グレート トラバース 3 ルート。 【グレートトラバース】日本百名山一筆書き!壮大なプロジェクトの魅力とは?

百名山一筆書きルート(2014)

グレート トラバース 3 ルート

プロジェクト/登頂経過 日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3~ 随筆「日本百名山」を著した深田久弥氏が厳選した100座、その「日本百名山」に入らなかった46座と「深田クラブ」によって選定された54座を合わせた「日本二百名山」とされる100座、そして1978年に日本山岳会により選定された、深田氏の「日本百名山」に200座を加えた「日本三百名山」とされる300座。 日本列島を鹿児島県の屋久島から北海道の利尻島へ北上するルートは10,000㎞を超える距離と想定され、期間は約1年6カ月を予定している。 陸路は徒歩とスキー、海路はシーカヤックやパックラフトを使用する。 宿泊は、ご支援や天候、安全状況により、宿泊施設、テント泊などを臨機応変に決定します。 プロフィール 田中 陽希 たなか ようき プロアドベンチャーレーサー Team EASTWIND所属 日本ロングトレイル協会アドバイザー 1983年6月生まれ 北の大地にあこがれた父の一言によって陽希(当時6歳)家族は北海道富良野市麓郷に移住。 一年の大部分を雪と共に過ごす内にクロスカントリースキーに没頭する。 明治大学に進学後もスキー部で活動。 インターカレッジで入賞。 大学卒業後、体育教員を目指す傍らアドベンチャーレースと出会い、冒険へと人生の方向転換を図る。 2009年世界スキーオリエンテーリング選手権大会日本代表。 国内唯一のプロアドベンチャーレースチームであるTeam EASTWINDの主力メンバーとして活動中。 パタゴニアンエクスペディションレースに2010年~2013年、2016年出場。 最高位は2012年と2013年、2016年の2位。 チームの目標は世界一。 2014年、前人未到の挑戦として、南は鹿児島県屋久島から北は北海道利尻島までの「日本百名山ひと筆書き~Great Traverse~」7,800kmの旅を208日と11時間で達成。 2015年には、北海道最北端宗谷岬から鹿児島県の佐多岬までの新たな100座を、同じく人力のみで繋ぎあわせる「日本2百名山ひと筆書き~Great Traverse2~」約8,000kmの旅を222日で達成した。 プロジェクトに対する想い 海か山・・・迷いなく「山!!」 海か山どちらが好きですか? と聞かれれば迷いなく「山」です。 北海道富良野の大自然で育った少年期が、僕の原点になっていると思います。 クロスカントリーの トレーニングとしての「登山」 父の何気ないひと言で移住した北海道・富良野。 今から25年前でした。 初めての登山は小学校六年生の学年行事で、母校の校歌にも出てくる「大麓山」でした。 それ以外の登山といえば、当時のめり込んでいたクロスカントリースキーでのトレーニングで山に登るくらい。 いまでいえば、トレイルランニングのような登山でしょうか。 チームメンバーで競うように山頂を目指して登ったり、コースタイムをどのくらい縮められるかを一人で挑戦したりばかりで、ゆっくり景色を楽しみながら「歩く登山」は、長いあいだ忘れていたような気がします。 転機となった のんびりソロ登山 29歳のとき、ふと時間が出来たので祖父に会いたいと思い立ち、10年ぶりの九州へ。 その時、まだ登ったことがなかった九州の日本百名山に登ってみようと、九州の屋根「阿蘇山・九重山・祖母山」の三山縦走の約150kmを2泊3日(テント泊のみ)のツアーを実践しました。 一人でのんびり登山はこれが初めてで、新鮮な出来事の連続でした。 帰路の飛行機の中で、「百名山を徒歩のみで踏破したい」と思うようになったのは、その時の登山がきっかけです。 時間が経つにつれて「やってみたい!」という想いが強くなり、さらに「海もシーカヤックで渡って、人力ですべてを繋げられたらおもしろい!」。 こうして2014年の日本百名山ひと筆書き ~グレートトラバース~ のプロジェクトが始動。 約7800kmを208日と11時間で達成することができました。 日本3百名山ひと筆書き ~Great Traverse3~ プロジェクトに対する想い 日本2百名山ひと筆書きのチャレンジのゴールで「Next Challenge」と叫んだあの日から、2年の月日が流れました。 次のチャレンジを模索する中で、時間の経過と共に、過去2度のチャレンジで登ってきた山々の思い出が頭の中を駆け巡り、また登りたい山、歩きたい町が次々に溢れ出てきました。 さらに、「日本の四季」を味わってきたと言ってきましたが、実際は「春夏秋」を主に歩き、登ってきたため、冬の山の厳しさや美しさを味わうことは未だにできていません。 再び日本を旅の舞台とし、その集大成とするべく、これまでの200座に新たな101座の山々を加えたトータル301座の踏破を目指す「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3~」。 今、新たな旅がスタートします。 登頂経過 登頂経過を順次ご報告して参ります。

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新型コロナウイルスの感染拡大に伴う活動の影響について その2|お知らせ|日本3百名山 ひと筆書き

グレート トラバース 3 ルート

第2集では、紀伊半島から北上、北陸の山々と南アルプスまでの13座に挑みます。 四国からは再びカヤックで紀伊半島へ渡り、奈良・大峰山へ。 出会いと別れを繰り返しながら、休むことなく北陸へ歩みを進めます。 北陸では、天気の心配もあり1日のうちに踏破を目指しますが、想像以上の雪と風でペースも上がらず。 何とか白山から下山した後も、2か月を迎えた旅の疲労もピークに達し、これから向かう南アルプスにも不安が付きまといます。 この年の南アルプスは、残雪も多く、聖岳・赤石岳・荒川岳・北岳と3000m峰が連なる山塊を、アイゼンとピッケルを駆使しながら一歩一歩慎重に進んでいきます。 南アルプスの山深さを見れば、日本の自然のスケールの大きさに驚きます。 第2集。 7月に入り、白神岳、森吉山と東北の山々を巡ります。 しかし、突然の頭痛。 その正体は疲労から悪化した副鼻腔炎。 痛みと闘いながらも、雪国ならではの強い笹の藪こぎや岩の稜線など、山深い2百名山の厳しさとも向かい合っていきます。 焼石岳、栗駒山と歩を進め、神室山では、登山口の集落総出の歓迎を受ける田中氏。 伝統的な番楽と呼ばれる舞を見て、神の山であることを知ります。 その後、朝日連峰、飯豊連峰と踏破し、梅雨明けの新潟に入るころには暑さとの闘いになります。 そして迎える今回最大の難所、八海山、中ノ岳、荒沢岳の縦走。 垂直な岸壁や連続する鎖場。 そして猛暑の中、中ノ岳への長い稜線で水が尽きかけてしまうピンチ。 多くの難所をクリアしていく田中氏から目が離せません。 第3集では、帝釈山から関東へと入り、谷川連峰・仙ノ倉山へ向かいます。 しかし、計画が遅れを見せ始めている焦りからか、初歩的な地図の読み間違い。 白砂山へ向かうところで、50㎞の迂回を強いられてしまいます。 それでも必死に歩を進め、幅50㎝の「蟻の戸渡り」・幅30㎝の「剣の刃渡り」が待つ戸隠山へ。 無事にクリアし、飯縄山、浅間隠山ではファンの出迎え。 そこでもやはり、ファンと触れ合う時間を楽しむ余裕もなく、田中氏からは焦りが感じられます。 そして八ヶ岳・天狗岳の下りで右足の甲をねんざしてしまいます。 焦りの中、6日間の停滞。 「焦り」と「多くのファンへの戸惑い」から、田中氏は、忘れかけていた「挑戦する心」を確認するためにも、今後の予定を秩父~奥多摩から南アルプスへと変更します。 右足を気遣いながら、悪天候の鋸岳を踏破し、2百名山最高峰・農鳥岳へ。 北岳から続く稜線を歩くうちに、少しずつ挑戦する心を取り戻して行きます。 思うように旅ができないもどかしさが、歩く姿にひしひしと感じられますが、晴れた稜線と共に田中氏の心も晴れていく様子にくぎ付けです。 第4集は、関東、富士山周辺から南・中央・北アルプスへと大縦断。 櫛形山、乾徳山と一日一座のペースで踏破していきますが、台風や土砂崩れなどによる大迂回など、計画通りに進まない旅にストレスを溜めていきます。 それでも富士山周辺の4座を踏破し、信仰の山・七面山では年に一度の大祭に遭遇。 白装束の人たちと共に登ります。 再び向かった南アルプスに待ち構えるのは、秘境の山々。 アプローチが長く険しい笊ケ岳は、道なき道を藪こぎし、大無限山は今も崩落が進む「無間地獄」。 少しずつ紅葉が進む山を必死に登り進め、10月、北アルプスへと入ります。 大天井岳から燕岳、烏帽子岳、赤牛岳へと進む中で、日に日に気温が下がり、後立山連峰へと向かう直前で北アルプスは猛吹雪に見舞われます。 ついに冬の訪れです。 第5集。 10月上旬の北アルプス、雪倉岳へと向かう途中で猛吹雪に見舞われ、白馬山頂直下の小屋で停滞を余儀なくされてしまいます。 しかし翌日、奇跡的に天気は回復。 20㎝の積雪の中、無事に雪倉岳の山頂に立ち、その先の黒部渓谷、奥大日岳へと歩みを進めます。 更に毛勝山を踏破し、一ヶ月かけ遂に日本アルプスの大縦断を達成。 しかし季節は冬。 休む間もなく、北陸の山へ向かいます。 難所・笈ヶ岳は藪に囲まれ、無雪期しか登ることができない山。 道なき道を掻き分けながら無事に登り詰めます。 そこから西日本へ。 琵琶湖を望む武奈ヶ岳、紀伊半島の御在所岳、帝釈ヶ岳を次々に踏破していきます。 金剛山を登ると一気に北上。 200㎞ロードを進み、氷ノ山、蒜山、そして瀬戸内海をカヤック横断し四国。 ゴールまであと12座。 壮大な冒険も少しずつ終わりが近づいてきました。 最後となる第6集は、11月の四国から。 東赤石岳から法皇山脈を縦走する予定が、突然の雪。 深い雪の中、笹ヶ峰では厳しいラッセル山行となります。 しまなみ海道から本州へと戻り、予定を変更して三瓶山のお鉢巡りを楽しんだ田中氏。 そこで田中氏の心に変化が現れます。 今まで抱いていた「先を急がねば」という焦りが消え、残りの旅を楽しもうという気持ちが生じます。 そして九州に渡り、由布岳を越え九州最大の難関、大崩山へ。 奇岩巨岩がそびえ立ち「日本のヨセミテ」と呼ばれる大崩山。 凍結の危険がある岩壁のトラバースを越え、無事に踏破します。 今なお噴火活動が続く長崎・雲仙普賢岳へはカヤックでアプローチし、噴火の傷跡を目の当たりにします。 そして199座の高千穂山を踏破し、いよいよゴール目前。 壮大な旅の終わりに、「寂しさ」も感じ始めます。 200座目の桜島・御岳は、登山規制の為山頂に立つことができず、最後は湯之平展望所へ。 噴煙を上げる御岳を間近に見ながら2百名山の完全踏破を成し遂げ、ゴールの佐多岬までの残り100㎞は走り続けます。 2017年1月1日午後3時。 総距離8200㎞、222日目。 大勢のファンに見守られながら、前代未聞の壮大な冒険が幕を閉じました。 この壮大で前人未到のプロジェクトを追う番組ディレクター・カメラマンは、田中氏に負けず劣らずの強靭な体力のアスリート集団。 歩荷隊を含め、少数精鋭のスタッフが田中氏を追い続けます。 密着する駒井研二カメラマンと田中正人カメラマンは、田中氏が所属するアドベンチャーレースチーム「Team EASTWIND」のメンバーや先輩。 そして平出和也カメラマンも、2009年にピオレドールを受賞した世界的な登山家。 世界最高峰の山岳カメラマンです。 さらに撮影アシスタントとして10キロの荷物を背負いながら走るのは山田高志氏。 日本を代表するトレイルランナーです。 皆さん、撮影技術もさることながら世界で活躍されているアスリートだったんですね! また、壮大な冒険の中で田中氏に数々の困難が待ち構えていたように、撮影スタッフにも困難がのしかかります。 重い機材や重装備を背負ったスタッフは、田中氏のスピードについていく事が出来ず、日高山脈の最難関「カムイエクウチカウシ山」では、4人の撮影スタッフのうち登頂できたのはたった一人だったそうです。 また、防水防滴性能のカメラは、手の汗で壊れることも。 様々な困難の先にあの素晴らしい映像があり、田中氏の壮大な挑戦を身近に見ることができたんですね!こういった撮影側の苦労や裏話を知った上で、もう一度DVDを観直してみると、新たな感動を味わえそうですね。 (ちなみに、カメラマン一行のロード移動は、車だそうです。 ) 2つの挑戦を終えた後、よく「三百名山の100座はいつやるのですか」と聞かれましたが、正直、残りの100座だけを登ることに対してあまり魅力を感じられませんでした。 なんだか、無意識にシリーズ化しているようで、それは違うなと。 自然は常に変動していて、僕らはその中で生きているわけですから、四季折々の自然を見続けていきたい。 これまでの挑戦では、雨の日に登った山がいくつもありましたし、また来ようと思った山もたくさんありました。 振り返ると、やり残したことが多いのです。 登山の楽しみ方は人それぞれですが、自分はひとつの山に一度登ったら終わりではなく、何度も登ってみたい。 四季折々の日本の山を肌で感じたいと思っています。 300座と言っていますが、実際には301座です。 深田クラブが1984年に「日本二百名山」として選定した新潟県の荒沢岳という山があり、それは日本山岳会が選定した「日本三百名山」には入っていないので、その山を含めると301座になります。 出典: 3百名山一筆書きプロジェクトについてのインタビューより.

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【グレートトラバース】日本百名山一筆書き!壮大なプロジェクトの魅力とは?

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略歴 [ ] を卒業。 大学時代はスキー部での選手として活躍する。 に所在するカッパクラブで山岳ガイドやリバーガイドとして勤務しながら、2012年と2013年の ()に出場し、2年連続2位となる。 2014年、208日11時間かけてに点在するを南から北へ徒歩と海峡区間はだけで全行程7,800kmを人力踏破する「グレートトラバース 日本百名山ひと筆書き」を達成。 2015年、221日と11時間かけてに選定されている残りの100座を北から南へ同様に8,000km踏破する「グレートトラバース2 日本二百名山ひと筆書き」を達成。 2018年からは、2年以上かけてに選定されている全301座 を一度に南から北へ20,000km以上 かけて踏破する「グレートトラバース3日本三百名山ひと筆書き」に挑戦中で、いずれの挑戦ものやTeam EAST WINDの先輩アドベンチャーレーサーの駒井研二らを同行カメラマンとし、この挑戦の様子はのBS放送と地上波放送で放映されている。 出演・著作など [ ] テレビ出演 [ ]• 第一集 屋久島・宮之浦岳から四国・剣山• 第二集 紀伊半島・大峰山から南アルプス・北岳• 第三集 日本アルプス大縦断!鳳凰山から白馬岳• 第四集 富士山・八ヶ岳・尾瀬 関東近辺33座を巡る• 第五集 最終回 7800km完全踏破へ!東北~北海道24座を巡る• ゴール達成記念 特番• 「もうひとつのグレートトラバース「密着!百名山人力踏破の舞台裏」」NHK BSプレミアム(2014年)• 「グレートトラバース 日本百名山ひと筆書き 15min. 」NHK BSプレミアム(2014年-2015年、全92回)• 「グレートトラバース 特別編「百名山一筆書き7,800km完全踏破!」」(2015年)• プロローグ 田中陽希・二百名山へ!新たなる旅立ち• 第一集 春~初夏・北海道10座に挑む• 第二集 夏・東北~新潟18座に挑む• 第三集 夏から秋へ 関東~南アルプス19座に挑む• 第四集 秋・日本アルプス大縦断• 第五集 晩秋・北アルプスから西へ!• 第六集 冬・四国~九州12座 そしてゴールへ• ゴール達成スペシャル• 「グレートトラバース2 15min. ~日本二百名山一筆書き踏破~」NHK BSプレミアム(2016年、全100回)• 「グレートトラバース外伝 大冒険 パタゴニア ~田中陽希 世界の頂点に挑む~」NHK BSプレミアム(2016年)• プロローグ 冬の北海道大縦断• 第一集 厳冬! 九州南部9座をめぐる• 第二集 九州北部大火山地帯をゆく• 第四集 四国大縦走!• 第五集 大縦走!中国山地&六甲山• 第六集 紀伊山地修行道 8座に挑む• 第七集 知られざる古都の名峰 11座へ• 第八集 霊峰白山と信仰の山々• 第九集 北陸から北アルプスへ 立山・剱岳• 第十集 北アルプス 後立山連峰大縦走• 第十一集 黒部源流の山々から槍・穂高へ• 第十二集 北アルプス最終章 表銀座から乗鞍岳へ• 第十三集 飛騨・木曽そして絶景の富士• 第十四集 冬の関東・東北1,000kmの旅• 第十五集 大豪雪地帯 北信越の山々へ• 第十六集 大岩稜地帯 信州・上州の山々へ• 第十七集 初夏 八ヶ岳連峰から南アルプス北部• 第十八集 中央アルプスから南アルプス新南部へ• 第十九集 真夏の南アルプス大縦走!• 第二十集 富士山・北岳・間ノ岳 日本のトップ3に挑む• 第二十一集 巨大山塊!奥秩父をゆく• 第二十二集 日光から尾瀬へ 9座を歩く• 第二十三集 尾瀬へ 谷川岳へ 知られざる絶景へ• 第二十四集 晩秋 越後の山々 そして佐渡へ• 第二十五集 東北豪雪地帯 月山・朝日連峰7座に挑む• 第二十六集 厳冬! 氷雪の越後・会津の7座• 「グレートトラバース3 プロローグ 15min. 「冬の北海道大縦断」」(NHK BSプレミアム(2018年、全4回)• 「グレートトラバース3 15min. 」NHK BSプレミアム(2019年 - 、全?回) DVD [ ]• グレートトラバース ~日本百名山一筆書き踏破~ ディレクターズカット版 (2015年)• グレートトラバース2 ~日本二百名山一筆書き踏破~ (2016年)• グレートトラバース外伝 大冒険 パタゴニア ~田中陽希 世界の頂点に挑む~ ディレクターズカット版 NHKエンタープライズ(2016年) 著書 [ ]• 「グレートトラバース 日本百名山ひと筆書き」(2015年)• 「グレートトラバース2 日本2百名山ひと筆書き」NHK出版(2016年)• 「アドベンチャーレースに生きる! 三百名山全山人力踏破では、立入禁止のは至近ののヨッピ橋の通過をもって登頂扱いとした。 動力の使用については、の人道用海底トンネルへの昇降のみはエレベーターを利用したほか、百名山ひと筆書き時にはでのカヤックの使用が禁じられているので平の渡の渡し船を利用した。 原則として日本三百名山から選定された日本二百名山に、三百名山の選外からが選ばれたため、日本百名山、日本二百名山、日本三百名山に選定されている山の合計は301座となる。 前2回の挑戦と異なり山と向き合うことを重視して天候を選んで登るなどスピード登山を放棄した事や、道中での右手の指の骨折、などで行程の大幅な変更を余儀なくされ、冬季には限定した山にしか登れないこともあり全行程が長期・長距離化した。 出典 [ ].

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