持病 中国語。 なぜ中国政府は新型コロナを世界中に広めた責任を認めないのか 全人代の「新規感染ゼロ」というウソ

なぜ中国政府は新型コロナを世界中に広めた責任を認めないのか 全人代の「新規感染ゼロ」というウソ

持病 中国語

) 試験前日の土曜日は午前中病院に行って、午後から中国語の勉強・・・ と思っていましたがやはりやる気が出ずそのまま帰宅して家でゴロゴロ。 で、夜になってリスニングの練習を全くやっていないのを思い出して 1級の過去問のCDを持っていたので、なぜか1級の過去問をやってみました。 第93回ね。 それを狙って。 で、やってみた結果。 撃沈 orz。 却ってストレスが溜まってしまった。。。 前回、3月の時も、試験前1週間くらいに試験勉強に飽きて 前日は何もやってないみたいですけど(自分で以前の記事を読んだ。 ) 今回もおんなじ。 田舎なので明日6時起きでJRに乗らないと。 また今度も不合格だろうな。 しかし、試験のために筆記の勉強をしたことは(ちょっとだけど)少しは自分の 身になっている、と思います。 っていうか思いたい! 笑。 次の日曜日はいよいよ試験。 9時半学習開始。 ペンを取り替えるのが面倒なので、今日はシャーペンと赤ペンだけ。 やる気が少しでも出るように楊洋の巻き巻きペンケースを持って行きました 笑。 えーっと 科挙の一位、二位、三位の呼び名でしょ。 (一位: 状元、 二位: 榜眼、 三位:探花 ) 标致 の意味でしょ。 ( 标致 : biao1zhi【意味】美しい.特に女性の美しさを形容することが多い) 有戏 の意味でしょ。 ( 有戏:you3xi4【意味】〈方〉見込みがある.望みがある.) 他にもありましたが、数年前には自信満々で覚えていた言葉たちをすっきりと忘れていました。 すごく衰えていますね。 脳みそが 笑。 というわけで、試験勉強は今日で終わり。 今日、自分の昔の記事を見ていて、中検の勉強を3ヶ月前から始めてて びっくりしました~。 昔は真面目にやっていたんですね。 というわけで、今日も午後から市民センター学習コーナーへ行ってきました。 日曜日に勉強して以来5日ぶりに中国語に触ります。 やはり平日は仕事から帰ったらヘロヘロ状態でドラマすら見る元気がないですわ。 昼休みは昼休み時間だけつけていいオフィス内のテレビでNHKをぼんやり見ている・・・。 ちょっと前まで直近の試験問題(第97回)から一回ずつ遡ってやっていました。 ってことで、なるべく幅広くおさらいするために今日は本棚にあった 光生館の問題集を適当に取って行きました。 で、写真の2008年問題集ね。 この問題集、試験の度に何度もおさらいしているので、いくらなんでも全問正解しても よさそうなんですけどね。 今日も懲りずに間違いがありましたわ~。 当時、正解に納得がいかなかったのでめっちゃ調べた記憶がくっきりとあるのに やはり間違えるという。。。 orz というわけで、今日は5時半までかかって第61回の問題を終わりました。 がんばってもやっぱり5時間はかかります。 といいつつ、途中閲覧コーナーにある「週刊文春」を読んだりしていましたが 笑。 全然重要語ではないんですけど、やはりこういう言葉は気になります。 楽器の弦を女性に例えてる?ちょっと失礼じゃない? なにか故事がありそうですね。 暇な方は調べてみてください。 おまけ。 タイから中国に戻ってきた楊洋。 ジバンシーのばっちりロゴにルイヴィトン。。。 なんだか成金おじさんみたい。。。 というわけで今日は日曜日。 いつものとおり朝から県立図書館へ。。。 と思いましたが、やはり「勉強」となるとちょっと腰が重くなって、 結局お昼ご飯を食べてから12時半ごろノロノロと行きました。 今日は第87回の過去問をやりました。 と気がついて、 とりあえずパラパラ見てみて解説が詳しそうな回をピックアップしてやってみようと思って。 それにしても多い。 うんざり。 泣」という絶望感に襲われました 笑。 この87回の問題、解説部分の例文まで完全網羅すればそれだけでかなりの 語彙力がつくと見ました。 第87回問題の解説の人はマニアックだったわ~。 手ごわかったわ~。 この方、本当に中国語が好きなのね。 と変な方向に想いを馳せた今日一日でした。 たぶん以前にも一回紹介していると思います。 こういうの見るたびに「中国語ってシンプルですてき💛」 とか感動しちゃう中国語オタクですわ。 中国語の実力は全く進歩しないんですけどね。 というわけで、次に勉強するのは今週土曜日。 リスニング全然やっていないので練習しないと。 「上を目指す学習者のための中国語表現777」(晃洋書房) 試験まで1ヶ月切っていますが、とりあえず気休め気休め 笑。 あっ、受験生のようにがっつり暗記するつもりはなく、軽~~く目を通すだけです。 はっきり言ってそこまでのめり込むつもりはありません。 平日は仕事&睡眠時間が何より最優先ですからね。 新しいものをおろすときはシールをペタペタ貼ってカスタマイズするのですが、 手持ちの楊洋のシールがもうなくなりそう!(見えにくいけど写真の中の四角い4つの写真) 新しく買うかどうか考え中です 笑。 いや~。 えらいっ!自分! って、このここらへんは3月に中検を受けた時にやったのでうっすら記憶があったんです。 で、ちょっとこなすスピードが速かったんです。 一つの業務を専門に務める。 」 みたいな感じ。 としたのが小説《 全职高手》よ! 《 全 职高手》の主人公・叶修がオンラインゲーム栄耀の中で操るキャラクター 君莫笑の職業は「散人」です。 「散人」は特定の職業を選択しないという設定。 そのため、「散人」は 栄耀内に存在する24のすべての職業の技を使うことができるのです。 しかし、すべての技が使えることと引き換えに、「散人」が使える技はすべてレベル20以下。 (特定の職業を選択する場合、その職業の技しか使えないが技のレベルは70以上にもなる。 ) というわけでタイトル 《 全 职高手》の" 全 职"は24種類すべての職業の技がすべて使える。 つまりオールマイティってことなんです。 なので 全 职 太太と 全 职高手のそれぞれの " 全 职 "、意味全然違わない? と気になったのでした。 今日の一番のポイントはここね 笑。 君莫笑のねんどろいど。 やっぱり欲しいな~。 午前中洗濯したり買い物に行ったり、そしてお気に入りのパスタ屋さんで 一人ランチをしたりしたので図書館に着いたのは12時40分。 今日は第96回の問題に取り組みました。 図書館だったので口に出して言えなかったのでまた忘れるかも。 ところで、私、光生館の過去問を1回分終わるのにいつも5時間くらい かけているんですけど、他の人はどのくらいかかってるんだろう。。。 と、ふと他人様が気になってしまう。 勉強なんてとても無理! テキストを開いた途端寝ちゃいそう。 というか絶対寝る! というわけで、今日は土曜日。 朝から病院とか美容院とか(シャレ?)忙しかったので、 今日は2時15分から市民センターの学習コーナーでお勉強~。 第97回の問題に取り組みました。 これはまだ光生館の問題集に収録されていないので中国語検定協会から買いました。 この問題、3月に受けて、合格点が75点のところ私の得点が74点で不合格だった問題です。 問題もう忘れちゃったし試験後答え合わせもしていないので、今日はまたほぼ白紙状態で 問題を解きましたが、なんだか3月より正解が多い。。。 (正解は「理 所 当然的事」) たぶん『 理 所 当然』と書いていたらあと1点は稼げただろう。。。 というわけで、今度受ける時は中作文の問題は成語をたくさん盛り込もうと 決心したのでした。 途中で閲覧コーナーの雑誌を読んだりしたので、かかった時間は正味4時間くらい。 第97回問題は光生館の問題集(解説が鬼のように詳しい)ではなかったので 比較的あっさりめで。 あ、あと第97回のリスニング、これも78点とかなりパッとしない点数 だったのですが、今日寝る前に余力があったらやってみます。 これ、択一問題がひっかけっぽくて難しかったのよね。。。 【おまけ】 楊洋の新しい写真💛 なんと、左眉の上の傷が修正されていないんです! 小さい頃に窓枠から落ちて(何かで読んだけど記憶が曖昧)傷跡が残ったらしく、 メイク担当の人がいつも苦労されていたそうです。 もう隠すのやめたとか? なぜ市民センターではないかというと、市民センターは日曜日は5時閉館 なんですよね。 なので、もしキリのいいところまで終わらなかったとしても 5時には帰らないといけないのです。 で、念のため夜8時まで開いている県立図書館にお昼から行きました。 我ながら汚い字。。。 お昼12時から夕方6時40分までかかってやっと終わりました。 途中で閲覧コーナーの「家庭画報」豪邸訪問特集を読んだり、図書館に併設されて いるおしゃれカフェでケーキセットを食べたりしたので正味5時間弱。 かなりペース遅いですね。 実は昨夜「日曜日は朝からまる一日みっちり勉強しよう!」と意気込んでいたのですが、 いざ今朝になったらなんかやる気なくなってて午前中は家で洗濯したりしていました。 で、次に、以下の言葉を調べました。 いつか気力が充実している時に13個覚えよう。。。 というわけで、今日も遅々とした進み。 明日からまた仕事ですよ~。 次に勉強するのは土曜日です。 昨日ははりきって朝9時から市民センターに行きましたが、 今日はちょっと疲れたので(2日目でもう?!)朝はダラダラして お昼から県立図書館へ。 彼の仕事のやり方はあまりにだらだらしている。 初めて見た単語だな~と思って覚えてみました。 たいこをたたくって、 なんだっけ?アセアセ」とパニックになり、解答を見たら 打鼓 da2gu2 だったという・・・orz 解答を見た時、「自分終わった!」と思いました 笑。 というわけで、明日は月曜日。 またまた仕事が始まります。 憂鬱憂鬱。 次に勉強するのは土曜日ですよ~。 たぶん。

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門真運転免許試験場(各種申請窓口、受付時間等)/大阪府警本部

持病 中国語

てんかん てんかんは、突然意識を失って反応がなくなるなどの「てんかん発作」をくりかえし起こす病気ですが、その原因や症状は人により様々で、乳幼児から高齢者までどの年齢層でも発病する可能性があり、患者数も1000人に5人~8人(日本全体で60万~100万人)と、誰もがかかる可能性のあるありふれた病気のひとつです(1)。 「てんかん発作」は、脳の一部の神経細胞が突然一時的に異常な電気活動(電気発射)を起こすことにより生じますが、脳のどの範囲で電気発射が起こるかにより様々な「発作症状」を示します。 しかし症状は基本的に一過性で、てんかん発作終了後は元通りの状態に回復することが特徴です。 原因は様々で、脳腫瘍や頭部外傷後遺症などの明らかな原因がある場合は「症候性てんかん」、原因不明の場合は「特発性てんかん」と呼ばれます。 治療は適切な抗てんかん薬を服用することで、大部分の患者さんでは発作は抑制され通常の社会生活を支障なくおくれます。 一方、抗てんかん薬では発作を抑えることができず、「難治性てんかん」として複数の抗てんかん薬の調整や外科治療などの専門的なてんかん治療を必要とする場合もあります。 【参考文献】 1)大塚頌子、赤松直樹、加藤天美、他:日本におけるてんかんの実態 日本のてんかん患者数の推定、てんかん研究27巻3号:408-411、2010 「てんかん」とは 脳の神経細胞(ニューロン)は、その数は数百億ともいわれますが、基本的に電気的活動を行っているため、強い電気刺激により異常で過剰な電気活動(電気発射)を起こす性質があります。 「てんかん発作」は、このニューロンの電気発射が外部からの刺激なしに自発的に起こる現象を指し、また「てんかん」は、この「てんかん発作」をくりかえし起こすことを特徴とする病気です。 てんかんは、原因が不明な「特発性てんかん」と、頭部外傷、脳卒中、脳腫瘍、アルツハイマー病など原因が明らかな「症候性てんかん」に分けられ、前者が全体の約6割、後者が残りの約4割を占めるとされます。 乳幼児から、小児、学童、思春期、成人、高齢者のいずれの年齢層でも発症しますが、特に小児と高齢者で発症率が高いといわれています。 重症度は千差万別で、小児期に発病し数年に一度程度の発作で成人になれば完治してしまう良性の特発性てんかんがある一方、頻繁に発作をくりかえし様々な脳機能障害が進行する難治の症候性てんかんもあります。 また薬で発作が抑制されない場合でも、海馬硬化症や良性の脳腫瘍などのはっきりした病変がある場合は、手術で発作の完治を期待することもできます。 【参考文献】 2)Brodie MJ, et al. : Patterns of treatment response in newly diagnosed epilepsy. Neurology 78 20 :1548-1554,2012 てんかんのサイン・症状 「てんかん発作」の症状は、脳のどの範囲で異常な電気発射が起こるかにより多彩です。 たとえば脳の一部で起こる発作(部分発作)では、後頭葉の視覚野で起これば光がチカチカ見える、手の領域の運動野で起これば手がピクピク動く、側頭葉で起これば前胸部不快感や既視感など、患者さん自身が感じられる様々な症状を示します。 一方電気発射が脳全体に広がった場合、意識を消失し動作が止まって応答がなくなる、倒れて全身を痙攣させるなど、患者さん自身は発作の間意識がなくなり周囲の状況がわからない状態となります。 また、体の一部あるいは全体が一瞬ピクンと動くミオクロニー発作や、突然体の力が抜けバタンと倒れる脱力発作、あるいは手足や口をもそもそと動かす自動症といわれる発作などもあります。 てんかんの診断と治療 てんかんは、一旦診断されるとその後長期間服薬を必要とすることが多いため、初期診断で、本当にてんかんなのかどうか、ほかに治療が必要な原因はないのかを見極めたうえで、長期的な治療の見通しを立てることが大切です。 小児の良性てんかんでは発作症状などの病歴の聴取だけで診断が可能なこともありますが、てんかん発作をくりかえし起こす場合には、基本的に脳波とMRI検査を行い、てんかんの診断と原因を確認する必要があります。 発作で意識が消失することは、患者さんにとって社会生活上最も大きな障害となる症状で、事故にあう危険はもちろん、就労や就学、あるいは自動車運転などに際し大きなハンディキャップとなります。 従っててんかんの治療は、発作をいかに消失させるか、あるいは意識消失を伴う発作の回数をいかに減らせるかが主要な目標となります。 具体的な治療方法としては、抗てんかん薬の調整が主ですが、自己判断で薬を中断しないことが、発作を防ぐうえで重要です。 また、中には先に述べたとおり外科治療で完治を期待できる場合もあり、早期に適切な診断を行うことも大切なことです。 てんかんをもつ人へのケア てんかんをもつ人にとって、発作が起こっている時間は通常数秒から数分間にすぎないため、発作が起こっていないその他のほとんどの時間は普通の社会生活をおくることが可能です。 従って、病気の特性を周囲の人がよく理解し、過剰に活動を制限せず能力を発揮する機会を摘み取ることのないよう配慮することも、てんかんをもつ人に対するケアを行う上で大切なポイントです。 またてんかんをもつ人は、小児では発達や就学、成人では就労や自動車運転、女性では妊娠と出産など、生活上のさまざまな問題に対する継続的なサポートを必要としています。 また発作の止まらない患者さんでは、くりかえすてんかん発作による脳機能障害や心理・社会面の障害に対するケアも重要で、様々な福祉制度を活用することも求められます。 ecn-japan. umin. jea-net. jp)のウェブサイトからは、てんかんに関する情報を得ることができます。

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楊丞琳

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井上光貞は 「 初期における日本の仏教界の僧侶は渡来人のみであった。 平安時代になっても注目すべき僧侶は朝鮮渡来人が多い。 」 と述べている。 中でも、 「行基」「最澄」 はよく知られている。 708 年 和同開珎が発行されたのは、秩父で銅山が発見されたのがきっかけであるが、この 「銅山の発見」 には 「秦氏 朝鮮渡来系氏族 」 が関係していると言われている。 秩父の周辺には今でも 「秦氏の末裔 秦姓」 の人が多い。 比企郡を源流とする高麗川周辺には、 「朝鮮渡来人が多く住んでいた」 と言われ、高麗 コウライ は 「 Korea」 の語源とされている。 「秦氏」 は大和朝廷に厚く迎えられた。 その時の渡来者の数は一万人に上る技術者集団であった。 伝えた技術は 「機織」「養蚕」「灌漑」「治水」「冶金」 など多岐にわたった。 更に 「楽器」「紙の製造」「神社の建造」 などにも貢献し、 古代日本の殖産的大豪族であった。 「松尾神社」「伏見稲荷」 などを創建、 「 宇佐八幡神宮」 を建立し、 「稲荷神社」 や 「八坂神社」 を広めたのも 「秦氏」 だと言う。 「日本全国の神社」 のかなりの部分を秦氏が関わったことになる。 「八坂神社」 といえば祇園祭があるが、これも 「秦氏の功績」 だという。 「 日本史辞典 」 に、朝鮮には 「秦の姓」 が多いと書かれているという。 「九州の豊前 福岡県 」 の戸籍台帳 702年作成 によれば、 「当時の住民の 85%」 までが 「秦氏族」 のものであったという。 「漢氏 あやし 」 は 「百済系渡来人」 で飛鳥の大豪族であった。 「蘇我氏族」 と手をくんで大繁栄し、後に数百家がわかれ出ているという。 征夷大将軍 「坂上田村麻呂」 は 「漢氏」 の出である。 大和高市郡 の住民の 「 80%~ 90%」 が 「漢氏族系」 のものだったという。 「檜隈」 は 「朝鮮渡来人の中心根拠地」 で、この地で 1972年 「高松塚壁画古墳」 が発見された。 まさに、大和は事実上 「漢氏 あやし 」 の国とも言えたのである。 「蘇我氏」 は 「漢氏」 と手をくんでその権勢を欲しいままにしていた。 「蘇我入鹿」 は当時の実質天皇と言われ、その専横のため 「天智天皇」「藤原鎌足 」 の陰謀により暗殺された。 蘇我氏の後、日本の実質天皇は 「藤原氏」 と言えるだろう。 「藤原氏」 は以後 1300年に渡り、日本の 「政治・文化・宗教・経済・言語 ・ ・」 における 「権勢を欲しいままにし」 、極端な言い方をすれば、現日本は 「藤原氏によって形成された」 と言えるだろう。 「徳川幕府崩壊直後」 の明治元年 1868 の内閣最高幹部 「左大臣 藤原道隆 右大臣 藤原家信 同従一位 藤原実美 内大臣 藤原実徳 内大臣正二位 藤原忠順 藤原宗弘 藤原資宗 藤原雅典 藤原光愛 藤原胤保・・」 などからも藤原氏の勢力がいかに強力なものであったかがわかる。 「小山修三」「森浩一」「埴原和郎」「小山修三」 などの人口問題に関する考察・統計によれば、 日本列島における人口増加は、 「縄文人 主導の流れによるのではなく、弥生時代から始まる朝鮮渡来人の急激な増加」 によって形成されていることがわかる。 「渡来人の移動 」 は、弥生時代から倭国全体へ広まってとどまることを知らず、 「その流れ」 は 「古墳~飛鳥~奈良時代」 へ 早瀬のごとく突入していった。 殊に、 「百済のハイクラス」 の 「王族・高官・僧侶」 などを中心とする人々が 「突如として倭国へ大移動 」 したときから、 「世界レベルの文化遺産」 が 「雨後の竹の子のように出現」 したのである。 「奈良時代の国宝級の文化遺産」 は 「 縄文人の血をひく純血種」 が生み出したものではない。 このことを認識しなければ、今後いつまでも間違った古代史を語り続けるだろう。 「 柳宗悦」「松本清張」「司馬遼太郎」 は古代史の真実を臆面もなく語っている。 松本清張が 「日本の古代文献は古代朝鮮語で書かれている」 と言っているのは、偉大な文豪にあらずして発することができない名言である。 「松本清張のような素人に何がわかるか」 などと豪語している方がおられるけれども、 「清張通史5」 を見ただけでもわかるのは、松本氏は素人などと軽視されるような人ではないということである。 松本氏は 「清張通史5」 の最終ページで、 「蘇我氏の研究は、ほとんど日野昭氏が主としておこなっている観がある。 蘇我氏の研究では、主流派ともいうべき東京大学・京都大学・または早稲田大学などの教授たちに本格的な論文がないのである。 」 と書き、その後に続けて、 「いまだに日本書記による蘇我馬子の抹殺が響いているためだろうか」 と述べている。 わずかこの一言で、松本氏が古代史についての偉大な研究者であることがわかる。 『日本書紀』 で 「蘇我氏が悪く書かれている」 と言われているのは、 「藤原鎌足」 が 「蘇我入鹿暗殺」 の後、 『日本書紀』 を中心になって書いた 「藤原不比等」 が、 「蘇我氏」 をないがしろにしたためだと言われている。 日本の古代史研究家・言語学者はこれらの偉大な方々を虚仮にしているのではないだろうか。 司馬・松本・金達寿・柳宗悦などは学者ではないけれども、 「古代日本語の源流」「日本民族の成り立ち」「大和朝廷の成立」 について学者以上に考察し、 「総合的・鳥瞰図的」 に古代史を眺めている。 現代のわれわれは、この方々の 洞察を注目しなければならない。 「素人の松本氏」 がなどと蔑視しておられる方は、 何かの偏見を妄執 しておられるのではないだろうか。 「柳宗悦」 は日本の真の歴史を知り、 「飛鳥~奈良時代ごろにつくられた国宝 は韓国の国宝とも言える」 と語ったのである。 柳氏の説を初めて聞いた人は、 「柳氏」 を特異な人物とみなし信じることができないだろう。 名前からして韓国的である。 韓国人にありがちな韓国びいきの発言に幻惑されてはならないなどと言って、古代日本の文化の源流を 「縄文在来種の日本人」 であるとしている人たちがいる。 「日韓語の漢字」 はとても似ており 「中国語の漢字」 とは相当に異なっていることから、 「日韓語」 はどのような流れによって成立したかがわかる。 奈良時代に、 「中国人がやって来て漢字指導」 をしたり、または 「中国へ行って漢字を学んだ」 と思うかもしれないが、 ほとんどの漢字は 「 600年の漢字歴史をもつ朝鮮人が使用」 していたのである。 従って、日韓語の漢字は中国語の漢字と相当に異なり 「日韓独自のものになっている」 のである。 以下に 「日韓中」 の漢字を比較した例語の一部をあげておく。 「日韓語の漢字」 と 「中国語の漢字」 がいかに異なっているか参照してもらいたい。 ハングルの漢字音はカタカナ表記になっているので、正確とは言えないが、近似音であるように書いているので参考に見てもらいたい。 「中国語の漢字音」 は書いていないが、 「日韓語と異種の漢字」 のため、音まで書く必要はないと思う。

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