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子育てについて~何気ない一言が子供を大きく伸ばす~

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静岡県社会就労センター協議会(静岡県SELP協)について 一般社団法人静岡県社会就労センター協議会は、県内の障がい者の働く施設を利用される心身に障害を持つ人たちの自立と社会参加を支援する団体です。 障がい者が地域で自立生活できる社会の実現を図るため、障がい者の自立生活に関する就労支援や就労支援施設の生産活動活性化事業を行い、障害者福祉の増進に寄与することを目的とし、次の事業を行っています。 (1) 特定非営利活動に係る事業• 障害者の就労支援事業• 障害者の製品の普及・啓発事業• 授産業務の受注・斡旋事業• 授産製品の研究・開発事業• 障害者の作業の場と情報提供事業• 社会福祉等に係わる者、ボランティアの啓発研修事業• その他、この法人の目的を達成するために必要な事業 (2) その他の事業• イベントなどの実施事業• 各種講座への講師派遣事業• 文化、芸術又はレクリエーションの振興を図る事業 一般社団法人 静岡県社会就労センター協議会• 会員:正会員、準会員、賛助会員 就労継続支援A型事業、就労継続支援B型事業、就労移行支援事業、生活介助事業、自立訓練事業(生活訓練)、自立訓練事業(機能訓練)、地域活動支援センター• 役員:顧問、理事長1名、副理事長3名、理事5名、監事2名• 委員会:総務委員会、調査研究研修委員会、事業推進対策委員会 社会就労センター協議会の組織 障害などの理由により、一般企業に雇用されることが難しい人たちが、リハビリや職業訓練も兼ね「働く場」として利用する社会福祉施設を社会就労センター 就労支援事業所 /SELP(セルプ)といい、これらの施設は、全国に約2,900か所あり、約9万人の人たちが利用しています。 一般社団法人静岡県社会就労センター協議会は、全国の約1700施設が加盟する全国社会就労センター協議会の都道府県組織として活動をしており、下記のとおり、全国およびブロックの都道府県社会就労センター協議会とのネットワークを活用しながら、情報収集をはじめ、社会的就労支援を中心に、障害のある方のニーズを踏まえ、「働く・くらす」の支援をしています。 参考/全国社会就労センター協議会とは 全国社会就労センター協議会は、昭和52年に全国の障害者の働く施設(旧法授産施設)関係者が大同団結して結成された組織で、社会福祉法人全国社会福祉協議会に事務局を置いています。 全国の約1,700施設・事業所が全国社会就労センター協議会に加盟しています。 そして全国7つのブロック(北海道、東北、関東・甲信越、東海北陸、近畿、中国四国、九州)と、47都道府県中46ヶ所に地方組織が作られていて、各会員施設はそれぞれのブロック組織、都道府県組織に所属しています。 全国社会就労センター協議会は、これらの会員施設・事業所およびブロック・都道府県社会就労センター協議会とのネットワークを軸に、厚生労働省や国会等への社会就労センター関係制度の充実や制度改善・予算に関する要望活動を行っています。 また、社会就労センターのあり方の検討をはじめとする委員会活動や社会就労センターの職員や事業の向上を目指して各種大会・研修会の実施や調査活動を行っています。 働く障害者の工賃等のアップを目的として、社会就労センターのPR等を行っています。 SELPとは セルプとは、英語のSelf-Help『自助自立』から作られた造語です。 障害者などハンディを持つ人たちを取り巻く現在の社会環境は、必ずしも満足できるものではありません。 その中でも、自分なりの働き方で社会に貢献しながら自分たちの生活を作り出す『自立』を支援することが、私たちの最大の目的です。 一般のみなさま向け• 企業・団体さま向け• 就労支援事業所さま向け•

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横浜市障害者就労支援センター 横浜市

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古い記事はホームページのブログに移動しています 「お手伝いしてくれようとしたの?お母さんうれしいわ」「こんなに難しい字が書けるようになったのね。 えらいわね」皆さんは、子供にこんな言葉を一日にどのくらいかけていますか?どんなことでもいいのです。 小さなことを具体的にほめるだけで、子供の自信はどんどん膨らみ、安心して自分の個性や、優しさを伸ばしていけます。 逆に、こんな短い言葉で、子供の可能性を奪ってしまっていないでしょうか? 「ぐずぐずしないで、早くしなさい!」「少し静かにしていてよ」親のさりげない一言が、子供を大きく伸ばしもすれば、ひねくれさせてもしまいます。 例えば、子供の話す力は、親の聞き方一つで大きく変わります。 子供は何かを伝えたいとき、一生懸命になればなるほど話が混乱してしまいます。 こんなときも、ちょっといらいらする気持ちを抑えて、「そう、それでどうなったの?」とじっくり聞けば、子供はやがて順序立てて話すことを覚えます。 でも、「忙しいから早く言って」と片付けてしまえば、子供が成長するチャンスを逃すうえ、子供は親に自分を伝えることが恐くなったり、おっくうになったりしてしまうかもしれません。 いつもの一言をちょっとだけ考えて、より良い一言に変えていきましょう。 それだけで、親と子の関係は驚くほど変わるのだということを、ぜひ実感してほしいと思います。 komaken01.

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障害者就労支援センター 江戸川区ホームページ

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関東自立就労支援センターは、東京都内・埼玉県内で20年以上、各年代の子育て相談やひきこもりやニート、スネップ、不登校、フリーター等の就労支援や学習支援、生活指導、生活訓練等のさまざまな支援活動を行い、これまでに全国から多数の利用者を迎い入れ、社会に送り出してきました。 対人恐怖や人間関係のもつれ等から長期のひきこもりや不登校になった若者の中には、人間不信に陥ったり、完全に自分自身に自信を失い、社会参加へのきっかけを失ってしまった方が数多く存在しています。 特に長期のひきこもりは人間関係の構築や、社会復帰が困難になり、多大な労力と時間を要します。 関東自立就労支援センターのひきこもり・ニート・不登校等の社会復帰・学校復帰支援活動(特にコミュニケーション能力の向上に力を入れています)。 ひきこもり・スネップ・不登校・ニート等の当事者が参加できない場合は、親や兄弟だけでも可能です。 お話を伺った上で、担当者がさまざまなアドバイスをさせていただきます。 予約さえしていただければ、何回でも受けられます。 土日祝日も実施しています。 お電話での個別相談も可能です。 一人で積極的に外出できるようになることが目標です。 当センターのスタッフやボランティアが、さまざまな支援や助言を行います。 また、介護施設や養護老人ホームでボランティアをしたり、アルバイトをして、人との交流を図り、社会性を少しずつ身に着けていきます。 スタッフが社会的に十分通用するレベルに達していると判断された方は、関東自立就労支援センターが提携している企業に正社員として斡旋・紹介したり、当センターが運営するマーケティング会社に正社員登用されます。 (希望者のみ) 「支援回数週2~3回、月額87980円。 共同生活寮で、スタッフの支援、助言のもと、自分のことはなるべく自分でこなし、規則正しい生活を送り、同じようなことで悩み、苦しんでいる寮生同士がお互い助け合い、支えあい、話し合い、刺激を受けたり与えたりしながら少しずつ自主性や協調性等の社会性を身に着けていきます。 精神的自立と経済的自立(アルバイト等の就労)が目標です。 介護施設や養護老人ホームでボランティアをしたり、アルバイトをして、人との交流を図り、社会性を少しずつ身に着けていきます。 スタッフが社会的に十分通用するレベルに達していると判断された寮生は、関東自立就労支援センターが提携している企業に正社員として斡旋・紹介したり、当センターが運営するマーケティング会社に正社員登用されます。 人との交流を重ねて、対人関係の向上をはかり、アルバイト等の就労につなげていきます。 異性との会話にも重点をおいています。 初対面の人でも緊張しないで気軽に話しができるようになることが目標です。 滞在期間の限度はありません。 1ヵ月ごとの更新で、全室個室で禁煙です。 ひきこもりやニート、スネップ、不登校、家庭内暴力の問題に関しては、原因を特定しえたとしても、実は現状がすぐに変わるわけではありません。 原因の一つには家族や学校があるかもしれません。 ですが、そのような原因探しがポジティブなかたちで現状変化につながることはあまりありません。 逆に、「親(あるいは学校)が悪いから自分はこのようなひきこもりになった」という心理が当事者に形成され、それに長期間こだわることでなかなかひきこもり状態が変化しないという悪循環を生むことが少なくありません。 原因は特定できた(ように思える)のに問題が解決しないという、ひきこもり独特のわかりにくさがここにはあります。 親御さんがニートやひきこもりの子どもと接するときに気をつけることで大切なことは、「自立」に関する話題を徹底的に避けることです。 具体的には、「仕事をいつからするのか」「将来をどう考えているのか」「親が病気になったらどうするのか」「親が死んだ後、どうするつもりか」などの正論あるいは説教を言わない、ということです。 このような自立の言語化は本人を追い込むだけです。 「そんなことは言われなくてもわかっているけど、それでもどうしようもないからひきこもっているんだ」という思いがひきこもりの本音です。 どうしようもないから結局ひきこもっているのです。 そこにはあきらめや欲望の封印のようなものも同時に生じています。 ひきこもりやニート、スネップ、不登校の当事者からすれば、どうしようもないから毎日単調な生活を送っています。 逆に、毎日ゲームをするのが楽しみで仕方がない、だから結果としてひきこもってしまっている、という人と会ったことはほとんどありません。 多くのひきこもりは暇つぶしで仕方なくゲームをしています。 ゲーム自体をしなくなり、漫然とテレビを見続けている人もいます。 好きでひきこもっているのではなく、ひきこもり以外の生活ができないため、結局ひきこもります。 なかには、買い物欲求をできるだけ封印し、小遣いをほとんど使わない人もいます。 このため親は小遣いを与えなくなります。 それはさらなる欲望の後退を生み、他者との交流から撤退することにつながっていきます。 親が言いたいこと、本人は避けたいこと、つまりは「自立」の話題にふれず、地道にあいさつのような短い会話を積み重ねましょう。 次にスポーツや芸能やテレビの話等、親から見れば無難な話に終始します。 すると不思議なもので、親子関係は変わってくることが多いです。 雑談程度であれば以前のように会話でき、食事も時には親と一緒にとるようになります。 ひきこもり状態にある場合、まず目指すのはこの地点です。 ひきこもり状態の約一~二割に慢性の家庭内暴力が伴うことが知られています。 適切な対応法が十分に共有されていないため、今なお家庭内暴力による親殺しや子殺しの悲劇が後を絶ちません。 しかし、暴力が介在しますと、適切なひきこもり対応はほとんど不可能になってしまいます。 家庭内暴力と向き合う際にもっとも大切なことは、「暴力の徹底拒否」という基本姿勢をしっかりと守ることです。 両親の側に世間体を気にしてことを荒立てたくないという思いがあったり、ひきこもり本人の養育について罪悪感を持っていたりしますと、毅然として暴力を拒否することが難しくなります。 しかし、いかなる理由があろうとも、暴力は容認されるべきではありません。 「このぐらいは仕方がない」というためらいがあると、拒否を貫くことが難しくなります。 ひきこもりの家庭内暴力が慢性化するメカニズムのひとつに「密室化」があります。 これは家族が誰にも相談できず、また第三者の介入を要請できない状態を指しています。 こうした密室を作らせないように、相談や介入を通じて、いま家族に起きている問題を家の外へと積極的に「開示」することが大切です。 2014年の不登校の数は、約12万人です。 ピーク時の2001年には13万9000人だったことを考えるなら、減少傾向にあります。 しかし少子化で生徒の数が減少している現状を考えれば、決して楽観できる数ではありません。 いくつかの調査結果があきらかにしているように、不登校から長期に及ぶひきこもりに至るケースは少なくありません。 そうした長期化を防ぐためにも、不登校段階から何らかの対策が必要です。 不登校に対する対応として、ひところよく「登校刺激の禁止」みたいなことが言われました。 これは、もともとの文部省(当時)通達の文言には「不適切な登校刺激」はよくないと、ちゃんと、「不適切」と入っていたのですが、途中から、「登校刺激の禁止」というかたちで教条化されてしまったのです。 その結果、いかなる登校刺激もすべていかんということになってしまいました。 悪いことにこれが、不登校にかかわりたくない学校の先生方にとって、格好の口実を与えることになってしまいました。 たとえば担任している子どもが不登校になった場合、「登校刺激はいっさいダメだ」と思い込んでいれば、「刺激しないで、ともかく見守りましょう」という話になるわけです。 結果的に、有効かもしれない家庭訪問もほとんどしないので、生徒とのかかわりがどんどん切れていくという結果になりました。 不登校とかひきこもりという行為は、必ずある種のメッセージを含んでいます。 本人が何かを訴えようとしているものとして、親や支援者等の周囲は理解する必要があります。 一概に「困った現象」として、頭ごなしに否定したり叱ったりするのではなくて、とりあえずメッセージとして理解を試みることが大切です。 ひきこもりやニートの問題において、もっとも重要なのは、対人関係の有無です。 少しでも家族以外の対人関係があれば、もうその時点でひきこもりとは呼ばれません。 逆に、そうした対人関係がずっと欠けた状態であれば、どんなに毎日外出していても、ひきこもりということになります。 ひきこもりというのは簡単に言いますと社会からひきこもっているのです。 これはつまり、対人関係からひきこもっているということになります。 ひきこもり状態が長期化すると、年齢にそった社会体験ができません。 また、ひきこもり・不登校の子どもが幼いと、親(特に母親)の過干渉、過保護をともなう関係が形成されやすいと考えられます。 その場合、家族が子どもを社会に送り出すことが難しくなります。 本来、家族は社会と本人との橋渡しという役割があります。 家族の機能不全が進むと、さらにひきこもり状態が長期化するという悪循環を引き起こします。 そうならないためには、親が登校や就職にこだわらりすぎない柔軟な姿勢で、子どもを支えなければなりません。 専門医への受診も、できるだけ早く実現化しましょう。 ひきこもり状態の人は一般に、自信がないのにプライドが高いです。 自信がもてないからこそプライドにしがみつくのかもしれません。 ひきこもっている人の多くは、自分自身を愛することに失敗しています。 ひきこもり状態から抜け出せない人の表面的な態度は、はた目には非常に傲慢に見えることもあります。 ただ怠けて自己中心的でわがままに振る舞っているかに見えますが、彼らくらいに自分に対して否定的な評価を下している人はいません。 「自分は存在価値のない人間」というくらいに思っていることが多いです。 ひきこもりの人たちはなぜ、自信がもてないのでしょうか。 それは、人がどうやって自信を獲得するのかを考えてみればわかります。 わたしたちはさまざまな成功体験や、自らの業績、あるいは現在の社会的地位、自らの人間関係などによって自信を支えています。 しかるに、ひきこもっている人には、そのすべてが欠けています。 これでは自信が持てないのは、当然といえば当然のことです。 ニートやひきこもり状態の人はどうすれば、自信を回復できるのでしょうか。 なによりもまず、「自己ー対象」と出会うことです。 すなわち「対人関係」ということになります。 人間の自信回復のルートとして、肯定的な対人関係(相手を肯定し、相手からも肯定される)は、きわめて重要なものです。 重要な他者から承認され、自分を受け入れてもらうこと、これこそがもっとも手近で簡便な自信回復の方法です。 しかし、ひきこもっている人たちにとってはこれはしばしば盲点か、あるいは就労以上に高いハードルに感じられてしまいます。 もちろん例外もありますが、他者からの承認、とりわけ異性からの承認と受容は、かなり大きな心のよりどころになり得ます。 平たく言えば、たとえニートやフリーターでも、彼や彼氏ができることで、生きていくうえで必要最低限の自信が得られることもあります。 ただ一般に、この種の自信を親が与えることはできません。 家族がどんなに本人をほめ、承認してあげたとしても、それはある意味当然のことなので、あるがたみが薄いのです。 もっといえば、両親の存在は、しばしば本人にとって「自分そのもの」のようになってしまっています。 つまり両親による承認は、「他者からの承認」としては弱いのです。 もう「自己ー対象」としては、家族はその役割を終えてしまっているのです。 ひきこもりを抱える家族や、ときには支援者までが時おり嘆く決まり文句があります。 それは「ひきこもりはプライドが高すぎる」というものです。 確かにかれらは、そのプライドの高さゆえに治療や支援を拒否したり、自分の状態に「ひきこもり」などとレッテルを貼られることを拒むことがよくあります。 また、ときには「作家になる」「ミュージシャンになる」などといった、周囲の人から見ればとても現実的とはいえないような目標にしがみついていることもあります。 家族の言い分には一切耳を貸さず、自分の要求だけを通そうとして、通らなければ激怒して暴れだすようなことも珍しくありません。 このようなケースが専門家によって、「自己愛性人格障害」などと診断されてしまう場合もあります。 彼らの多くは、家族に対して自己中心的に振る舞うことがあります。 しかし、「世間」や「社会」を前にするときは、彼らはひどく自信なさげな態度を示すことが多いのです。 むしろひきこもりは、自己愛が弱すぎるがゆえに追い込まれているのではないか、と思わずにはいられません。 ひきこもりの自己愛を問題視する人は、しばしばあることを忘れているように思えます。 つまり、「プライド」と「自信」は決定的に異なる、という事実です。 ひきこもっている人の心は、ひと言でいえば、「プライドは高いが自信はない」という状態にあるのです。 ひきこもり状態の人がリアルな欲望をなかなかもてない、もしくはしたいこととしなければならないことの区別がだんだんあいまいになっていくのは、彼らの住む空間に、他者がいないからです。 ひきこもりの人たちは、しばしば本当に働きたいと口にします。 この言葉が本音であることを疑いませんが、なぜか彼らは行動を起こせません。 その理由の一つが、彼らが「働きたい」という言葉を欲望としていっているのか、義務としていっているのかが彼ら自身にもはっきりしない、ということがあるように思います。 「欲望の言葉」と「義務の言葉」の区別が、非常にあいまいなのです。 ひきこもり本人も「自分は本当に働きたいんだろうか」「働かなければという義務感からそういっているだけなんだろうか」と自問自答していることがあります。 こんなふうに、義務と欲望が判然としない状態というのは、実は一番動きづらい状態なのです。 自らの欲望によって動くという方向性と、義務感から動くというベクトルはまったく反対向きですから、身動きがとれなくなるのは当然なのです。 身近に他者がいますと、義務と欲望の区別をつけやすくなります。 それに気づくことができれば、行動することも可能になります。 最初は義務感よりも、欲望から動くことを優先するほうが現実的でしょう。 こんなふうに、自分の欲望のありようをしっかりと認識するためにも、他者の存在が必要なのです。 ひきこもっている人が自分の欲望をしっかりと認識し、それを行動に移したければ、家から出て他者と交わっていくしかありません。 ひきこもり状態の人が本気で現状から抜け出そうと思うなら、最初の課題は「仕事」ではありません。 まず、「他者に出会うこと」からです。 なかなか難しいことではありますが、家から一歩出て他者と関係を結ぶこと、それもただ単に口をきくだけの関係ではなくて、できるだけ親密な関係性を持つということが大切です。 「親密な関係」とは、その人といてそれなりに安心できる関係、としておきましょう。 このように、くつろげる関係性を他者ともてるかどうかということが、ひきこもりの社会復帰を目指すうえで、たいへん大きな鍵を握っています。 なぜなら他者と親密な関係を結ぶことこそが、自分の欲望のかたちに気づく一番よいきっかけになるからです。 わたしたちは一般論としては、人間は空気のように人間関係を必要とする、と考えています。 あまりに長期間、人との接触から離れて生きることは、ものの考え方や感情のあり方を、ひどく不安定なものにしてしまうからです。 家庭内暴力がしばしばひきこもり状態に伴いやすいのは、そのせいでもあります。 ひきこもりでよく見られる強迫症状も、対人関係を欠いた状態ではエスカレートしやすい傾向があります。 あるいは対人関係を回復しますと、強迫症状が快方に向かうこともしばしば起こります。 これはなぜでしょうか。 強迫症状は行過ぎたコントロールの衝動です。 しかし家族まではコントロールできても、他人は決して思い通りにはなりません。 ですから、他人と関わるには、強迫を捨てるほかないのです。 ひきこもり状態の人は、周囲の人に対して非常に辛らつな批判をしたり、ささいなことで家族を罵倒したりすることがよくあります。 これは、はた目には自己中心的な態度に見えますが、実はそうではありません。 他人に対して否定的な人は、決まって自分自身に対しても否定的です。 お前らもだめだけど、本当は自分が一番ダメだ、と考えていることが多いのです。 このように、自己否定と他者否定は、しばしば表裏一体です。 ひきこもりがよく親に対して行う過去の恨みつらみの訴えは、しばしば親が出している「悪いもの」に対する反応です。 あるいは、今は出していなくても、かつて出したものに対する反応が続いている可能性もあります。 「悪いもの」というのは、たとえば攻撃性です。 「いや、それは違う。 子どもに対して攻撃性なんかない」という親でも、「怠け」とか「甘え」、あるいは「わがまま」といった言葉を口にしたことはないでしょうか。 そういう言葉は、表向きは正論ですが、裏に攻撃性を秘めています。 要するに「あなたの今の状態がわたしは気にくわない」と攻撃しているのです。 しかし、いくら「気に食わない」といっても相手は変わってくれません。 変わるどころか、「気に食わない」と言われたひきこもりは、もっと気に食わない自分を出して、批判に対抗しようとするかもしれません。 このような悪循環に早く気づくためにも、まず親自身が、妄想ー分裂態勢に陥ってしまっているのではないかと反省してみる必要があります。 さもないと、本当にいつまでも、「お天気かどしゃ降りか」みたいな、不安定な感情の応酬が続いてしまいかねません。 ひきこもっている人たちは「0か100か」や「白か黒か」の両極端の判断しかもたなくて、グレーゾーンがないということを支援をしながらよく感じます。 攻撃か感謝か、憎悪か反省かしかなくて、「ほどほど」や「適当」がないのです。 これにひっぱられて、親まで「ほどほど」や「適当」を忘れてしまうことがよくあるようです。 親について言えば、ひきこもり本人に対してべったりか突き放しかの2つのモードしかないという、たいへん貧しい状況に陥りやすくなります。 これは、情緒的なあり方としては非常によくないことです。 両極端の情緒の間を行ったりきたりしている間は、よい変化はきわめて起こりにくいからです。 浅い変化ばかりが続いていると、本当に意味のある発展は、きわめて起こりにくくなってしまうのです。 強い感情の流れに抵抗するのは、とても難しいことです。 しかし、ひきこもり状態を抜け出すのを先導するのは、やはり親の役目です。 ひきこもり本人から自発的に抜け出すことは非常に困難なので、まず親が一歩引いて、激しい感情の応酬から身を引くことが大切です。 互いに冷静になれたら、相互性のある関係をもう一度、築きなおすこと、これがひきこもりの社会復帰に向けての当面の目標になります。 長い期間ひきこもり生活を続けていると、ほとんどの当事者は自分から動くことができなくなります。 動きたいけれど動けない、ここにもひきこもり当事者に独特の矛盾した心理状態が背景にあります。 親や支援者がよく陥るのは、「子どもの自己決定を信じてひたすら待とう」というものです。 ですが、現実には子は動けませんし、決めることにも慣れていません。 ですから実際には、ひきこもりの状態が延々と続くことになります。 子どもが自主的に動くことは現実的に不可能であるにもかかわらず、ひたすら待っているのは、「待つ」ではなくむしろ「放置」なのです。 ひきこもり支援における親の「待つ」という行為は能動的なものであって、言葉から受けるイメージとは反対に案外忙しい行為なのです。 ニートとは、簡単に言えば「若年無業者」のことです。 日本での定義を紹介するなら、「仕事をしない、失業者として求職活動もしていない非労働力のうち、15歳から34歳で、卒業者、かつ未婚で、通学や家事を行っていない人」がニートということになります。 このような定義は日本だけのもので、ニートのオリジナルはイギリスですが、イギリスでは16歳から18歳で、単にニート状態、働いてない、学校に行っていない人は全部ニートということになります。 不登校で苦悩している子どもに対しては、しばしばこちらも予備知識を一度捨てて、ある程度白紙の状態で深く関わっていく必要があります。 深くかかわればかかわるほど、だんだんその人本来の問題のほうに焦点が移っていって、不登校問題というのは全体の問題のごく一部でしかなかったということに気づかされることもよくあります。 もうそうなってきますと、不登校というレッテルはどうでもよくなってしまいます。 そういうこともありますので、「不登校をなんとかしなければ」と思いながらかかわるよりは、「どうすれば元気になるか」という問題意識をしっかりもってかかわるほうがずっと実りが多いのです。 今の対応が合っているか、適切かどうかということは、その子どもがより良い方向に向かっているか、より元気がなくなる方向に向かっているかをその都度見ながら判断してゆけば、そんなに大きく間違ったほうには行かないだろうと思います。 ひきこもりやニートの問題に関して忘れがちなことではありますが、ひきこもりやニートを抱える親が自分自身をケアすることも非常に重要です。 親はとにかく「子どものため」として、自己犠牲的・献身的に振る舞うことが多いです。 これは社会からの「親としての規範」圧力を意識した行為ともいえますが、長い目で見ますとあきらかにマイナスな行為です。 親自身のケアには、カウンセリングも含まれますが、単に「遊ぶ」ということも含まれます。 夫婦で、あるいは友達と、人によっては一人のほうが気楽だという方もいるかもしれませんが、時には旅行をしたり、食事をしたりして自分のケアに投資します。 ひきこもりの支援は、とにかく時間がかかります。 一年や二年でとんとん就職することはあまりありません。 この過程で挫折やゆり戻しは必ず到来し、長い道のりを通して当事者たちは成長していきます。 ですからもっとも重要なのは、このような自立への長い道のりを支える親が疲れてしまわないことなのです。 ひきこもり支援とは、本人支援であると同時に親支援であるともいえます。 低空飛行でもいいので、親が精神的・身体的に安定していることが何よりも大切です。 ひきこもりの状態から抜け出せなくなっている人は、親に対しては恨み半分、感謝と申し訳なさ半分という気持ちで日々、揺れ動いています。 これは親の出方によってまったく変わってきます。 毎日、二つの価値判断の間で分裂しているのです。 親が悪い親になってしまうと、ひきこもり本人も悪い自己を出してきます。 悪い親、叱る親、しつける親、批判する親、そういう親が全面に出ているときです。 親の動機は問いません。 ひきこもりの本人にとってはそういうことをする親は悪い親なのです。 いかにその裏に愛情がたっぷりと仕込まれていようとも、それは毒としての愛情になってしまいます。 ひきこもりの本人にとってはその愛情に感謝するどころか、自分を迫害する悪い親にしか見えないのです。 悪い親が全面に出ているときは、ひきこもり本人も悪い自分を出して対抗してきます。 悪い自己、すなわち、 「生んでくれと頼んだ覚えはない」とか「こんなふうに育てやがって」というようなそういう悪い自己を出してきます。 長期間、ひきこもり生活が続きますと、誰とも話さず、外出もせず、自分の部屋にこもっている生活が続きます。 すると、社会との接点は極端に減ってしまうことになります。 考え方は偏りがちになり、誰の意見も受け入れがたくなります。 小学生の間なら、親が間に入ることで、対人関係能力を保つこともできるでしょう。 しかし、中学生、高校生、大学生・・・・・と年齢を重ねていくと、親の介入を拒み、社会を拒む姿勢が目立ってきます。 それには、とにかく根気よく話を聞くことが大切です。 社会からひきこもる生活が続くと、社会との接点がますます減り、社会の壁はどんどん高くなっていきます。 ニート・不登校・ひきこもり状態を改善するためには、変化が必要です。 変化はどんなことでもまかいません。 家庭内で、ひと言でも会話を交わす、自動販売機で飲み物を買うなど、ほんの小さな一歩でいいのです。 人にほめられるような、大きな変化でなくても大丈夫です。 小さな目標を立てて、まず一歩、踏み出しましょう。 生活を変えて、外出や対話に慣れていくなかで、恥ずかしくなったりして、家に帰りたくなることがあります。 そんなときには、帰って少し休んでもかまいません。 毎日毎日、進歩しなくてもいいのです。 無理をするとつらい記憶が残り、チャレンジ精神や意欲が薄れます。 立ち止まったり、悩んだりしながら、ゆっくりと進んでいきましょう。 生活を変える方法のひとつは、出かけること、人とコミュニケーションをとることなど、行動を外側に広げていくことです。 不登校・ひきこもりの人にとっては大きなチャレンジになります。 そのような挑戦をするためには、帰る場所が必要です。 家族の支えや、安心できる環境があれば、不安になったとき、そこに戻って落ち着いて考えることができます。 居場所ができて心が落ち着くと、外出する勇気が出てくるほかに、将来に希望を持てるようになったり、周囲の人を信頼できるようになっていきます。 状況が全体的に好転して、心身ともによい状態になっていくのです。 そうすると安心できる居場所も広がっていき、その流れが社会復帰へとつながっていきます。 ひきこもりとは 「20代後半までに問題化し、6ヶ月以上、自宅にひきこもって社会参加しない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」 ニートとは 「仕事をしていない(求職活動もしていない)、学校に行っていない、職業訓練を受けていない、15~34歳の人」 ひきこもりという状態は、矛盾した気持ちを同居させた状態です。 一方では仕事をしたい、その一方ではこのまま永久にひきこもっていたい。 一方では家族と仲良くしたい、その一方では放っておいてほしい。 一方では家から独立したい、その一方では独立はめんどくさい・・・。 あげだしたらきりがないほど、両極端な矛盾した思考と共に生活しています。 このような矛盾を理解し、時間をかけて社会へと接続させることが、親が動くことの意味であり、わたしたち支援者の仕事の意味です。 子どもがひきこもり状態になったとき、多くの場合、家族までもが引きこもってしまいます。 もちろんひきこもり当事者とは異なり、家族は会社、学校等でそれぞれの社会生活を過ごしてはいるのですが、自分の子どもがひきこもっているという事実を秘密にするため、その家族にとって一番苦しい問題(家族がひきこもり当事者を抱えている)を普通に語ることができず、その家族は社会から隔絶されたように感じてしまいます。 ニートやひきこもりの「自立」問題には、当事者の就労の問題や親の老後の問題が絡んできます。 長期間働かなかったり、長期間ひきこもっていると、当然、経済的自立が著しく遅れます。 親は、「いつになったらこの子は働いて自分で稼ぐようになるのだろう」と子の将来を危ぶみます。 同時に親自身の老後も心配しなければいけません。 ひきこもりという状態は、「働いてお金を稼ぐことができるのか」「親はいつまで子を経済的に支援するのか」という、お金や労働といったシビアな問題を浮かびあがらせます。 社会生活から遠ざかると、社会復帰への再開はどんどん難しくなっていきます。 家族も見通しがつかないことに強い不安を感じるようになります。 また、幼児返り、家庭内暴力、不潔恐怖など、さまざまな精神症状も深刻化していきます。 家族関係、家庭生活などが崩壊しそうになっている場合も珍しくありません。 ですから、ひきこもり・不登校の子どもは、精神保健、福祉面、医療面などの適切な支援が必要になります。 支援開始後、すぐに作業等の活動を強制的に行わせるようなことはしておりません。 特に長期にわたってひきこもっていた方が、いきなり活動できるとは考えていませんし、当然個人差がありますが、実際に非常に困難なのが現状です。 (なかにはすぐに活動できる方もいらっしゃいます。 )利用者とスタッフが共に考え、常に相談し、様子を見ながら就労支援や学習支援等の活動を進めていきます。 わたしたちは2015年3月27日現在、東京の世田谷区、大田区、西東京市、江東区、昭島市、東久留米市で少人数制の共同生活寮を運営しています。 今後は神奈川県、埼玉県、千葉県、静岡県でも少人数制の共同生活寮を開所します。 勇気を出してわたしたちと一緒に社会参加への第一歩を踏み出しましょう。 たくさんの先輩たちが勇気を出して支援を受け、自信と勇気を取り戻して社会へ巣立ち、精神的にも経済的にも自立した社会生活を営んでいます。 また、当センターが出資し、当センターで就労支援を受けた利用者が働いているマーケティング会社を経営し、利用者が卒業後に正社員として働くことのできる環境作りをしています。 現在10人以上の卒寮生の男女が正社員として毎日元気に働いています。 また、ビルメンテ会社と提携していて、本人のやる気とある程度の社会性があれば、年齢、経験等不問で働くことができます。 実際に30代から50代までの元ひきこもり・ニートの方が働いています。 まずはお電話かメールでお気軽にご相談ください。 各種のご相談に応じさせていただいております。 また、お知らせや活動の様子、スタッフの考え等はブログに載せていきますので、是非お読みください。 一緒に未来へ向かってがんばりましょう。 わたしたちは全力で支援します。 事務所.

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