 844• 641• 118• 184• 534• 136• 204• 333• 278• 593• 338• 153• 143• 310• 240• 125•

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アタラクシアの意味とは?エピクロス派とは

アタラクシア 意味

||||||||| エピクロスと快楽主義の哲学 エピクロス BC341-BC270 は、ストア派の創始者ゼノンとほぼ同じ時期に生まれ、アテナイを拠点に活動した。 彼の創始した学説は、ストア派の説と並んでヘレニズム時代の思想を代表するものとなった。 いずれも、世界帝国の中で相対的に地盤沈下した個人の生き方に焦点を当て、人間にとってよき生き方とは何か、個人の幸福とは何かについて考察した。 ストア派が禁欲に重点を置いたのに対して、エピクロスの徒は快楽こそが幸福の源泉と考えたのであった。 エピクロス主義はヘレニズム時代からローマ帝国の時代にかけて500年ばかりの命脈を保ったのであるが、その勢いはストア派には及ばなかった。 ストア派には、キケロやセネカ、皇帝マルクス・アウレリウスのような人物が現れ、時代の思想をリードしたのに対して、エピクロス主義を体した思想家には、詩人のルクレティウスを除いては哲学史上重要な人物は現れていない。 また、エピクロス自身膨大な著作を著したにかかわらず、それらの殆どは残されなかった。 こんなこともあって、エピクロスの快楽主義の思想は、その真意が正確に伝わらず、時にゆがんで受け取られ、攻撃の対象ともなった。 ディオゲネス・ラエルティオスはそうした攻撃振りのいくつかを、「ギリシャ哲学者列伝」の中で紹介している。 たとえば、「犬のように最も恥知らずな男、、、生きている人たちの中では最も育ちの悪いもの」、「哲学の理論の面でも多くのことに無知であったが、実生活の上ではさらに無知であった」とかいったものである。 こうした言いがかりは、エピクロスの快楽主義を極端にゆがんだ形で捉えているものだ。 だがエピクロスが実際に唱えた快楽の思想とは、快楽という言葉から伝わってくるような享楽を旨とするものではなく、心の平静を成就しようとするものであった。 彼はそれをアタラクシアと呼んだ。 アタラクシアとは、文字通りにいえば無感覚という意味の言葉である。 それは感覚のもたらすものに惑わされず、何事に接しても心の平静を保つという境地を表わした言葉なのである。 ルクレティウスは自分の詩の中でエピクロスの思想を展開している。 それを読むことを通じて、我々はエピクロスのいう快楽の意味を理解することができる。 その快楽とは、アタラクシアのもたらす無我の境地だったのである。 エピクロスは、サモス島のアテナイ移民の家に生まれた。 アレクサンドロスが死んだ頃、18才のときにアテナイに出てその市民権を得ようとしたが、彼がアテナイにいる間にサモスのアテナイ移民たちが追放されてしまったために、仕方なくアテナイを離れ、小アジアで家族とともに暮らすようになった。 エピクロスの若い頃の学業についてはわからぬことが多い。 デモクリトスの思想を学ぶことから出発したようである。 エピクロスはそれをナウシパネスから学んだらしいが、自分ではそのことを認めず、またデモクリトスもレウキッポスも尊敬しようとはしなかった。 だが彼の思想の骨格は一種の唯物論であり、そこにはデモクリトスの影が大きく作用していることが認められるのである。 デモクリトス同様エピクロスも、世界が原子と空虚からなっていると考えていた。 魂もまた原子からなっている点ではほかの物質と異なるところはない。 感覚とは物体の原子が魂の原子に打ちあたることから引き起こされる物理的な現象である。 感覚から導き出される想念も、魂の原子がさまざまに配分されることによって生ずるのであった。 エピクロスがデモクリトスと異なるところは、これらの原子の動きが自然法則によって決定付けられているのではなく、そこには自由が介在する余地があると考えたことである。 だがエピクロスはこうした自然学的な問題にはほとんど価値を認めなかった。 彼が主に考察したのは倫理的な問題、つまり人間にとって善とは何か、幸福とは何かについての問いかけだった。 エピクロスはこれを快楽の追及と関連付けて考察したのである。 快楽の追求に関してエピクロス自身がいったという言葉を、ディオゲネス・ラエルティオスが引用している。 「我々は快楽を、至福な生の始めであり、また終わりでもあるといっている。 というのは、我々は快楽を、我々が生まれるとともに持っている第一の善と認めているからであり、そしてこの快楽を出発点として、すべての選択と忌避を行なっているし,また快楽に立ち戻りながら、この感情を基準にして、すべての善を判定しているからである。 」 岩波文庫 エピクロスにとって、快楽には能動的と受動的、あるいは動的と静的との2種類のものがある。 動的な快楽とは、満たされていない状態を満たそうとすることから生まれる満足であり、がつがつ飲食したり、性交の快楽にふけることからもたらされる。 熾烈な権力闘争から生まれる快楽もこの種のものである。 それに対して静的な快楽とは、たとえば飢えが満たされたときにもたらされる平静な状態のようなものである。 それは満たされぬものを満たそうとする希求ではなく、自分自身のうちに満たされていることといえる。 こうした考えから、エピクロスにとって快楽とは、快楽の存在よりもむしろ苦痛や不足がないという充足感のようなものに近いのである。 充足感の中でも胃や性器のような肉体にかかわるものより、心の平静が重視される。 エピクロスが「アタラクシア」という言葉でさしたのは、この心の平静なのである。 エピクロスは性交を避けるべきだといった。 それは人間の肉体や心の状態を撹乱し、激しい情念を燃やし続けさせることによって、心の平静とは最も遠い状態に人間を置くからであった。 ところで人間の心をもっとも撹乱するのは、恐怖の感情である。 恐怖の源泉の中でも最も重要なのは宗教と死である、とエピクロスは考えた。 エピクロスは神の存在は否定しなかったが、それは伝統的なギリシャ人が考えたような恐ろしい神ではなかった。 神は人間に災いをもたらすこともある生きた存在であるというより、自然の摂理のようなものと捕らえられた。 一種の理神論であろう。 ここにもデモクリトスの影響が見られる。 エピクロスは徹底した唯物論者であったから、魂の不死も信じなかった。 肉体が滅びれば、魂も同時に滅びてしまう。 だからといって死ぬことを恐れる必要はない。 死は正しく理解すれば決して恐ろしいことではない。 それが恐ろしく思えるのは、死んだ後も魂は残って、あるいは地獄に落ち、生前の業に応じてさまざまな試練を課されるといった、誤った想念にとらわれているからだ。 死についてエピクロスのいった言葉は、人間の長い歴史の中でも、もっとも崇高な言葉の中に数え入れられるべきである。 「死は、もろもろの災厄の中でも最も恐ろしいものとされているが、実は、我々にとっては何者でもないのである。 何故なら、我々が現に生きて存在しているときには、死は我々のところにはないし、死が実際に我々のところにやってきたときには、我々はもはや存在しないからである。 したがって、死は、生きている人びとにとっても、また死んでしまった人々にとっても、何者でもないのである。 生きている人びとのところには、死は存在しないのだし、死んでしまった人々は、彼ら自身がもはや存在しないのだから。 」(ディオゲネス・ラエルティオス「ギリシャ哲学者列伝」) ||| 作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved C 2007-2008 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである.

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