ボディ ビルダー 日本 人。 松本人志、ボディビルダー横川尚隆に直球質問「バカなんですか?」

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ボディビルダーになる方法 そもそもボディビルダーになるにはどのような方法があるのか?気になる人も多いと思います。 ボディビルダーになるには、特に資格は必要なく、筋肉を付けたいと思う人は誰でも目指すことができます。 ボディビルダーになる方法として、トレーニングや食事の管理など日常から地道な身体づくりをする必要があります。 ボディビルダーは、 スポーツの中でもマイナーな競技とされていて、プロ1本で活動している人は、世界で見ても200人程といわれています。 スポーツトレーナーやジムの運営をして他の仕事と掛け持ちながら、アマチュアとして活動している人が多いようです。 またプロとして活動する方法は、大会やコンテストで賞金を獲得したり、有名になってスポンサーを獲得することでしょう。 IFBB(国際ボディビルダーズ連盟)が主催する プロライセンス(プロカード)の資格を取得することで、スポンサー獲得に有利になります。 ボディビルダーに関する資格 ボディビルダーになる方法として、特に必要な資格はありませんが、プロとアマチュアを分けるための資格が存在します。 また、アマチュアのボディビルダーは、ジムなどで働きながら活動しているケースが多いため、採用や活動するうえで有利となる資格があります。 ここでは、ボディビルダーに関する資格を解説していきます。 IFBB公認指導員 世界的に有名な団体であるIFBB(国際ボディビルダーズ連盟)が発行しているプロライセンス(プロカード)があります。 IFBBは、ターミネーターで有名なアーノルド・シュワルツェネッガーをはじめとしたボディビル界の超有名人たちが活躍していた団体です。 ボディビルの聖地であるアメリカのIFBBが発行しているプロライセンスは、知名度・権威の高いライセンスとなっています。 これまで日本では、プロライセンスの発行がなかったのですが、2017年にNPCJ団体がIFBBのプロライセンス(プロカード)の発行が認められ、国内初の快挙となりました。 プロになる方法として、 NPCJ主催の大会に優勝すればプロライセンス(プロカード)が得られるチャンスがあります。 JBBF公認指導員 JBBF団体が発行する公認指導員という資格は、ボディビルの専門家として証明できますが、プロのボディビルダーを証明するものではありません。 これは、ボディビル・フィットネス競技の普及拡大と一般の方への健康増進に貢献するためのトレーニング指導員を育成する資格です。 ボディビルダーになる方法として、絶対に必要な資格ではありませんが、 競技者・指導者としてのレベルをさらに高めたいボディビルダーが多く取得しています。 受験資格として、3年以上の実技経験が必要になり、講習会と筆記試験で合否を決めます。 出題科目の例として、生理学・機能解剖学・栄養学などの運動や健康に関する問題が出題されます。 パーソナルトレーナー パーソナルトレーナーとは、マンツーマンでポージング指導やトレーニング指導、栄養指導を行う専門家です。 アマチュアとして活動をしていくときに、パーソナルトレーナーの資格を取得しておくと ジムの採用やスキルアップに有利です。 また、自分の体を理解することにもつながるためボディビルダーを目指す人にとって、一石二鳥といえます。 パーソナルトレーナーについての資格はさまざま種類があるため、自分の適性・費用に合わせて受験することをオススメします。 ボディビルダーの仕事って?(仕事内容) ボディビルダーの仕事は、 ボディビルの大会やコンテストに出場して賞金を得ることです。 大会の順位は、審査員による採点で決まります。 ボディビルダーがポーズをとって、筋肉の量やバランス、皮下脂肪がないか、輪郭の見える筋肉などの美しさを競います。 出場者は、予選となる「規定ポーズ」で審査されて、数名の予選通過者が「フリーポーズ」の審査を受けます。 「フリーポーズ」では、音楽に合わせて自由なポーズを取ります。 コンテストで上位に入賞するためには、 普段の食事の管理や日常の地道な身体づくりが大切な仕事となります。 ボディビルダーのトレーニング・食事 ボディビルダーになるには、日々のトレーニングや食事管理は欠かせません。 常に大会のときのような仕上がった身体をしているわけでなく、普段は体重や筋肉量も増やして皮下脂肪を蓄えています。 そこで、ここではボディビルダーはどのようなトレーニングをしているのか、どのような食事管理をしているのか解説していきます。 ボディビルダーのトレーニング ボディビルダーのトレーニングは、一般的な筋トレやダイエットするためのトレーニングとは大きく異なります。 ボディビルダーは、全身の筋肉が評価対象になるため全身を鍛えるトレーニングをします。 マルチエクササイズセットと呼ばれるトレーニングでは、4種目を各1セットずつ一定部位を集中して行います。 例えば、胸元を鍛えるとすれば、下記のようにトレーニングを行います。 ・ディビルダーベンチプレスを1セット ・インクラインベンチプレスを1セット ・ディップスを1セット ・ダンベルプレスを1セット これを集中して3~4セット行うトレーニングが、マルチエクササイズセットです。 その他に有名なトレーニングとして、 レストポーズ法やスーパーセットなどが挙げられます。 同じトレーニングを繰り返していても、筋肉の最大化は見込めないため、その他にも日によって鍛えたい部位を変えてトレーニングする必要があります。 ボディビルダーの食事 ボディビルダーの食事として、身体に筋肉を付けるためには、筋肉トレーニングよりも栄養管理の方が大切といわれています。 そのなかで卵は、重要な食材の1つです。 特に 卵白が良いといわれ、豊富なたんぱく質が含まれています。 タンパク質は人間の身体をつくる重要な栄養素でボディビルダーには欠かせません。 その他にも、 栄養素が豊富なオートミールやシリアルを食べることもあります。 またトレーニングが終わった後や就寝前は、プロテインを飲むことで豊富なたんぱく質やアミノ酸を効果的に摂取できます。 ボディビルダーの食事の特徴として、食事を何回かに分けて摂取することで、常に身体にアミノ酸を蓄える効果があります。 ボディビルダーの大会(主催団体) ボディビルダーを目指す人なら、大会に出場して自分の肉体美を評価されたいと思う人は多いでしょう。 ボディビルダーの大会では、筋肉の大きさを競い合い、体すべてが評価基準です。 主さ基準として、 筋肉量・大きさ・均製度、輪郭の際立ちが評価のポイントとなります。 ここでは、国内のボディビル大会の主催団体を解説していきます! JBBF(日本ボディビル・フィットネス連盟) は、1955年に設立された日本で最も歴史のあるフィットネス団体です。 国内最大の規模やドーピング検査基準など他の団体よりもレベルが高く、日本で最も名高い大会として認められています。 全日本大会で優勝、もしくは3位以内に入るなどの好成績を収めた選手は、 世界大会に挑戦する権利を得ることができます。 とはいえ、初心者の人のための大会も用意されているため、実力試しに出場してみてはいかがでしょうか。 【NPCJ出場にオススメな人】 ・はじめ大会に出ようとしている人 ・海外で活躍するボディビルダーを見てみたい人 ・ユニークな大会に出てみたい人 BBJ(ベストボディジャパン) は、2013年に設立された細マッチョコンテストの先駆けと呼ばれている団体です。 元K-1選手の魔裟斗さんがスーパーバイザーを務めていることでも有名な大会です。 細マッチョを少し大きくしたイケメンや、スタイルのいいモデルが参加するJBBFやNPCJに比べるとライトで初心者でも参加しやすい大会です。 ボディビルダーになりたてで、 まだ自分の身体に自信がないという人や、モデル体型で体を大きくしたい人にオススメです。 BBJに優勝するとテレビに出られることも多いため、出場して段階的に名を上げたいという人が出場する傾向があります。 【BBJ出場にオススメな人】 ・自分の体にまだ自信がない人 ・自分のルックスに自信がある人 ・テレビに出て知名度を上げたい人 SSA(サマースタイルアワード) は、2015年に設立されたタレントで俳優の金子賢さんが主催する団体です。 金子賢さんが、夏に似合う男女を決めたいという思いから開催された大会といわれています。 評価基準は、BBJに似ていてスタイルの良い細マッチョが評価されるため、これから体を大きくしたい人や夏にモテたいという人はオススメです。 そして、 日本国内のフィットネス団体が主催する大会の中で、唯一賞金が出ます。 最高100万円が出るということで、出場者にとっては盛り上がる良いモチベーションになりますよね。 【SSA出場にオススメな人】 ・夏に似合う体を作りたい人 ・モテたいカッコいい男になりたい人 ・賞金をゲットしたい人 ボディビルダーの給料 ボディビルダーの給料は、コンテストや大会に出て賞金を稼ぐことやスポンサーからの収入がメインになります。 しかし、プロとしてボディビルダー1本で生計を立てている人は、ほんの一部でほとんどのボディビルダーはその他にも仕事をして生活をしている人が多いです。 アメリカの大会では、 最高約2400万の賞金、平均200万~300万程度の賞金がありますが、日本国内のコンテスト大会では、賞金がほとんどなく海外と日本では大きな差があります。 日本から出場して入賞したとしても、投稿費や滞在費、現地でのトレーニング費用などの方が高くつきます。 スポンサーがつけば、それらの費用を負担してくれる場合もありますが、ほとんどのボディビルダーは、他でスポーツトレーナーやジムの運営をしながらアマチュアとして活動している人が多いです。 ボディビルダーのやりがい・大変なこと ボディビルダーとして活動していく中で、活動していてよかった・嬉しかったことのやりがいや辛かった・苦労したことの大変なことがあると思います。 ここでは、ボディビルダーのやりがいや大変なことを解説していきます。 ボディビルダーのやりがい ボディビルダーは、上手く体を鍛え食事制限をしながら、美しい筋肉をつけることが仕事になります。 そのため、コンテストや大会で自分の体が評価され入賞することができれば、今までの厳しいトレーニングや食事管理を乗り越えた甲斐があったと他では味わえない喜び、やりがいを得られます。 そのような鍛え抜かれた体を通して、 他の人に感動を与えられるということは、ボディビルダーになってよかったと感じることができます。 また、体を鍛え食事を制限する知識を他の人へ共有して感謝されれば、ボディビルダー活動のモチベーションにつながるでしょう。 ボディビルダーの大変なこと ボディビルダーになったときに大変なことは、十分な収入が得られずボディビルダー1本では生活できないことでしょう。 日本国内のコンテクストや大会では、賞金が出ないことが多いため他の仕事と掛け持ちして活動する必要があります。 また、 厳しいトレーニングと食事管理は、想像以上に過酷なため辛いといえるでしょう。 コンテストや大会前になると禁酒はもちろん食事制限をしながら、日々厳しいトレーニングを続けるためボディビルダーにとって食事の管理は宿命であり大変なことです。 ボディビルダーの現状・将来性 プロとして生計を立てている人が少なく、他の職業と掛け持ちをしながら活動しているボディビルダーですが、実際の現状や将来性はどのようなものなのでしょうか。 ここでは、ボディビルダーの現状や将来性について解説していきます。 ボディビルダーの現状 現在、「日本ボディビル・フィットネス連盟」に登録しているボディビルダーは、男性が約3100人、女性が約320人となっています。 日本人でプロとして活動しているボディビルダーは、わずかに1人です。 日本で唯一のプロボディビルダーは、 アメリカを拠点に活動している山岸秀匡さんという人になります。 コンテストや大会の賞金は、アメリカと日本では大きな差があります。 エンターテイメントの要素が強いアメリカは、高額な賞金を用意できますが、 日本はまだアメリカに追いつけていないのが現状です。 日本においてもボディビルダーという競技を、メジャーな競技へと盛り上げる必要があるといえます。 ボディビルダーの将来性 近年では、魔裟斗さんや金子賢さんなど知名度のある人が関わって業界を盛り上げていることもあり、 日本で活躍しているボディビルダーも増えてきています。 また、フィットネスやダイエットをする人が増えている影響もあり、スポーツトレーナーやジムの運営の需要も大きくなってきている傾向があります。 ボディビルダーは、自身の体や食事管理をする以外にも、 ボディビルダーに興味のある人や目指している人に向けて、ボディビルダーになる方法を教えていく活動が大切になるでしょう。 ボディビルダーに向いている人 ボディビルダーになる方法は、なりたいという気持ちがあれば誰でも目指すことができます。 しかし、厳しいトレーニングや食事・栄養管理の徹底など、努力をし続けることが一番の近道となります。 自分自身の筋肉と体と向き合って極限まで鍛えて管理することはもちろんのこと、その鍛えた筋肉をより美しく見せるために、全身の脂肪を落とす作業も必要になります。 そのため、 毎日のトレーニングから自分を追い込み、自己管理できるストイックな人は向いているといえます。 また強く美しいボディビルダーになる方法として、筋肉の仕組みを理解する解剖学や栄養学の知識を身に付ける必要があります。 ボディビルダーの適性 ボディビルダーは、 強い精神力と知性を持った人に適性があるといえます。 ボディビルダーに向いている人の適性を下記にまとめました。 【ボディビルダーに向いている人の適性】 ・ストイックな人 ・周囲の声を気にしない人 ・ナルシストな人 ・勉強熱心な人 ・向上心がある人 ボディビルダーになる方法?仕事内容・トレーニング・大会|まとめ いかがでしたでしょうか。 ボディビルダーになる方法とは、実際どのような仕事をしているのか、トレーニング方法、大会の種類について解説させていただきました。 ボディビルダーになるには、体を鍛えて食事の管理を徹底する以外にも、 どのようにして生計立てていくのか、計画的に進めていくことが必要になるでしょう。 とはいえ、ボディビルダーとして活動するといっても、それぞれ目指す方向性によって、活動する内容も変わってくるため、自身の目指す方向を定めることが重要といえます。

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ボディビルダーがめっちゃ好き

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CONTENTS 山本義徳 ボディビル、パワーリフティングのレジェンド「山本義徳」 山本義徳さんは、とにかくその経歴が尋常ではありません。 1991年東京都パワーリフティング選手権大会で優勝、そしてここから ボディビルダーに転身。 以降数々の選手権やトーナメントで優勝を果たし、現在はタレントも務めるトレーニング指導者として、これまでにニコラス・ぺタス、フランシスコ・フィリオ、神取忍、ダルビッシュ有、松坂大輔など、数々の有名アスリートを指導。 カッコいい身体をプロデュースするプロフェッショナルであり、そして自らもフィットネスモデルを務めます。 山本義徳 49才 身長:171㎝ 活動エリア:東京 大会実績:2005年 NPC トーナメント・オブ・チャンピオンズ(ヘビー級)優勝、2003年 NPC トーナメント・オブ・チャンピオンズ(ヘビー級)4位、1994年 東京都ボディビル選手権 優勝など 妹尾康平 コンテスト審査員も務めるトレーナー'S トレーナー「妹尾康平」 日本最大級のボディメイク大会 「サマースタイルアワード」で審査員を務め、 「FITNESSSTAR JAPAN」のCEOに就任。 初大会では何百人もの参加者が集い、大成功を収めました。 そして大会後には、選手の皆さんから相談という名のフィードバックを求められまくった妹尾さんは、いわばパーソナルトレーニング界の頼れる兄貴分、トレーナーが頼るトレーナーなのです。 【ボディメイクスタジオREAL】の代表トレーナー、テレビやラジオにも出演するなど幅広く活躍するフィットネスモデルです。 TVドラマなど数々の作品に出演された後、29歳で渡米。 NYでボディメイクの指導を行ったことをきっかけに、ヨガ、ピラティス、マスターストレッチ、ファスティング等の資格を取得。 そこから独自の リカバリーメソッドを考案。 また、 一生自分の足で歩き続けられる身体作りをコンセプトとしたこのメソッドを全国に普及させるため、一般社団法人インターナショナルリカバリー協会を設立。 スタジオ Carpe Diem(カルペディエム)の代表トレーナーとしても活躍中です。 その実力ゆえ、例えばLPGA(日本女子プロゴルフ協会) Pro Golfer Tour を始めとした、多数のクライアントのトレーナーとして活躍されています。 上地裕作 33才 身長:175cm 活動エリア:東京 大会実績:JBBF 2018関東メンズフィジーク選手権 準優勝、ベストボディ・ジャパン2017東京オープン大会 ミドルクラス グランプリ受賞、ベストボディ・ジャパン2016東京大会 ミドルクラス グランプリ受賞など パトリック 空手選手からパーソナルトレーナーへ「パトリック」 カメルーン生まれ・フランス育ちのパトリックさんは、フランスで空手と出会い、来日後は極真会館に入門。 大会に出るやいなや優勝を総ナメにする素晴らしい活躍をみせました。 ところが試合中に大怪我を負い、引退を決意した時に出会ったのがパーソナルトレーニング。 そこからボディーメイクコンテストでグランプリ獲得の常連となるほどの快進撃を続けます。 そして現在は、トレーニングはもちろん、食事指導にも定評があるパーソナルトレーナーとして活動中。 さらにパーソナルトレーニングジムの運営、コンペティター、フィットネスモデルと、その活動の幅をどんどん広げています。 パトリック 38才 身長:174cm 活動エリア:東京 大会実績:2018 NICA JAPAN Athletic physique -175 優勝、2018 NPCJ Tokyo blaze open -175 優勝、2017 ベストボディジャパン日本大会優勝など 北井大五 ボディビル界のレジェンドにして現役最強選手「北井大五」 130余りの加盟国を誇る、アジア最大のボディビル協会 WBPF JAPAN。 また、北井さんはジムの代表トレーナーとして今まで数々のトレーニング指導を行い、その【結果が出る指導力】が評判となって、初心者から大会出場者までセッション希望者が後を経たない状態。 もちろんフィットネスモデルとしても大活躍されています。

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日本一のボディビルダー横川尚隆選手が日本人初のIFBBエリートプロに │ ズナラボ

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もともと、スポーツのすべてに、ボディビルディングのねらいがあり、日本に於いても、その観念に変りは無かったと思う。 近代ボディビル・ムーブメントを、私は単なるスポーツとしてのみならず近代文明公害の中での、これこそは貴重な人間主張の提唱として、大きく意義づけをしたいと思うのだ。 ところで、日本におけるボディビル・ムーブメント以前の怪力ないし筋肉作り修業だとか、健康増進のための身体づくりが後年のボディビル・ムーブメントにつながる土壌になったようである。 それらの状況だが、戦前のスポーツ関係を思い出して見ると、特に、陸上競技や格斗競技の選手たちの間では、専門の筋肉増強のためのマッスル・ビルデング・トレーニングが盛んであって、夫々が工夫を凝らしたものである。 その一例として思い出すのは、大正末期から昭和初年にかけて東京高師(今の教育大)の投擲(スローイング)選手として活躍した安東熊夫選手などはマッスルビルに憑かれてしまって、極端なまでの筋肉発達と、或は何か先天的な内科疾患か障害体質が重なったのかも知れないが、発達し過ぎた筋肉による内臓圧迫と云う奇病を患うのである。 一般的に使用されていた用具は鉄亜鈴、エキスパンダーだとか、それぞれ手製のバーベル類似のものなどで、本物のペーベルはあとになる。 若木氏の場合と比較して誠に面白い対照をなすのが近代ボディビルの始祖ユーゼン・サンドウの場合で、サンドウは全くその逆であった。 但し、結果が似ている事は必ずしも本質も同一であるとは云えないと思う。 バーベル使用は、重量挙競技の輸入の歴史にはじまるのであり、昭和9年3月に日本体育協会が嘉納治五郎会長に依頼してオーストリーからバーベルを買って来てもらい、これを当時、世田谷にあった文部省体育研究所(大谷武一所長)に重量挙げ競技の研究を一任したのがはじまりである。 事の発端は、世界大戦のため流会になった1940年東京オリンピック準備の一環であった。 実際にそのバーベル操作と重量挙げ競技の研究に取り組んだのが、当時岡山県から上京し、日本体育会体操学校に学んだ井口氏で、井口氏は岡山時代米俵での怪力修行にならぶ者無い豪力を誇ったと聞く。 当時の重量挙げ競技は、体操競技の一つの種目として扱われていたし、研究は文部省体育研究所が本拠であっただけに、用具としてのバーベル、ダンベル等も肉体の鍛練用具としての研究テーマであったはずで、従って井口氏とバーベル運動、ならびに重量挙げ競技は、切っても切れない関係となる。 後年のボディビル・ムーブメント台頭期にはボディビルと井口氏が率いるウェイトリフティングの間の領域区分の問題などが派生したこともその点に由来するのだ。 だが、文部省体育研究所における当時のバーベル研究の主目標の実際は、何と云っても東京オリンピックを控えた至上命令の重量挙げ競技であったし、当時はまだ、国際的にもボディビル・ムーブメントはいい気なテーマとして育っていなかった。 昭和11年5月に、日本体操連盟の一行事として行なわれた第一回日本重量挙選手権大会で初の日本チャンピオンは井口氏が獲得し、昭和12年9月に日本重量挙連盟独立の旗あげにも、事実上の中心人物は彼であった。 その後、井口氏はウェイトリフティングによる記録追求の道を一路推進することになる。 ボディ・コンテストだが、これもまた、ボディビル・ムーブメント台頭以前の行事としては、あとに書くがウェイトリフティングの分野で行なわれた。 それは、台頭期のウェイトリフティングが体操競技連盟の分野の一行事として行われたことと軌を一にするもであって、力を追求するのがウェイト・リフティング競技の本道であり、逞しい健康の象徴でる理想の肉体づくりを追求するのがボディビル夫々、本来目的は異なっているのが当然であろう。 写真は若木氏が演ずる怪力の一芸〕 日本のボディビル・ムーブメントが本格的な形をととのえる以前に、その素地になるいろいろな動きがあった。 それらの中で、主なことがらについて、ここにあげておく。 昭和27年、福島で行われたウェイトリフティング競技会の時に開催された日本で初めてのボディ・コンテストで優勝した当時の窪田登氏。 〔第2〕には、海外における日系ボディビルダーの活躍と、その存在が、大きい刺戟になったと思うこと。 〔第3〕には、時期を同じくしてクローズ・アップされたのが力道山によるプロレス・ブームで、プロレスとボディビルとの縁が深いだけに、これもまた刺戟になるのだ。 〔第4〕には、そうした中で、ボディビル・ムーブメント展開の拠点が相次いでうまれはじめたこと。 ミスター・アジア誕生のボディ・コンテストは、昭和26年3月、インドのニューデーリーで第1回アジア競技大会が開催され、ウェイトリフティング競技の関連行事として、ニューデーリーの国立スタディアムで(3月6日)おこなわれた。 イラン、マレイ、ビルマ、日本、インドの5カ国から、40名の参加で、日本は井口幸男、窪田登の両選手が出場する。 コンテストは、身長によって(5フィート6インチ以下)、(5フィート9インチ以下)、(6フィート以下)、(6フィート以上)の4クラスに分けて審査がすすめられた。 審査の採点基準は次の通り6項目合計の100点満点によるものであった。 (1 筋肉の発達状況 30点満点。 (2)身体の均整 20点満点。 (3)筋肉の均整 15点満点。 (4)ポージング(2回行う)20点満点 (5)反射機能の状況 10点満点 (6)人格(マナー)5点満点 競技の結果、ミスター・アジアの栄冠はインドの選手(パリマ・ロイ)が獲得し、日本の2選手は、初めてのことでおそらくポージング等の不馴れのためかと思われるが途中で棄権したさうである。 日本における、初のボディ・コンテストは、その翌年、昭和27年に、福島県平市でウェイトリフティグ協会の主催で行なわれる。 海外において活躍した日系ボディビルダーの中で、日本のボディビル・ムーブメント台頭に大きい影響力を与えたのはハロルド坂田とトミー・コーノであろう。 彼は、その後もプロレスラーとして何度も来日しているし、その初来日(昭和26年)のとき、彼の愛妻になった千枝子さんとのロマンスを実らせただけに、人的交流も多彩であったから、彼によって親しくボディビルを吹き込まれたり、次いで指導をうけた者も少なくない。 私が、はじめて逢ったときも、次のような具合であった。 余談だが、ハロルド・坂田のマッスル・コントロールは抜群のうまさがあって、誰かが、こんな陰口をたたいていたほどである。 オリンピック重量挙二連勝、ボディビル界でも数々のタイトルを獲得したトイー・コーノ。 ボディビル・ムーブメン展開の拠点になる人々だが、のちに、その推進力の中心となる早大バーベル・クラブの誕生があった(昭和29年)。 早大バーベル・クラブの詳細については次号にゆずるが、大学スポーツ活動としてボディビル専門の集まりは早大バーベル・クラブが最初であった。 早くから健康づくりに取組んでいたY・M・C・Aのバーベル・クラブも当然有力な拠点で、東京以外の地方にも、Y・M・C・A系列のウェイト・トレーニングによる身体づくりはウェイトリフティングと併行していたようである。 その他、仙台には、北大教授の英人バートン・イー・マーチン氏がボディビルの熱心な提唱者で、S・H・クラブを主率し、また前記の福島県広野町の額賀グループがあったし、関西にも、大阪、神戸に同好者がうまれはじめるのだが、私の勉強不足で全国に少なくないはずの幾多のボディビル先覚者について不明の点が多いのを残念に思う。 従って、ここでは取りあえず手許にある全国ボディビル・ジム・リストの中から、協会設立前後に設立されたボディビルジムをあげておく。 日本ボディビル・センター(東京渋谷 益坂)小寺金四郎、平松俊男 後楽園へルス・ジム(東京文京区)岡村憲佶 サンケイ・ボディビル・センター(現在は無いが東京有楽町) 兼岩道場(靜岡駅南口)兼岩元城 中日へルス・クラブ(名古屋中日スタジアム内)中村清 中心体育会笛(京都市北区)小野藤二 神戸ボディビル・ジム(神戸市生田区)田近斐、田近英二 堺ボディビル・センター(南海線堺駅前)佐野誠之 ナニワ・ボディビル・クラブ(大阪北区堂島)萩原稔 福岡ボディビル・センター(福岡市奈良屋町)太田実 (次号につづく).

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