千年 メドレー と は。 「ジャニーズ冬うたメドレー」と「千年メドレー」を観ました!

千年メドレー

千年 メドレー と は

春は桜吹雪 風が踊らせる 萌える夏の色と「草」木の薫り 過ぎる季節を 眺めながらの いつもは気づかないことも見えてきそうだよ 月を枕に 今宵一夜に 千年の夢 語りあかそうか 「東」の空につきが 浮かぶ まるで 歌を詠うように 眠りに落ちるまで 聞かせたい 物語さ Wo…Oh… 引用:『千年の季節』 この曲は『』の集歌2381を下敷きに作られた歌ではないかと考えています。 歌詞を見ると、 「草」「東」はありますが、 「錦」はありません。 これは舞台のストーリーと関連していて、少年隊として活動を続けていくはずだったのに、ニシキ(錦織)が突然理由も告げずニューヨークへ旅立ってしまい、残されたヒガシ(東山)とウエクサ(植草)はニシキの身勝手な行動に憤りも感じつつも、一緒に活動してきた仲間を恋しく思い、もう3人で活動することは夢になってしまったのかと悩むという話に繋がります。 ジャニオタも苦しくなる話の展開、、、 『千年の季節』はニシキが居なくなったことを暗示し、ニシキに思い焦がれる歌になっています。 では「千年」を「ちとせ」と読むので、KTKの初期時代は「ヒガシの千年(ちとせ)」と言っている人(文字でしか見たことがないので)もけっこういたのですが、KTKの番宣でジュニアの口から「せんねんメドレー」と発せられたことにより、「せんねん」だったのね…っていうこともありました。 『千年メドレー』は劇中劇のセリフと歌詞、劇とダンスの振付がリンクするように成り立っています。 まずは、『千年メドレー』が登場する前後の劇中の流れから説明します。 残された東山と植草は、その勝手な行動に激しい憤りと、疑問を感じる。 酒を飲み、やりきれない思いを語り、そして酔いつぶれる二人。 錦織は、夢の中でも二人を悩ませる。 しばらくして、依然として悩む東山と、吹っ切れてしまったかのように見える植草。 そんな二人が「」で共演することになった。 東山が演じると、植草のホレーショーが、暗殺の事実を知り復習を誓う場面。 亡霊が仮面を外すと、現れたのは錦織の姿。 それを見た植草は、それまでの錦織に対する悶々とした気持ちから、亡霊に斬りかかってしまう。 一方、ニューヨークの錦織は…。 もしかすると、俺は夢を見ているのかもしれない。 永遠の眠りについたのかもしれない。 これは悪夢なのか、迷いなのか。 俺は夢の中をさまよう旅人のような、ただ何かを求めて彷徨う。 もし、もしもこれが夢なら醒めればいい。 Endless SHOCK 2009ではコウイチ()がオーナー役のウエクサ(植草)に向かって「『眠れば夢を見る。 悪夢におびえる俺~(略)』」というのセリフを言っていました。 12歳の時に『MASK』を観劇したのがに入るきっかけにもなったくんが植草さんに向かってこのセリフを言うのは趣があるなぁなんて思いました。 ジャニーズの舞台では劇のセリフが至る所に出てきますが、この『MASK』がその方向性を決定づけた、ジャニーズ舞台の基礎になったのではないかと考えています。 また役名が本人の名前になったのも『MASK』からです。 ジャニーさんは先生の翻訳(「満天の星よ」と訳した方です)が好きみたいですが、おそらく小田島先生の著作はすべて読まれているのではなかろうか?と思っています…すみません話が逸れました。 人間はそこで動き回る役者に過ぎない。 それぞれ登場と退場があって、ただ与えられた役割を演じているだけ。 麝香草や桜草の花は咲き乱れ、菫は風に吹かれ、甘い香りの忍冬、野花が赤一面を覆い隠しつつ。 夜になると踊りに狂い、眠りにいざなわれ、花々の中で夢を見る。 すると蛇がエナメルの皮を脱ぎ捨てる。 明日、明日、明日、人間はこうして時の階段を滑り落ちていく。 この世の終わりに辿り着くまで。 この手に何も残っていない。 手を貸してくれる妖精もいなければ魔法の力もない。 そこにあるのはただ絶望だけ。 だが誰かに助けを求める。 この祈りは天の扉を開け、神の慈悲を動かし、やがてこの身が犯した罪を許されるまで。 弱き者、汝の名は。 第1幕2場 お気に召すまま第2幕第7場 夏の夜の夢第2幕1場 第5幕5場 上記に記した劇のセリフを抽出して一つのセリフにしています。 は世界を舞台と捉えた作品を数多く残しており、劇が上演されていたグローブ座の入り口にはローマのの 「全世界は役者を演ず」の一句が掲げられています。 『千年メドレー』を理解するには、 「世界を舞台と捉える」という表現を頭に入れておかないと分かりにくいので、いくつか作品を見ていきましょう。 人生はただ歩き回る影法師、哀れな役者だ。 出場の時だけ舞台の上で、見栄をきったりわめいたり、そしてあとは消えてなくなる。 『』第5幕第5場 この世は一つの世界だよ、誰もが自分の役をこなさなきゃならない舞台なのさ。 『』第1幕第1場 この世界という広大な劇場は、我々が演じている場面よりもっと悲惨な見世物を見せてくれる。 『お気に召すまま』第2幕第7場 全世界は一つの舞台。 そしてすべての人間は男も女も役者にすぎない。 『お気に召すまま』第2幕第7場 ジャニーさんはグループ名 嵐・ B. Shadow の由来にしたり、グローブ座を買っちゃったりするぐらいが好きなんですが、その中でも 「世界を舞台と捉えそれぞれが役割を果たす」ことを哲学的に捉えていたのではないかと考えています。 (「Show Must Go On」の精神もここに通じているのかな?と考えています) また、野球好きなのもこの考えを反映させられるからかな?とも思ってしまいます。 カが戦後の日本に民主主義を根付かせるために野球を広めたことは周知の事実ですが、それに加えジャニーさんが子供たちに野球をさせていたのは、回が変わるごとに登場と退場があり、均等に順番が回り、それぞれピッチャー・ファーストなどの役割があり、役割を全うすることでゲームが成り立つことを学んでほしかったからかなと慮ります。 また話が逸れました。 歌詞を見ていきましょう。 (Cherry Blossoms…) 長い夜の森には 悪い夢ばかり 眠りにつくことは うなされること 悪魔の群れが 近づいてくる ざわめく風が何度でも僕を 追い詰める 生きてゆくのか 死に絶えるか 千年の夢 悩み続ける — 𓃼 Px38tcjCPAEHpyE 前半部分は『』あたりかな?と考えています。 ジャニーさんは夢の中とか悪夢にうなされるストーリーを非常に気に入っているようで、他のジャニーズの舞台でも出てきます。 そして 「『生きてゆくのか 死に絶えるか』」これはの 「『To be, or not to be』」第3幕第1場ですね。 訳はたくさんありますが、を下敷きにしているようです。 ここではダンスと劇がリンクするように構成されています。 『千年メドレー』の衣装の白いシャツはおそらく王子を模していると考えています。 (どことなく王子様感がありますよねアレ。 好きです) クヨクヨするのはよせよ 君は一人きりじゃない 朽ち果てたビルの空を 悲しげに見上げてる 嵐 過ぎた後 日差し輝くよ 走り出せ もう一度 夢は変わらないはずさ 迷わずに どこまでも Oh You are the runners You are the power Yeah その胸の 勇気なら 誰にも奪えやしない いつまでも まっすぐに Oh You are the runners You are the power Yeah 引用:『Ever Dream』 振付はをに誘ったジョーイ・のお父様のトニー・さんがされています。 曲が始まると「あぁ~~」と叫びながら、床をドンドン叩く振りがあると思うんですが、おそらく苦悩するを表しているのだと解釈しています。 「場面(けしき)が~」のところで、手で球体を作る動作をするのですが、これはおそらく『』第1幕第5場のセリフ 「the globe」を表していると考えられます。 『』は解釈が複数あるので、ジャニーさんが地球=を意識していたのか確証はなかったのですが、2013年の『JOHNNYS' 2020 WORLD』でSe xy Zoneのくんが「肩に地球を担いだ」の像(地球)にぶつかる事故の演出(「世の中の関節は外れてしまった。 あぁ、なんと呪われた因果か。 それを直すために生まれてきたのか」)があったので、を意識していると思っています。 ジャニオタなら一度は聞いたことのある 「満天の星よ」の場面です。 終盤のの世界と現実世界が交差する場面が『千年メドレー』と関わってきます。 終盤のシーンは次の通りです。 (ヒガシ)が唯一心を許している親友のホレーショー(ウエクサ)が、亡霊役のニシキ(少年隊での活動を勝手に辞めニューヨークへ行った裏切り者)に対し、 「裏切り者に死を、その胸に剣を」と叫びながら刺し殺します。 この場面で「裏切り者に罰を与える=正義が果たされた」ことを暗示するように、舞台に地球(正義・の象徴)がバーンと浮かび上がります。 私の文章力がない為、何言ってんだかわからない人が多いと思いますので、ぜひぜひ『MASK』観てください。 年間ベストステージにもランクインしましたし、何度も再演しましたし、好きだったんだろうなと思っています。 『』では劇中劇(劇の中に挿入された劇)の構造がありますが、『MASK』では逆に『』を劇中劇として取り入れています。 これはのテクニックの一つですね。 また、ジャニーズの舞台ではいきなり時間や空間がワープしたりしてトンチキワールド状態になると思うんですが、実はあれものテクニックの一つで「・マジック(時空を移動する)」を取り入れた結果だと考えています。 『千年メドレー』の概要はこんな感じだと思っています。 TVや雑誌で演者が『千年メドレー』の内容に関して言及しないので、憶測の域を出ないところもあるのですが、過去のジャニーさんのインタビュー記事などを読んだり、演出された舞台を一通り見た結果、こうではないかな?と思っています。 もちろん他の解釈もたくさんあると思います。 ジャニーさんは過去に「作品を何度も何度も見て、何度も考えて欲しい」 ニュアンス と言っていますし、の作品も誕生してから400年以上たった今でも、その解釈を巡って多くの研究者が議論しています。 デビュー組の中にも「当時は気づかなかったけれど、後に演出の意図がわかった」と言っていたり、その場ではわからなくても何年後かに突然演出の意図がわかるときがあったりと、それがジャニーさんのエンターテインメントの一つの形だったのかなと思うこともあります。 それに加えて、端からお客さんには理解できないだろうと見下し妥協した作品を作るのではなく、最高の状態の作品を届けようとしてくださったことに、改めてジャニーさんの偉大さを感じるところでもあります。 まぁジャニーさんののデビュー曲名を『開け』にしようとしたり、突き抜けた感性には追い付くことは不可能なので、もうすこし甘やかしてほしかったですが、、、 事務所、各方面ごめんと思いつつもまだまだ続きます mihiromemo.

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トラジャ千年メドレーをオタクが好き勝手考察した記録

千年 メドレー と は

千年メドレー。 それはジャニーズ事務所に身を置くアイドルにとって、彼らを取り巻くファンにとって、伝統であり誇りであり憧れのステージ。 少年隊時代のPLAY ZONE「MASK」の演目で、舞台中にも関わらず10分近く東山紀之が激しく歌い踊り続ける、まさに異例とも言えるダンスナンバー、それが千年メドレー。 「選ばれた者しか歌い踊ることができない」 そんなことを語り継がれるような神話性が、初披露されてから30年近く経った今でもアイドルを、そしてわたしたちファンを惹きつけているのだろう。 最後に千年メドレーが披露されたのは2012年の少年倶楽部プレミアム。 構成メンバーはメインに東山紀之、バックに平家派(光GENJIのバックダンサーとして活動していた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦、城島茂、国分太一、山口達也)。 まさに生きる化石のようなレジェンドメンバー。 そして。 時代が令和へと変わった今、Travis Japanは、千年メドレーの歴史上、最も長いであろう7年間の長い沈黙を破った。 センターにメインボーカルを1人置いて、複数人のバックダンサーを従えて踊るのがオーソドックスなスタイルだが、彼らは当時の振り付けをほぼそのまま、尚且つ歌割りとセンターの入れ替えも取り入れて、グループで披露する新たな形の千年メドレーを見せてくれた。 彼らが披露したのは「あの頃の千年メドレー」でも「千年メドレーの再現」でもなく、確実に「Travis Japanの千年メドレー」だった。 伝説とも言われてしまうようなハードルの高いこの曲を、彼らは完全に自分たちのパフォーマンスのひとつとして踊りきった。 千年メドレーへの憧れからは遠い世代の若い彼らの手で、千年メドレーにまた新たな歴史が刻まれた。 宮近は「東山(紀之)さんをはじめとする先輩方が大切にしてきた『千年メドレー』を、今回は僕たちがメインで歌わせていただいています。 ジャニーズの歴史を引き継いでいるような感じがしてとてもうれしかった」と感慨深げに述べ、...... 引用元: Travis Japanが、今、千年メドレーを歌い踊るということ。 それは、今回の舞台「虎者」の企画・構成、そして今は亡きジャニー喜多川へ贈る「伝説の継承」なのか。 はたまた、彼らの中に今も静かに熱く滾っているであろう「PLAY ZONE」という舞台へのリスペクトと特別な思いを新たな形にしたものなのか。 理由は彼らのみぞ知るところなのかもしれない。 だが、令和の新しい時代に、新世代のジャニーズJr. でダンスを主軸にしたTravis Japanというグループが新たな魅せ方で千年メドレーを歌い踊ったことは、彼らにとっても千年メドレーの歴史にとってもひとつのターニングポイントになったのではないだろうか。 2幕終盤のナレーションの言葉を借りるとすれば、ようやく出航したTravis Japanという船。 その旅の途中で、彼らは千年メドレーという伝説の武器を船に積み込むことを選んだ。 伝説の武器なんてものは、大抵いつだって容易くモノにはできない。 だからこそ、手をかけて磨き上げていかなければならない。 職人気質な彼らにはピッタリの武器だろう。 伝説の武器を選び着実にモノにしている彼らは、いつか必ず無敵の7人になれる。 今日も力いっぱい船を走らせ続ける7人の道程を、これからも見守っていきたいと強く感じた。 その胸の勇気なら 誰にも奪えやしない いつまでも まっすぐに OH WE ARE THE RUNNERS, YOU ARE MY POWER.

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【虎者 ーNINJAPANー】V6・三宅健がTravis Japanの「千年メドレー」を絶賛!

千年 メドレー と は

2020年2月14日、ザにて放送されたの「千年メドレー」 素晴らしかったですね…正直千年メドレーについてそこまで熱くなった事は無かったのですが放送されてから無限に見返しています。 千年メドレー、最高…今までよく知らなかった自分を悔いています… さて、今回ブログをわざわざ開設したのはの千年メドレーを何回も見ているうちにこういう考察出来るんじゃね?と思ってメモ程度に書き残そうとしてみた次第です。 歴代のカバーを見てもこういうフォーメーションでカバーしているグループは見受けられませんでした。 基本ソロ。 もし有りましたら申し訳ございません… そして何と言っても途中から入るちゃかげんパート。 出だしののえる「クヨクヨするのはよせよ~」の歌い方なんて一気に舞台だーーーーっ!!!って引きつけられるようで凄く魅力的ですよね…世界観をブワーッと構築した素晴らしい出だし…大正解ですね… ちゃかげん光影シンメパート 1曲目「Ever Dream」では、間奏から宮近が上手、松田が下手から現れ合流した後曲調がガラッと変わり、ちゃかげん背わせパートが始まります。 歌詞がこちら。 ひそかに震えてる仮面をつけたまま 光の裏側の妖しさにまきこまれて… そしてこの場面、 松田が明らかに宮近を見ているのに対し宮近は真っ直ぐ前斜め上を見ています。 本家ではMASK、仮面によって出来る影をトラジャ版では人間として肉付けしていると。 のえるは舞台映えが凄すぎるので役者の象徴が似合いすぎる。 光と影をそれぞれ擬人化して肉付けした後、役者が主語になるパートがスッと入るのも良いですね……。 ごめんなさい本当に感覚的すぎて分かりづらいですよね…感じてください… All The World Is A Stage 前奏!ロボットダンスのような動きと顔の前を腕を振って覆うようなダンス、1曲目のEver Dreamとは明らかに違った側面からの役者の解釈だと受け取れます。 そしてしめしずんちゅソロパート。 世界中がまるで大きな舞台だね 七五三掛 与えられた時を誰もが演じてる 中村 その場にふさわしい『自分』になりきって 吉澤 ここで役者1人1人にフォーカスが当てられます。 ここの閑也さんも大正解でしたね… 急に私信失礼しました そしてサビが来てからのちゃかげんソロ。 今僕らの ステージの輝きも 宮近 ときめきだけを あぁ感じるための幻さ… 松田 いつか消える 2人 この歌詞振り、先ほどの3人の内容と比べるとかなり意図的に感じられるのは私だけでしょうか… 先ほどの3人は「舞台」「演じる」「なりきる」と役者に関連する歌詞なのに対しここでは"光"である宮近は「輝き」"影"である松田は「幻」と、どこかそれぞれの象徴と関連性があるように思えるような言葉が入っています。 この時のフォーメーションも宮近の前方にしゃがんでスタンバイしている松田がふっと現れて歌う、とやはり並列というよりは対比の意図を感じてしまいます…。 「いつか消える」の時は象徴の2人以外は顔を伏せていて、そこでも2人と5人の位置づけにギャップを感じますね。 そしてそこからの!! YOU DREAMS,YOU KNOW… THE WORLD IS A STAGE… I,KNOW,BOO…BOO…WOO… ここの!!最後の!がなりっぽい声が!たまりません!!!苦しさやもがいている様を彷彿させる松倉くんのソロパート、そして役者と光・影は1つになります。 ひそかに震えてる仮面をつけたまま 光の裏側の妖しさにまきこまれて 場面が変わるたび仮面をつけかえて 夢から醒めるたび また夢みてイリュージョン IT'S A SHADOW そしてちゃかげん登場パートの歌詞リピートから始まり、「本当の自分さえ失くしそうな」が「夢から~」に変わり、メドレー終了。 Ever Dreamの華々しい役者像からAll The World Is A Stageの影を抱えながら生きていく役者像への流れ…舞台の上で生きる人間の哲学が詰め込まれているようで、「これが"千年メドレー"だ!!!」と正面から叩きつけられたような気持ちになりました。 本当に奥が深い。 こんな1オタクの勝手な考察もこじつけられる深さ。 千年メドレーって…良いですね…。 長文読んで頂きありがとうございました。 farawaybias.

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