小芝風花 スケート。 小芝風花がブサイクと言われる理由がヤバイ!?スケートがスゴイことに!?

小芝風花のフィギアスケートの経歴と実力は?浅田真央がきっかけとは|gma.amritasingh.com

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スポンサーリンク 小芝風花プロフィール ・1997年4月16日 生まれ ・大阪市堺市 出身 ・身長156cm ・特技は、フィギュアスケート ・オスカープロモーション 所属 小芝風花の芸能界入りは「浅田真央」がきっかけ? 小芝風花さんが芸能界入りしたのは、中学2年生の時にイオン&オスカープロモーション「ガールズオーディション2011」に応募して、 グランプリを受賞したことがきっかけです。 小学生からフィギュアスケートを続けていた小芝風花さんは、芸能界への憧れがあったのでしょうか? 憧れていたのは、芸能界ではなくフィギュアスケート界で輝かしい活躍をしていた 浅田真央さんだったようです。 当時、浅田真央さんはフィギュアスケート選手として活躍するだけでなく、企業のイメージキャラクターとして、CMに多く起用されていました。 フィギュアスケートをしながら、ふんわりとした笑顔のCMは可愛かったです。 小芝風花さんも、そんな浅田真央さんの姿を見て「 私も浅田真央さんのようにCMに出てみたい」と思ったそうです。 そんな思いを知ったお姉さんが、「ガールズオーディション」に応募したのだそうです。 浅田真央さんに憧れてフィギュアスケートを始める女の子は多かったようですが、浅田真央さんに憧れて女優になったのは、小芝風花さんだけかもしれませんね。 しかし、約35000人の応募者の中から、夢を叶えることが出来たのは、小芝風花さんが浅田真央さんと同じように魅力ある女の子だったからでしょう! 小芝風花がフィギュアスケート8位入賞 小芝風花さんは、小学3年生から中学2年生までの約5年間、友達と遊ぶ時間も惜しむほどフィギュアスケートを頑張っていました。 フィギュアスケートは、練習場所が限られるため小芝風花さんも堺市から練習場である『大阪府立臨海スポーツセンター』のある高石市まで、ほぼ毎日、お母さんに車で送り迎えしてもらって通っていたそうです。 小芝風花さんは、フィギュアスケート選手の登竜門といわれる『野辺山合宿』に参加していたということで、フィギュアスケートに、本格的に取り組んでいたことがわかります。 『野辺山合宿』は、新人発掘の場ともいわれており、女子では、荒川静香さん、浅田真央さん、安藤美姫さんも過去の参加者でした。 小芝風花さんのフィギュアスケートの実力は、想像以上のものでした。 2010年に開催された「第37回西日本中小学生フィギュアスケート競技会」に中学1年生で出場した小芝風花さんは、 「6級ジュニア選手権女子」 で 8位入賞という成績を残していました! スポンサーリンク 小芝風花がアイスダンスでペアで優勝!ペアの相手は? 小芝風花さんのフィギュアスケートへの本気度がわかるのが、2011年10月に行なわれた 「第15回全日本フィギュアスケートノービス選手権大会」 での活躍です。 渡邊純也選手との ペアで優勝をしています! 『MOLIENDO CAFE』(コーヒー・ルンバ)の曲に合わせて、14歳とは思えないほど、大人の雰囲気を漂わせたダンスを披露した小芝風花さんには、表現力の高さから「アイスダンサー向き」という声も上がったようです。 この時、ペアを組んだ渡邊純也選手は、小芝風花さんと同じ歳で、神戸PFSCの選手でした。 小芝風花さんは、臨海FSC所属でしたので、異なるクラブからのペア結成だったのですね。 渡邊純也選手は、現在は関西学院大学生で、フィギュアスケートで活躍している選手です。 2017年の西日本選手権では8位と奮闘しましたが、オリンピック出場を懸けての全日本選手権では宇野昌磨選手、田中刑事選手らに苦杯を喫する結果となりました。 宇野昌磨選手とも同じ歳ですので、まだまだ今後の活躍に期待したいですね。 イケメンゆえに、根強いファンも多いようですよ! 小芝風花がフィギュアスケートを辞めた理由は? 小芝風花さんは、こんなに頑張っていたフィギュアスケートを 中学2年生の時に辞めています。 何故なのでしょうか? アイスダンスのペアで優勝した翌月の2011年11月に、イオン&オスカープロモーション「ガールズオーディション2011」でグランプリ受賞をして、武井咲さんの妹分というキャッチフレーズでデビューすることになりました。 フィギュアスケートでも、その実力を評価されていた小芝風花さんですが、芸能界に入ることに迷いはなかったようです。 ただ、ほぼ毎日の練習を欠かせないフィギュアスケートを 中途半端に続けることは出来ないため、 「 フィギュアスケートを辞める」 という決断をしたそうです。 スポンサーリンク 小芝風花が映画「魔女の宅急便」キキ役を熱演! 小芝風花さんが、良くも悪くも話題となったのは、2014年に公開された映画 「 魔女の宅急便」 のキキ役として抜擢された時でした。 初主演でありながら、人気アニメの実写版というハードルの高い大役だったので、ネットでは 『もっと、有名な女優にしてほしかった』 『小芝風花さんではイメージが違う』 という残念な意見も挙がりました。 しかし、小芝風花さんはフィギュアスケートで身につけた身体能力とメンタルの強さを活かし、華麗にのびのびと気が強くて可愛いキキを演じました。 その演技を認められて、「魔女の宅急便」で『第57回ブルーリボン賞新人賞』を受賞しました。 逆風さえも味方にしてしまう、まさに魔女の力ですね! 小芝風花が「スケート靴の約束」スケートの実力披露 小芝風花さんがフィギュアスケート人生で得たものは、成績だけではなく、表現力や度胸など、現在の女優としての仕事に活かされていると思います。 その中でも、フィギュアスケート経験が活かされたのが、2013年に本田望結さんと共演した 「 スケート靴の約束」 というスペシャルドラマでした。 本田望結さんが演じる少女の姉でフィギュアスケート選手役を演じました。 後に視力を失いフィギュアスケートをあきらめ、妹役の本田望結さんがその夢を引き継いでゆくのですが、当然、フィギュアスケートのシーンは多く、滑れることがキャストの絶対条件であったと思います。 小芝風花さんは、この時フィギュアスケート辞めて、2年程のブランクがあったので、役が決まってから練習に通ったそうです。 練習を始めた時は、あまりに思うように滑れなくなっていた自分に、「特技:フィギュアスケートと言っていたけど、趣味:フィギュアスケートに変えなくては…」とショックを受けていたようです。 本番までには、しっかり、元フィギュアスケート選手としての実力を発揮する演技を見せてくれた小芝風花さんでした。 共演の本田望結さんは、子役から女優を続けつつ、フィギュアスケートも現役で頑張っていますから、羨ましく思ったりしなかったのでしょうか? のちに、本田4兄妹のフィギュアスケート生活に密着する番組のナレーションを務めた小芝風花さんは、 『華やかに見える競技の裏で、どれほどの練習を積み、努力をし、どれほどの涙を流してきたのかも含めて。 皆さまに精いっぱい伝えられたら』 とナレーターを出来ることの喜びと意気込みを語っていました。 意外に小芝風花さんの中では、フィギュアスケートに未練はないのかもしれませんね。 小芝風花の実家はお金持ち? 小芝風花さんは、末っ子のような可愛らしさとおっとりした印象がありますが、実はお姉さんと妹さんが居る3姉妹の次女なのです。 お姉さんは、既に結婚していて娘さんも一人いるそうです。 妹さんは、小芝風花さんがキャラ弁を作ってあげるほど歳が離れているようです。 小芝風花さんは、現在、お母さんと妹さんとの3人暮らしであることをインスタグラムで明かしていますが、父親に関する情報は一切ありません。 思い出ひとつ、「お父さん」というワードすら出てきませんので、小芝家は 母子家庭であると思われます。 一般的に、フィギュアスケートはお金持ちであるか、支援者がいないと続けるのは難しいと言われる程、お金のかかるスポーツですよね。 小芝風花さんの場合、練習にはお母さんが車で送り迎えをしてくれていたとのことなので、お母さんが働き詰めに働いて…ということも無さそうですね。 金銭的にも時間的にも、余裕があるご家庭であることは間違いないと思いますが、お母さんが会社経営者とか成績優秀な営業ウーマンとも考えられますね。 ちなみに、小芝家には愛犬の小太郎君(キャバリア)がいますが、諸事情で大阪の祖父母宅に預けられているそうです。 もしかしたら、祖父母がお金持ちで支援してくれていたのかもしれませんね。 小芝風花の彼氏は? 最近の小芝風花さんは、デビュー当時に比べ、かなりキレイになっているようです。 純粋な少女から大人の女性としての魅力が急激にアップしてきました。 そろそろ、熱愛報道なんてことがあっても不思議ではないですね。 でも、小芝風花さんに、 彼氏の噂はありません。 中学時代もフィギュアスケートに励んでいたので、彼氏を作る余裕はなかったでしょう。 芸能界に入ってからは、どうでしょうか? 小芝風花さんは、オスカープロモーションの女優さんなので、恋愛には厳しい規則があるはずです。 実際、オスカープロモーションの「25歳まで恋愛禁止」という規則自体、存在しないそうです。 社長がタレントには、 「一定期間は、芸能の仕事に集中して頑張れ」 「仕事で認められたら、恋愛も世間に認めてもらえるようになる」 という教訓として語る時に目安として「25歳」という年齢を言っただけだそうです。 小芝風花さんは、好きな音楽が昭和だったり、時代劇に出演したことから、幅広い年齢層の男性から指示をされています。 色気の増した小芝風花さんを狙う男性陣はますます増えてくると思います。 ちなみに、郵便局の「名字の由来」調べでは、『小芝』は全国で1200人いるそうで、千葉県が最も多い320人、東京都150人、神奈川県80人。 その他、点々と各地に散らばっているのだそうです。 小芝風花さんの出身地の大阪に特に多いという名字ではありませんでした。 『風花』は、お母さんが付けた名前だそうです。 松山千春さんの『大空と大地の中で』の歌詞から、お母さんが感じた「世間の冷たい風に吹かれても、小さくていいから、しっかりと根を張って生きてほしい」という願いが込められているそうです。 『大空と大地の中で』は、小芝風花さんは自分の応援ソングとして落ち込んだ時に聞いたり、カラオケで歌ったりもするそうです。 小芝風花さんの熱唱、ぜひ、聞いてみたいですね! 小芝風花のフィギュアスケートがスゴイ!ペアで優勝まとめ 小芝風花さんのフィギュアスケートでの実績は、予想以上に凄かったですね。 ペアで優勝までしていた実力の持ち主が、スケートリンクから芸能界へとステージを変えて、これから更に飛躍してゆく予感がします! 小芝風花さんは、2015年下半期のNHK連続テレビ小説『あさが来た』で、ヒロインの長女「千代」役を演じ、その演技力を高く評価されました。 2018年11月からは再放送が始まり、改めて小芝風花さんの可愛さと演技に注目が集まっています。 その勢いのまま、2019年1月からNHK連続ドラマ『トクサツガガガ』では主演を務めます!歌唱シーンもあるかもしれません。 そして、次は、やはり朝ドラのヒロインではないでしょうか? 安定感のあるノーミスの演技を見せてくれると期待しています! 今後も勢いが止まらない小芝風花さんを応援し続けたいと思います! スポンサーリンク スポンサーリンク.

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小芝風花のフィギュアスケートがスゴイ!ペアで優勝してた!

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tvlife. 翌年、武井咲さん主演の連続ドラマ『息もできない夏』で、 武井さんの妹役で女優デビューすると、『ドクターX』や『緊急取調室』などの人気ドラマへの出演を決めています。 ドラマだけでなく、CMや映画・舞台などに引っ張りだこの女優へと成長した小芝さんですが、実はフィギュアスケートが得意であると話題になっています。 そこで今回は、小芝風花さんのフィギュアスケートの実力と、気になる実家の家族構成から伺う噂についてまとめました。 スポンサーリンク 小芝風花はフィギュアスケートが得意! 小芝風花の基本情報 本 名/ 小芝風花(こしばふうか) 出身地/ 大阪府堺市 誕生日/ 1997年4月16日 血液型/ A型 身 長/ 157cm 趣 味/ お菓子作り・編み物 特 技/ フィギュアスケート 事務所/ オスカープロモーション 『小芝風花』は芸名ではなく本名なのですね。 『世間の冷たい風に吹かれても、小さくていいからしっかりと根を張って生きてほしい』 松山千春さんの 『大空と大地の中で』を聞きながら、お母様が名付けてくださったそうですよ。 素敵ですよね。 特技にもあげてしまうほど、小芝さんはフィギュアスケートにのめり込んでいた時期があります。 小学3年生~中学2年生までの5年間です。 元々は器械体操を習っていたのですが、友達のお母さんたちに 「風花ちゃんはフィギュアスケートが似合いそうね」と言われたことをきっかけに興味を持ち、母親に頼み込んで習いに行くことにしました。 自分で言い出しただけのことはあります。 小芝さんは友達と遊ぶことを一切せず、暗いうちからスケート場へ朝練に行き、そのまま学校で勉強して帰宅するというハードなスケジュールを5年間こなしました。 スケートがうまくいかない時は、自分の名前の由来となっている 『大空と大地の中で』を聞きながら奮い立たせていたといいます。 こんなに大好きなフィギュアスケートに、小芝さんは壮大な人生設計を立てていました。 大学生まで現役で選手として活躍、その後はアイスショーに出演して子供たちにスケートの楽しさを教えて行きたい。 しかしそれは叶いませんでした。 オスグッド・シュラッター症候群(ジャンプなどで膝の脛骨が炎症し痛みを感じる)発症で、二度の手術を乗り越えましたが、オスカープロモーションのオーディションに合格したことで、スケート靴を脱ぐことにしたのです。 でもこの5年間が無駄になりませんでしたよ。 2013年、テレビ愛知開局30周年記念作品『スケート靴の約束~名古屋女子フィギュア物語~』で、華麗なスケーティングを披露しました。 あれ?父親は?って思いますよね。 小芝三姉妹が誕生しているわけですから、父親は確かに存在していたはずです。 しかし、小芝さんの語るエピソードのどこにも父親の姿はなく、常に母親のみ。 巷では、ご両親は 『離婚』されているのでは?との噂が流れています。 小芝風花の実家ってお金持ち?!噂の真実 小芝風花さんの実家が、 実はお金持ちなのではないかと持て囃されています。 というのも、小芝さんがのめり込んでいたという5年間の フィギュアスケートですが、意外とお金がかかるものです。 スケートシューズを新調すると言えば 一足、数万円はかかりますし、将来オリンピックも目指していたのですから 優秀なコーチをつけていたはずですね。 スポンサーリンク その費用も5年にも及べば・・・普通の家庭では払えない額になってしまいます。 その上小芝さんは、膝の故障により 二度の大きな手術を受けています。 いくら可愛い娘の頼みでも、これだけ費用がかかってしますフィギュアスケートを簡単に習わせることができるでしょうか。 もしかしたら小芝さんの母親は、小芝さんをここまでサポートできるだけの 高収入な職業に就いているのではないかと、考えられます。 しかし、こうも考えられないでしょうか。 高額の仕送りをもらっている。 母親にしろ、父親にしろ、高収入であることには間違いなさそうですね。 小芝風花さんのまとめ 現在21歳の小芝風花さん。 まだまだ伸びしろたっぷりの若手女優さんです。 フィギュアスケートで培ったガッツと根性で、今後の演技にも活かして活躍して欲しいと思います。 これまでたくさんサポートしてくれたお母さんにも、恩返しが出来るといいですね。 清純派女優として只今絶賛売出し中の松本穂香(まつもとほのか)さん。 もちろんご存知ですよね?auのCMで神木隆之介と出演している『意識高すぎ、高杉くん』の彼女です。 彼女をCM以外で知る最初のキッカケとなるのは連続テレビ小説『ひよっこ』。 主演は有村架純さんでしたね。 そのドラマでは、松本さん演じる澄子の役に近づけるようにと、普段使用しているコンタクトレンズを脱ぎ捨て、黒縁メガネに度を入れて挑戦していました。 ファッションやヘアースタイル、メイクの感じを少し変えただけで子供っぽくも大人っぽくも見せられる松本穂香さん。 非常に可愛らしくも健気に頑張っているのですが、ちょっと可愛そうな噂を耳にしました。 それは、『鼻がデカい』。 TOKIOのメンバーである山口達也さんの強制わいせつ事件が報じられて、世間からは「裏切られたようで残念だ」という声が相次ぐ中、残る4人のメンバーが2018年5月2日に緊急会見を行いました。 そこで4人の口から語られた言葉は衝撃的なことばかりでした。 ジャニーズ事務所宛の『辞表(退職願)』、それをTOKIOリーダーである城島茂さんが預かっている事実。 そして山口さんが『アルコール依存症』でなかった新事実。 30年近く一緒に行動を共にしていたメンバーでさえ、山口さんがアルコール依存症だと信じて疑っていなかったのに、病院からの診断書には「アルコール依存症である」という記載はなかったそうです。 では、山口さんの症状は一体何なのでしょう。

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小芝風花はフィギュアスケートが得意!家族構成から見える実家の噂

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contents• 小芝風花のフィギアスケートの経歴 小芝風花、フィギュアスケートを始めたきっかけ 運動神経が抜群の小芝風花さん、もともと器械体操を習っていましたが、その頃、トリノオリンピックの女子フィギアスケートで金メダルをとった荒川静香さんが話題となり、友達の母親から「風花ちゃんはスケートに向いてそうじゃない?」と言われたそうです。 試しにスケートをしに行ってみると、とても楽しいことが分かり、直ぐに機会体操からフィギアスケートに転向することを母親に頼み込んだそうです。 これが小芝風花さんが小学3年の時。 成功した時の喜びが大きくて、やった分だけついてくるのがフィギアスケートだそうです。 小芝風花さんは完全にのめり込んでいて、夜が開ける前から家を出て、大阪府立臨海スポーツセンターでフィギアスケートの朝練をし、そこから学校の授業、そして、終わるとまた戻って練習という日々を送っていたそうです。 友達とも全く遊んでなかったのだとか。 この練習漬けの生活が中学2年までの5年間に渡り続けられてきたのです。 小芝風花さんが凄いのは何事も本人の意思でやっているところですね。 母子家庭・小芝風花のフィギアスケートに母の支え 小芝風花さんの家族は幼少期に両親が離婚したため、母、長女、次女(風花)、三女の4人の母子家庭です。 フィギアスケートはお金が掛かるスポーツですし、送迎やサポートなど、保護者の負担は相当なもの。 実際、大阪府堺市にある小芝風花さんの自宅から、大阪府高石市にある大阪府立臨海スポーツセンター、そして、堺市内の小・中学校、また、スポーツセンター、そして帰宅と、、毎日、小芝風花さんを車で送迎していたのが母親です。 ちなみに、母親が送迎する車の中でかけていた曲のレパートリーが甲斐バンドや長渕剛。 これが後に、小芝風花さんと甲斐よひろさんを結びつけることになりました。 自分の名前の由来であるこの曲を聴いて勇気をもらっていたことを語っています。 母子家庭で育った小芝風花さんですが、まさに母親と共に歩んできたようです。 スポンサーリンク 小芝風花のフィギュアスケートの実力 小芝風花、日本スケート連盟『野辺山合宿』にも参加 小芝風花さんのフィギアスケートの取り組みは競技者そのもので、日本スケート連盟が主催する『野辺山合宿』へ3回も参加していたそうです。 この『野辺山合宿』は新人発掘合宿と言われているフィギアスケートの登竜門だそうで、羽生結弦さんや浅田真央さんなど世界選手権やオリンピックに出場する選手はみな参加しているのだとか。 小芝風花、トリプルトウループやダブルアクセルもマスター 今の小芝風花さんからは想像がつきませんが、競技選手としてフィギアスケートに取り組んでいて、怪我にも見舞われて2度の両足手術を経験しています。 過酷なジャンプの影響から両足がオスグッド・シュラッター症候群というものを発症したのだとか。 小芝風花さんはトリプルトウループやダブルアクセルなどの高難度技もマスターしている「臨海FSC」所属のフィギアスケート選手として大会にも出場しています。 2010年8月『第37回西日本中小学生フィギュアスケート競技会6級ジュニア選手権女子』で8位入賞。 2011年10月『第15回全日本フィギュアスケートノービス選手権大会』で渡邊純也選手とのペアで優勝。 優勝ペアの渡邊純也選手は小芝風花さんと同じ年で、オリンピック出場を懸けて宇野昌磨選手とも戦っていたこともあるフィギアスケート選手でした。 (現在は引退) スポンサーリンク 小芝風花、浅田真央がデビューのきっかけとは 小芝風花、芸能界デビューのきっかけが浅田真央 まだ中学2年だった小芝風花さんですが、フィギアスケート選手として競技を続け、高校、大学に進んで、競技を引退した後はアイスショー、そして、将来の子供達にスケートを教える指導者になろうと決めていたそうです。 ところが、たまたま見ていたテレビCMに浅田真央さんの姿があり、思わず「私もこんなCMに出たい」と呟いた小芝風花さん。 その言葉を姉が聞いていて、オーディション雑誌を買ってきてくれたそうです。 そして、2012年の15歳でいきなり女優デビューです。 日本スケート連盟の『野辺山合宿』に参加していたようなフィギアスケート選手が、いきなり女優デビューですから人生の大転機です。 芸能界デビューのきっかけは、テレビCMで憧れの浅田真央さんの姿を見て、自分もCMに出てみたいというところから。 とはいえ、小芝風花さんの呟きをフォローしてオーデションにつなげた姉の存在も大きいですね。 二人三脚でフィギアスケートを支えてくれた母親と悩んだ末の結論が芸能界入りだったのでしょうか。 女優・小芝風花のフィギアスケートの姿が見たい 小芝風花さんがフィギアスケートをしていたことは芸能界ではあまり知られていないのでしょうか、 『美食探偵 明智五郎』で共演した俳優の中村倫也さんは、フィギュアスケートをしていた小芝風花さんの姿を映像で見て衝撃を受けているようでした。 女優の仕事として、2013年12月、テレビ愛知開局30周年記念ドラマ『スケート靴の約束』に小芝フィギアスケーターを目指していた長女・水元葉子役を演じ、フィギアスケートを披露しています。

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